第二十一話「黄金色の宴」


 アレクとラフィが検問を抜けるまで、結局一時間もかかった。

 

「飯食う前に宿をとるか? 十四区なら酒場も多いだろうし」

「賛成」


 ラフィの同意も得られたので、冒険者街である十四区へと向かい歩きはじめる。

 やはり、転移区から検問を終え王都内に入った多くの者もアレク達と同じ方向に向かっているようだ。


「宿あいてるかな」

「金儲けに来てるわけだし、皆安宿探すだろう。

 少し高目のとこなら大丈夫だと思うぞ」


 並んでいる間、二人は周りの会話に聞き耳を立て、何故冒険者がこんなに王都に来ているのかおおよその状況を掴むことができた。

 なんでも、一週間程前に王都の地下に迷宮が誕生したらしい。

 誕生と言うよりは、発見されたというべきか。

 何でも出現する魔物は強敵であるが、それらの魔物からとれた魔晶石や素材が相当なお値段になるらしい。

 その噂を聞きつけ、各地から腕利きの冒険者が集まっているみたいだ。

 大通りを横切るとすぐ冒険者街だ。

 

「すごい活気だな」

「本当。私達が初めて来たときは夜に歩く人なんてまばらだったのに」


 冒険者街は活気に溢れていた。

 あちこちの酒場から笑い声が漏れ聞こえる。

 夜にもかかわらず路地に人の往来が絶えない。

 二人も人ごみの中に紛れ、目的の宿探しを始める。

 アレクが先導し、たまにラフィがはぐれていないかを確認しながら進んでいく。

 今目指している宿は、以前王都で滞在していた時に一月ほどお世話になった宿だ。

 宿屋「黄金色の宴」。

 宿泊料金は周囲の宿と比べると少し高い。

 だが宿の一階は酒場となっているが、そこで出される料理は絶品だ。

 料理と酒がとにかくうまい。

 宿泊客は割引価格で飲食ができ、よく食いよく飲むアレクにとっては周囲の宿で泊るよりもお得かもしれない。

 目的地に着くと、アレクは扉を開け中に入る。


 酒場は大いに賑わっており、他数名働いている給仕の少女たちは皆てんてこ舞いに動き回っていた。

 カウンターの中からやたらとガタイのいい男が顔を覗かせる。

 アレクの顔を見ると口角を上げる。


「おう、アレクじゃねえか。いつ帰ってきたんだ?」

「ついさっきだよ。転移陣使って」

「何だ。お前も冒険者やってたのか?」

「違うよ、俺はこいつの用事の付き添い」


 宿屋の親父、名をバークレーと言う。

 バークレーは、アレクに言われ初めて後ろにいるラフィの存在に気付く。

 目を丸くしてラフィの姿を見る。

 

「知り合いの子の付き添いってわけか……?」

「私の方がアレクよりお姉さん」


 ラフィは自分の耳を指さし、長耳エルフ族であることを主張した。

 バークレーは幼げな容姿であるが、年長者であることに納得する。

 

「急に来て悪いんだけど、二部屋空いてない?」

「運がいいな。ちょうど二部屋空いてたとこだ。何泊する?」

「ラフィ、どれくらい滞在する?」


 アレクの質問にラフィは少し悩む。


「とりあえず二泊で」

「んじゃ、こっちは二泊で。

 俺はもう暫くお世話になろうと思うんだが、適当で頼めない?」

「アレクならいいぞ。その分ここで飲んで金落としていけよ?」

「いわれなくても」


 ニヤリとバークレーはアレクの返答に満足し、宿帳を投げ寄こす。

 アレクとラフィはそれぞれの名前を記入し宿帳をバークレーに渡した。

 確認すると、バークレーは鍵を取り出す。 


「これがお嬢ちゃんの部屋の鍵と、こっちがアレクのだ。

 しかし、まさか、アレクが女を連れて帰ってくるとはな」

「ハハハ!親父冗談きついぜ!

 俺はこうボンキュボンってでるところがでる女が好きだって知ってるだろ!

 こんなお子様たいけっ……痛いッ!痛いッ!

 杖で叩くな!」


 無言でアレクを杖でどつきまわす。

 割とマジで痛い。

 

「私は成長期。今に見てろ」

「へいへい。その日を楽しみにしてますよ。

 ほら、部屋の鍵だ」

「ん」

 

 お子様体型を気にしていたのか、ラフィは少ししゅんと、落ち込んでいるように見えた。

 アレクは少し悪いことをしたと反省する。

 誤魔化すように部屋の鍵をラフィに渡した。


「おーい、マーサ! 二人を席に案内してやってくれ!」

「はーい!」


 バークレーに呼ばれ、給仕の一人である少女がとてとてとアレク達に近づいてくる。

 マーサはバークレーの一人娘で、この酒場の看板娘だ。

 

「二名様ご案内!」


 マーサは愛嬌のある笑みを浮かべ、二人を席へと案内した。



 ◇


「お飲み物は何になさいますか?」

「俺は麦酒で」

「蜂蜜酒」

「麦酒と蜂蜜酒ですね。料理はどうなさいますか?」

「今日のおすすめを頼むよ。あと簡単にすぐだせるやつお願いできる?」

「はーい。では少々お待ちください!」


 マーサは厨房へ注文を伝えに行き、程なくして、ジョッキを二つ手に席へと戻ってきた。


「ご注文の麦酒と蜂蜜酒です。お待たせしました!」


 注文の品を届けると、マーサはすぐに別の席から呼ばれ、足早に去っていった。

 忙しそうだ。

 改めてラフィと向き直り、麦酒が入ったジョッキを手に持つ。


「そういえば、こうやってお前と酒場で飲むのは初めてだな」

「うん。初めて」

「……酒、飲むんだな」

「何度もいうけど、私はアレクより倍は生きてるのよ?」

「そうでした。

 まあ、改めまして久々の再会に乾杯!」

「乾杯」


 コツンとジョッキをぶつける。

 アレクは胃のものを全部吐き出し、更にその後長蛇の列に並んだこともあり喉はカラカラであった。

 麦酒を一気に喉に流し込む。


「ぷはあ、うめええええええええええ。生き返る!」

「おいしい」


 ラフィは小動物のようにコクコクとジョッキを口に運ぶ。

 口に合ったようで、素直に褒める。


「ここは酒もうまいし料理もうまいぞ!」

「それは期待」


 しばし喉を潤し、簡単な雑談に興じ、アレクは本題に入る。


「王都まで来たはいいが、ナオキの居場所は知ってるのか?」

「知らない」

「今も王城?」

「うーん、いなさそう?」

「だよな」


 ナオキの性格は二人で思い返し、同じ結論に至る。

 良くも悪くも人に頼って生きるような性格はしていない。

 王城を出て生活しているとみて間違いないだろう。


「何かあてはあるのか?」

「ガエルから王都を尋ねるときは侍女のローラを頼るようにと書かれていた」

「ローラ?」

「ほら、倒れたナオキの世話をしていたメイド」

「ああ、あの人か」


 アレクは王城で眠り続けるナオキを甲斐甲斐しく世話をしていたメイドの姿を思い浮かべる。


「んじゃ、明日は王城にローラさんを訪ねてみるってことでいいか?」

「うん、賛成」


 明日の方針は決まった。

 アレクはゴクゴクと。

 ラフィはコクコクと。

 ジョッキをあける。

 

「お待たせしました! こちら本日のオススメ、ミノタウロスの特製ステーキでございます!」


 ちょうどよいタイミングでマーサが料理を運んでくる。

 鉄板製の熱せられた皿に載せられた肉は、ジュージューと心地よい音を奏で、添えられた香草とマッチした絶妙な香りが辺りに充満する。

 食べなくてもうまいとわかる一品。

 アレクとラフィはごくりと喉を鳴らす。


「マーサちゃん、麦酒もう一杯お願い」

「私も」

「はい、注文承りました!」


 二人はすかさず酒のお替り。

 にこにこと注文をとるマーサ。


 おいしいお酒においしい料理。

 楽しい夜が更けていく。

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