第三十七話「お手伝い」


「朝か……」


 ジンの言葉が頭の中で販芻し、寝つけずにいたがいつのまにか寝てたようだ。

 重たい瞼をゆっくりと開ける。

 余り目覚めの良い朝ではない。

 チュンチュンという小鳥の囀りが耳に入ってくる。

 うっすらと日が昇り始める時間であり、窓の外はまだ薄暗い。

 枕の横に目をやると、サチが幸せそうな寝顔で寝ていた。

 もうひと眠りするかとも考え、目を閉じてみたが、一向に眠りに落ちることができなかった。

 俺は寝ることを諦め、サチを起こさぬようにゆっくり上体を起こすと、ベッドから出る。


「ふわあ~」


 大きな欠伸を一つし、身体を伸ばす。

 もう一度窓に目をやると、昨晩手紙の配達を頼んだ鶏くんが帰ってきていた。

 大人しく窓台に立っているようだ。

 窓に近づき、開けてやると、俺の胸へと飛び込んできた。

 そこで初めて、鶏くんの脚に紙が結び付けられていることに気付く。

 

(アニエス姉さんからの手紙かな?)


 結びつけられた紙を外そうと、一旦しゃがみ、鶏くんを床に下ろす。

 そうすると鶏くんは突然、誇らしげに胸を張る。


「コケっ――」

「――!」


 大きな声で鳴く前兆。

 近所迷惑、さらに幸せそうに寝ているサチを起こすことになりかねない。

 慌てて鶏くんを送還した。

 微かに残響を残し、鶏くんのいた場所には手紙だけが残った。

 

「ふうっ、危ない……」


 一息つき、改めてアニエスの手紙を手に取る。

 

 ”アリスへ

  お泊り、ジンさんのご迷惑にならないようにね!

  あと、明日は学校を休んで鍛冶屋にもう一度行ってみるといいと思います。

  先生方には私が言っておきます。

  アリスに似合う剣を打ってもらえるといいね!

                       アニエスより”


 アニエスらしい繊細で丁寧な筆致で手紙にはそう書かれていた。


(アニエス姉さんが学校のさぼりを容認するどころか、俺に促してる……?

 何か裏がありそうだな)


 俺は若干アニエスらしくない物言いに違和感を覚える。

 ただ、考えても理由はわからないし、今回はアニエスの厚意を有難く受け取り、心置きなく学校をさぼろうと決意する。

 今日の最初の予定は鍛冶屋に再び行くことに決定だ。

 昨日も鍛冶屋の店主であるガルネリは昼前には飲んだくれていた。

 酒を飲む前に会って、交渉しなければならない。

 

(行くなら早い方がいいか)


 そうと決まれば、早速行動を開始する。

 着ていたネグリージュを脱ぐと、学校の制服に手早く着替える。

 サチの部屋に置かれていた鏡で身だしなみをチェックすると静かに、音をたてぬよう一階へと降りた。

 

(挨拶もなしに出ていくのも悪いな……)


 取り敢えず置手紙でも書くかと思ったとき、俺は声を掛けられる。


「あら、アリスちゃん早いのね」

 

 振り向くと、サチのお母さんが立っていた。

 早い時間ではあるが、朝食の支度のためか、エプロンをかけ食材を手に持っていた。


「おはようございます」


 向きを変え、俺はぺこりと挨拶する。


「おはよう。よく寝れたかしら?

 ……その様子じゃあまり寝れなかったみたいね」


 俺の顔を見ると、サチのお母さんは苦笑する。

 

(そんなやばい顔になっているのか……?)


 鏡を見た時は若干疲れ気味かな程度にしか思っていなかったが。

 何とはなしに俺は顔をむにむにする。


「アリスちゃん、顔洗う?」


 サチのお母さんの提案にこくりと頷くと、おいでおいでと手招きされる。

 洗面台に案内され、俺は顔を洗い、タオルまで貸してもらう。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 サチのお母さんはニコリと微笑む。

 サチとそっくりの愛嬌のある顔だ。

 冷水で顔を洗い、幾ばくか頭がすっきりした気がした。

 共に居間に戻ってくる。


「座って待ってて。ちょっと時間がかかるけど、朝食の支度をするから」


 サチのお母さんは邪気のない笑顔で俺に告げる。

 今更、「ちょっと用事があるので、これにて御免!」なんてことを言いだせる雰囲気ではない。

 サチのお母さんは張り切り、鼻歌交じりに台所へと向かっていった。


(うん、無理だ。朝食を食べてから出よう)


 予定変更。

 ありがたく、朝食を御馳走になることにしよう。

 居間の机には三人家族にもかかわらず四脚の椅子が並べられている。

 そのうちの一つの椅子に飛び乗る。

 椅子の上、床につかない脚をぶらぶらしながら待とうと思ったが。


(お世話になりっぱなしだもんな……)


 何か手伝おうと考え、椅子から飛び降りると、サチのお母さんがいる台所へと向かい、朝食のお手伝いをすることにした。

 サチのお母さんは満面の笑みを浮かべ、俺の提案を快諾した。

 サチのお母さんと二人台所に並ぶ。

 この世界、この王国の一般家庭料理がどのようなものか全く知識がなかったので、サチのお母さんに指示されたことを俺はこなしていった。

 朝食が完成間近になるとジンが居間へと降りてきた。


「あったまいてぇ……」


 情けない姿だった。

 背を曲げ、額に手を当てながらよろよろと歩いてくると、居間の席に着く。

 そのまま動かなくなった。

 ジト目でそんなジンの姿を見る。

 昨日言われたことを、俺は悶々と考えていたのだが、言った本人がこれである。

 

「ちょっとあなた! 服くらい着替えてきなさい!」


 さり気なくサチのお母さんはジンに水が入ったコップを手渡す。

 幾分かましになったのか、言葉もなく立ち上がり、再び二階へと上がっていた。

 サチのお母さん盛大に溜息。

 

「みっともない主人の姿みせちゃったわね。

 アリスちゃんは、あんな駄目な男を夫にしちゃ駄目よ?」

「夫をとる気はないので大丈夫です」

「あらあら」


 本心でサチのお母さんの言葉に応じた。


「アリスちゃん悪いんだけど、そろそろサチを起こしてきてくれないかしら?」

「はい、わかりました」


 軽い気持ちで俺は引き受ける。

 二階に上がり、サチの寝顔を前にして何て依頼を引き受けてしまったのだと後悔した。


(この寝顔を叩き起こすなんて無理――!)


 俺の目の前では幸せそうに枕を抱きしめたサチの寝顔があり、どう起こしたものか頭を抱える羽目になった。

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