第三十八話「裏技 4」
俺はレイの言う、
昼間は閑散としていた冒険者ギルドにも、受注した依頼の完了報告に冒険者が戻ってきており、誰もいなかった窓口にも受付嬢が座り、冒険者の相手をしていた。
混んでいる窓口を眺め、取り敢えず一番空いている窓口の列に並ぶしかないかなどと思案していると肩先をトントンと叩かれる。
振り返ると、立っていたのは老婆、ウォーレスの冒険者ギルド支部長であるドロシーであった。
「こっちにきな。そっちは連れかい?」
「……よく私だとわかりましたね」
「これでも支部長を、あんたが生まれるずっと前からやってるんだ。人を観察するのはお手のものだよ。それより、同じ会話を何度もさせるな。で、あんたもこれの連れでいいのかい?」
俺の隣に立つ人物へも声を掛けるドロシー。
ドロシーの言う通り、俺の連れだ。
髪色が分からぬように布を巻いた人物。
だが、自身が長耳族であることを主張する耳は隠さず。
そしていつもと変らぬ涼しい表情をしている、その人物は冒険者ギルドに入り、通りかかった人物の、主に女性冒険者の視線を釘付けにしていた。
王国では珍しい長耳族であるということもあるかもしれぬが、その注目の大半はレイの整った美貌であることは言うまでもないだろう。
観察していると、こちらをチラチラ見ているのは何も女性ばかりでないことに気付く。
……ここまでの美貌だと女性のみならず同性からも視線を浴びるのかなどとぼんやりと考えてしまう。
レイはドロシーの質問に俺を指さしながら答える。
「これの保護者とでも思ってくれ」
「そうかい。じゃあ、あんたもついてきな」
「ああ」
保護者ではないだろうと抗議したかったが、二人がやり取りを終えるや否や移動を開始したのでタイミングを逸する。
歩幅の小さな身体で慌てて、ちょっと駆けるようにしてついて行く。
案内されたのは冒険者ギルドの二階、その一番奥の部屋であった。
扉を閉めると間髪入れずにドロシーが口を開く。
「そこに掛けな。随分早いお帰りだったが、貴族様からの推薦状は貰えたんだろうね?」
言い終えるとドロシーは机に置いてあったパイプを手にやり、火を付けると、煙を口に含む。
「これで問題ないか確認してくれ」
そんなドロシーの言葉に応じるのはレイ。
白い封筒を机に滑らせ、ドロシーが受け取る。
受け取った封筒を表、裏と眺めながら呟く。
「ふーん、リットン家とも繋がりのがあるかい」
封蝋に記された家紋から即座にどこの家であるかを理解したようだ。
……俺は未だにわからない。
続けてドロシーは慣れた動作で机からペーパーナイフを取り出して開封し、中に書かれた書面を読んでいく。
半ば強引にレイに書かされた内容であることを知っている俺は若干思い出して可哀そうになるが、俺にとってはメリットしかないので余計な事は口にしない。
「中身は問題なさそうだね。ならとっとと身分証を作ってしまうかい。あんたはナオって名前で、そっちはレイって名前で問題ないね?」
「はい」
「ああ」
「ちょっと待ってな」
そう言い残すと、ドロシーはさらに奥の部屋へと入っていった。
名前についてただが、レイは本名のまま、俺は偽名だ。
自分でも器用ではない人間であると自覚しているので、あまり本名とかけ離れた名前だと呼ばれた時に反応できない恐れがあった。
そこで、本当の名前であるナオキから一文字抜いただけの、捻りも何もない名前に決めたわけだ。
「……レイは本名のままでよかったの?」
「ああ。お前と違って、王国で私の名前を知っている者など限られている。わざわざ偽名を使う必要がない」
「ならいいけど……」
とりあえず、色々とまだ話したいことはあるが、この場で聞くことではないと判断し、口を閉じ、ドロシーの背中が見えなくなった扉をぼんやりと眺める。
ほんの数分ほどでドロシーは戻ってきた。
「待たせたね。こっちがお前さんのだ。で、こっちがあんたにだ」
俺が持っているのと同じ金属のプレートがそれぞれに手渡される。
「ナオ」という新たな名前と、裏面には相変わらず意味は分からないが複雑な紋様が刻まれていた。
「これであんた達は、リットン卿を後見人とするBランク冒険者に認定された。……これは単純な興味による質問じゃが、あんたの保護者というその男も、あんたと同じで偽装の魔術を使っているのかい?」
「それは……」
ドロシーの質問の意味。
今の俺は先日習得したばかりの《幻惑》の魔術を行使していた。
様々な姿に惑わすことが可能であるようがだ、今は単純な見た目、髪をレイの似た髪色――色素の薄い青みがかった色に、そして俺は長耳族と偽るため、耳を長く見えるように。
そして、元の身長では余計な注目をさらに浴びることになるので、今は身長も150センチほどに偽っている。
顔はアリスの名残を色濃く残しているが、仲が良い相手でも、今の俺の姿をアリス本人で断定することは難しいだろう。
それ故に、冒険者ギルドで迷いなくドロシーが俺に声を掛けてきたことに驚いたわけだ。
ドロシーの質問に俺は答えかけたが、それよりも早くレイが答える。
「御想像にお任せする。余計な詮索はやめていただきたい」
質問は許さないと、断固とした態度でレイがつっぱねる。
その態度にドロシーと言えども、何か情報を引き出すのは無理と判断したようだ。
大袈裟に肩を竦める。
これが年の功か、……なんて本人に口にしたら怒られそうなのでこれも心の内にしまっておく。
「それは悪かったね。何、こういった冒険者ギルドの支部長なんてやってるものだからね。知り得る情報は少しでも多く手にしておきたいものなんだよ」
「これで手続きは完了した。もう用は済んだということでいいか?」
「ああ。手続きは終わった。何、それじゃあ、これからしっかり頼むよ」
こうして俺は新たな冒険者としての身分を手に入れた。
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