第八話「生い立ち」


 俺はチーム「ラグマック」のメンバーと共に冒険者ギルドを出る。

 冒険者ギルドを出るとき、多くの冒険者が注目していた。

 Sランク間近のチームで、まだ全員が20代と若い。

 他冒険者の羨望の眼差しで見られているわけだ。

 今日はその中に場違いな少女、俺が混じっていたこともあり余計に注目されていたわけだが。

 冒険者ギルドの外には馬車が止まっていた。

 俺はてっきり十四区の冒険者街から一区の王都迷宮入口までは徒歩で移動するものと思っていたが、ギルドが用意してくれたみたいだ。

 ラグマックのメンバーが乗り込み、最後に続く。

 馬車の中は四人掛けの構造である。

 俺はどこに座ろうか少し思案した。

 と、マリヤが自分の膝をぽんぽんと叩いているのが目に入る。


(それは膝の上に座れという意味か?)


 さすがにそれは恥ずかしいと俺は考えていたが、突然マリヤに抱きすくめられ強制的に膝の上に座ることとなった。

 再び顔が真っ赤になる。

 御者が馬車の扉を閉め、動き始める。

 目の前にはゲルトとライムント。

 横にクロエといった配置だ。

 ゲルトは馬車が動き始めるとすぐに目を閉じた。

 ライムントはにこやかにこちらを見ている。

 クロエは俺の持っている杖に興味があるのか、先程から杖を触っている。

 俺は膝の主、マリヤの腕から逃げ出そうとしたが、がっちりホールドされていた。

 恨まし気にマリヤの顔を見上げる。

 マリヤも俺の視線に気づく。


「私の顔に何かついてる? それともこの耳が気になる?」


 耳を摘まみながらマリヤはにこにこと問いかける。

 その仕草はマリヤの見た目が20代とは思えない少女らしさを残しているためか、非常に可愛らしかった。

 俺は腕から解放してほしい旨を目で訴えていたのだが、マリヤの会話にのっかることにする。

 

「マリヤさんは長耳エルフ族なんですか?」

「そうよ、長耳エルフ族を見るのは初めて?」


 少し回答に悩む。

 本当は勇者の時、一緒に戦ったラフィという知り合いがいる。

 ただ、王都で他種族と出会う機会は少ない。

 どこで長耳エルフ族に出会ったかを掘り下げられると、俺は答えに窮する気がした。

 そこで

 

「たぶん、初めてです」

「たぶん?」

「あっ、えっと」


 俺は余計な言葉をつけたことに後悔した。

 話す気はなかったが渋々と、「アリス」の生い立ち設定を語る。


「私、災厄から勇者様に助け出されたのですが、助け出される前のことを何も憶えてないのです……」


 マリヤの目を見ながら話す自信がなかったので、俺は顔を下に向け話す。

 沈黙が降りる。

 生い立ち設定を語ったのは、これが初めてであった。

 学校でもサザーランドの養子に入る前はどうしていたのかと聞かれそうなものだが、アニエスが「私の妹よ!」と宣伝して回っていたおかげもあり、直接尋ねられることがなかった。

 俺はよくよく考えるととんでもなく重い設定であることに気付く。

 恐る恐るマリヤの顔を再び見上げる。 

 聞いちゃいけないことを聞いてしまった、と顔を真っ青にしたマリヤの顔があった。

 俺は慌てて言葉を続ける。


「何も憶えてないですけど、こうして今は王立学校に入れてもらえましたし!

 魔術の才能も認められて、養子にしてもらったり、あと……」


 マリヤにさらに強く抱きしめられた。

 続いて頭を撫でられる。

 また沈黙が降りる。

 目の前のライムントがにやにやとこちらを見ていることに気付いた。


「そういう姿をみるとマリヤは母さんに似てきたな」

「もう、ちゃかさないの!」


 少し場が和む。

 俺にとってはありがたい、ライムントの茶々であった。

 好機と見て、話の流れを変えることにする。

 

「二人は兄弟なのですか?」


 誰がどう見てもマリヤとライムントは血が繋がっているように見えない。

 そもそも種族も異なる。

 疑問にはクロエが答えてくれた。


「私たちは同じ孤児院で育った仲なのさ」

「そうそう。孤児院を出た今もこうやってチームを組んで、金を稼ぎながら旅をしているわけだ」

「ずっと嫌な態度をとって、今も寝たふりをしているゲルトは昨日アリスちゃんの同行の話を聞いてから『お嬢様のわがままで特別扱いとはいいご身分だことで』が口癖でね」

「一緒に育ってきたはずなのにどうしてこんなにひねくれた性格に育っちゃったのかしら……」

「うるせぇよ!」

 

 馬車の中で、「ラグマック」のメンバーと少し打ち解けることができた。



 ◇



 馬車は一区の王都迷宮入口に到着する。

 迷宮の入口周囲は石壁で囲まれており、その上には大砲や大型弩砲バリスタが設置されていた。

 騎士が入口に監視の目を光らせている。

 もしも入口から魔物が現れたら、四方八方からいつでも迎撃できるようにんっているわけだ。

 アリス達一行は、その中で一カ所だけ設けられている門へと向かう。

 すでに同じような集団が門の前に集まっていた。

 冒険者ギルドから派遣された別チームであろうと推測できる。

 ラグマック一行が到着したのを確認し、騎士が門を開く。

 門が開くと、先に来ていたチームは足早に中へと入る。

 そして奥に、一カ所だけぽっかりと空いている空洞、迷宮の入口へと消えていった。


「おーおー、はりきって中に入っていたね」


 ライムントはその様子を口笛を吹きながら見送る。

 今回は冒険者ギルドからの迷宮の調査依頼であるが、当然中で狩った獲物はチームの好きにしていいわけだ。

 先日の騒動で珍しい魔物も多く狩られている。

 珍しい魔物の素材は高値で取引されたという経緯もあり、先行したチームは相当はりきっているようであった。


「俺達も行くとするか。

 最初に言ったように、このチームのリーダーは俺だ。

 アリス、俺の指示には従ってもらう」

「はい」


 言われなくても、俺は素直に指示に従うつもりだ。

 その様子にゲルトは頷く。


「俺とライムントが前に。

 アリスとマリヤは真ん中、クロエは最後尾を頼む」


 ゲルトは隊列を指示する。

 そして、王都迷宮へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る