第三話「続酒盛り」
鍛冶場から移動した俺達、店の入口にある受付台に座っていた。
「ふーふー」
俺の手には、以前にも淹れてもらった蜂蜜入り牛乳。
立ち昇る湯気を冷まさそうと息を吹きかける。
受付台の上には新たな酒瓶。
ガハハと豪快に、正面に座るガルネリは酒盛り中。
(いいのか……?)
最早お店としての体裁を保てていない。
もしもお客さんが来たらどうするのだといった疑問を抱きつつも、ガルネリの真っ赤な顔を見て、何を言っても無駄そうであると思い、余計な口出しはしない。
「それで、わしに何か用事があったんじゃろう?」
ガルネリが俺に問いかける。
ストラディバリとの出会いやら修行の思い出話は興味深かったので、聞き入ってしまい、すっかり何をしにガルネリ工房を訪ねて来たのかを忘れていた。
「ああ、そうでした! ガルネリさん、刀ありがとうございました。
間違いなく私が理想としていたものです!」
「それはよかった」
「あと、お金を支払っていなかったので、おいくらですか?」
ポキポキ折った試作刀の代金もふくめたら、一体いくらになるのか。
そもそも剣の製作代、それも名工に頼んだ時の代金がいくらになるのか、全く見当がつかなかった。
以前潜った迷宮で稼ぎ、多少は懐が潤っているとはいえ、「払えません」では恰好がつかない。
そのせいもあり、若干声が上擦りながら問うたのも致し方ないだろう。
俺の発言を聞いたガルネリは、もう一度酒瓶を呷り、一言。
「いらんわ」
「えっ?」
信じられない答えをガルネリは口にした。
(酔っぱらってるのか?)
訝し気にガルネリを観察する。
酔っぱらってはいるが、意識はハッキリとしていそうである。
鼻を鳴らしながらガルネリは続ける。
「いらんわって言うのは少々語弊があるの。
その刀を受け取りに来た、多分姫様の配下のものかのお?
渡したときに、しっかりお代は貰っておる」
姫様の配下ということは、アニエスのお付きものということであろうか?
なんとなくだが、ローラの顔が浮かんだ。
(できれば自分でお代は払っておきたかったが……)
何て口にしていいものやら。
加えて、今持っている刀はアニエスまたは王家からの贈り物ということになるため、不躾に「いくらしたのか?」という質問をしていいものか葛藤していると。
「気にすることはないぞ。
その刀はジュゼ坊が打ったってより、ほとんど俺様が打ったようなものだからな!」
ドカドカと大きな足音を立てながら、店の奥からストラディバリは新たな酒瓶を両手に持ちながら戻ってきた。
その姿を目にしたガルネリは声をあげる。
「それは、わしが隠しておいた酒じゃないか!
どうやって見つけおった!」
「ジュゼ坊は単純だからな。
ほー、二十年ものか。
この前訪れた時はこんな酒がなかったのにな。
いつ買ったのやら。それとも王家からの贈り物か?」
「ぐぬぬ」
「何にせよ、アリスの刀に対する報酬であるならば俺様にも飲む権利はあるよな?」
「刀を打っておらんでも勝手にわしの酒を散々飲んでおるではないか!
あとお師匠さんは剣を打つのは趣味で、報酬などいらんと豪語しおったはずじゃが」
「やれやれ、困っている弟子を助けてやったというのに。
歳だけ一丁前にとって、嫌だね。
昔はお師匠さんどうぞ、おいしいお酒を見つけましたと可愛かったのにな」
ストラディバリはドカっと椅子に腰をかけると、持ってきた酒瓶の一本を机に置き、もう一本を呷ろうとする。
「ちょっと待てい! いや、待ってください。
その酒は金があっても中々手に入らん貴重なもんで、わしもやっとの思いで手に入れたんじゃ。
せめて一口飲ませてくれい!」
何を言っても無駄と悟ったガルネリは、これまた受付机に何故か置かれているグラスを慌てて手に持ち、ストラディバリに差し出していた。
瓶を封していたコルクは、突然ポッと燃える。
ストラディバリの力だ。
こんなことに魔術を使っていいのやら。
(というか、再び封することは考えていないんだな……)
ストラディバリは瓶を傾け、赤い液体をガルネリが持つグラスに注ぎこむ。
先程までの威勢はどこへやら。
ガルネリはそれを「ありがとうございます」と平伏して受け取っている。
(やっぱり酔ってるのか……?)
その姿を目を三角にしながら見つめる。
注ぎ終えると、ストラディバリは自然な動作で瓶のまま口に運んだ。
スポーツ飲料でも飲んでいるのかと錯覚しそうな飲み方である。
一口、その酒を口に含んだガルネリは「おお……!」と恍惚とした表情を浮かべていた。
実に美味しそうだ。
「あの、よければ私にも一滴だけ……」
「子供には早い。駄目だ」
ストラディバリにぴしゃりと断られた。
軽いノリの人なので、少しくらい飲ませてくれるかと期待したが残念。
ここで食い下がって「こう見えても成人済みです!」と主張しても聞き入れてもらえないであろうことは、これまでの経験で学んだ。
無駄な抵抗はしない。
だから俺は恨まし気にストラディバリを睨みながら一言だけ。
「ケチ」
「ハハハッ、もっとでかくなったらな」
笑って流された。
諦め、溜息をつく。
そういえばと、収納ボックスにしまっていた、ストラディバリが使っていた剣の存在を思い出す。
闘技場で戦った後にストラディバリは消え(演出だったらしい)、その場に残った剣。
今は国王陛下から俺が下賜されたものであり、闘技場に放置するわけにもいかず、回収していたのだ。
収納ボックスから剣を取り出す。
「なんだ、強硬手段で俺様から酒を奪うか? 面白い」
「違います」
流石にそこまでして酒を飲もうと思わない。
「これ、元々はストラディバリさんの剣ですよね? お返しします」
勝手に下賜されたものを別の者に渡すのも、それはそれで問題がありそうではあるが、持ち主に返すのだ。
問題はないだろう。
(国王陛下もこいつのこと、初代国王とかいってたし……)
差し出した剣をストラディバリは暫く見つめた後、
「アリスが持っててくれ。
俺様はそんなつもりで剣を打ったわけではないが、その剣は今やこの王国最強の証。
敗れた俺様に、今は持つ資格がない。今はな。
あと、そんな畏まらず俺様のことはストラドと呼んでくれアリス」
ニヤリと口角を吊り上げストラディバリは笑った。
「恰好つけおって。単純にお師匠さんも刀とやらを使いたくなってるだけじゃろう」
「そうとも言う」
「ならこれは私が預かっときますね。二度と戦うつもりはないですが」
「ああ、持っててくれ。次戦う時は俺様が勝つ」
ワハハっと、俺の話を聞いているのか聞いていないのか。
めんどくさい奴に目を付けられたと溜息をつきながらも、剣を収納ボックスにしまう。
ジョッキに淹れてもらった蜂蜜入り牛乳は、飲みやすい温かさになっていた。
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