第十七話「相談役」


 エレナの見事な推理(?)により俺の正体はバレ、厳しく責任追及をされた俺は、風呂場へと逃げだしたのであった。

 風呂を上ると、こっそり食卓を占拠している青を回収し、エレナから逃げるように部屋に戻った俺は青を腕から解放し、ボフっと枕に顔を埋める。


(すごく疲れた……)


 枕からは仄かにラフィの香りがし、先程エレナに言われたことが脳内を反芻し、顔が赤くなるのを自覚する。


「竜もを退ける力を持ちながら、エレナからは逃げるんだね」

「むっ……仕方ないだろう」


 この家に来てから初めて鳴き声ではない青の声を聞いた気がする。

 二枚の翼でバサバサと浮遊していた青を横目で睨む。


「というかラフィが俺のこと好きってのは本当なのか……。なぁ、青どう思う?」

「よりにもよって僕を相談相手に選ぶ?」

「一番の長寿だろ?」

「……まぁ、生きている時間だけなら長いかもしれないけど。僕よりも適役がいるんじゃない?」

「今はお前しか……」


 と言いかけて青が誰を指しているか理解した。

 同時になるほど、青に相談するよりもよっぽど適任だとも思う。


「ヘルプ、ラフィが俺のこと好きって本当だと思う?」

『…………知りません』


 冷ややかな声が脳内に響いた。


「違うんだヘルプ。ヘルプはその……あまりにも身近すぎて、一心同体のような存在で……ええと」

 

 ご機嫌斜めのヘルプにしどろもどろの言い訳を試みる。

 悪いのは完全に俺だ。

 悪気がないとはいえ、相談相手の候補から抜け落ちていた。


「ヘルプはアリスが声を掛けないと 話しちゃいけない規則でもあるのかい?」


 突然青がヘルプへと語りかける。


『……そのような決まりはありませんが?』

「だったら君から話しかければいいのに」

『私はマスターが必要な時に役に立てればそれでいいのです』

「そうしてアリスが他の者と会話しているのをモヤモヤと嫉妬しながら傍観しているわけだ」

『黙りなさい駄竜』


 何故だかヘルプに身体はないのに、この場にいれば顔を赤くしている姿が想像できた。


「やれやれ。よくわからないところで頑固だね。君だってわかってるだろう?」

『……何をですか』

「アリスは言葉にしないと何もわかってくれないよ」


 やや間が空き、ヘルプが答える。


『……それは確かに』

 

 俺には何だか不本意な共通認識に思えるが、でしょ? と青は得意気に言葉を続ける。

 

「それにアリスは君に話しかけることを嫌と思うことはないはずだよ。

 一時期、僕がアリスの剣に憑いていた時は、それはもう喋りたい時にしゃべったものさ。

 それでアリスが気分を害していたかどうかは君もよく知るところじゃないかい?

 あぁ、その時も君は嫉妬心がメラメラだったけ」

『黙りなさい駄竜』


 ヘルプの感情なのか、身体の中を身に覚えのない怒気が孕んでいるのを感じた。


「青もその辺にしといてやれ」


 突然始まった小競り合いを止めるべく、会話に介入することにした。

 枕に埋めていた顔を起こし、飛んでいた青を腕に抱え引き寄せる。


「まぁ、でもヘルプ。青の言う通り、ヘルプから話しかけてくれても俺は一向に構わないぞ。

 むしろ嬉しい。

 よくよく考えたら、ヘルプには俺が都合のいい時にしか話しかけていなかったのが原因なのかな?」

『いえ、そういうわけでは……。でもマスターが望むのでしたら、これからは私もその……』


 一度深呼吸をするような気配がし、続きの言葉が語られる。


『話しかけていきたいと思います』

「うん。あらためてよろしくね、ヘルプ」

『……はい』


 僕の役目は終了とばかりに、尻尾で俺の腕をペシペシと叩かれた。

 腕を離してやると、そのまま俺の膝の上で丸くなり、くぁーと大きな欠伸を一つ。

 こいつ、やっぱり竜じゃなくて猫なのではと思わずにはいられない。

 

「話は少し脱線しちゃったけど、改めてヘルプ。相談にのってくれ」

『お任せください』

 

 会話の初めに戻り、再び尋ねる。


「ラフィが俺のこと好きってのは本当……だと思うか?」


 はっきり言って、俺はエレナにからかわれているとしか思えない。

 だってラフィはとんでもない美少女だ。

 そんな子が俺を好きになることがあるであろうか? 

 残っている記憶では、前の世界で彼女いない歴 = 年齢であった。

 

『……明らかかと』


 冷たい反応ではないものの、やや呆れたような声音が響く。


『マスターはお気づきでないかもしれませんが、マスターといるときのラフィ様はマスターのことしか見ていませんよ?』

「そうなのか……?」


 俺といる時のラフィはどちらかといえば本を読んでいる印象が強く、ヘルプの言葉にはいまいち納得がいかず首を傾げてしまう。


「ヘルプの言う通り、君のことばかり見てるよ。

 というか愛という感情に関して希薄な竜である僕にも気付くのに、どうして気付けないんだい?」

「うっ……。いや、でも確かに。

 うん、俺だって偶にラフィに見られてるなーってことには気づいてたよ」

『でも好意の視線とは気付いてなかったんですよね?』

「まぁ……うん、そうだな。でも、そうなると本当に、本当に、ラフィは俺のことが好きなのか?」

『そうなります』「そうだね」


 肯定の返事が返ってくる。

 自分ではラフィの好意に自身を持てず、第三者に尋ね確証を得ようとする狡い俺ではあるが、ここでようやく本当の本当にラフィが俺を好きであるという事実を受け入れる。


「ま、まじか」


 コテンと横にベッドへと倒れこむ。

 青は巻き込まれるのを嫌い、再び空中へと羽を広げた。

 再び枕に顔を埋め足をバタバタさせながら言葉の意味を今一度考える。

 そして考えれば考えるほど胸の鼓動が早まり、収拾がつかなくなる。

 

「ど、どうすればいい!?」


 身体を起こし、枕を抱きかかえた状態で一人と一匹に問いかけるのであった。

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