第三十九話「剣の銘は」


「すまぬ。ちょっと現実かわからなくなって取り乱した。

 じゃから、その手にもつ酒を返してくれんか」


 水を飲み、ガルネリは少し落ち着いたようだ。


「手紙に何が書いてあったんですか?」

「そ、それはじゃな、あれじゃ。

 その剣の出所とか製作者とかが書いてあったんじゃよ」


 じーっと俺はガルネリを見つめるがあからさまに視線を逸らされた。

 アニエスが手紙に何を書いたか見当が付かない。

 手紙を読んだガルネリは明らかに挙動不審になっていた。

 ガルネリの言葉に「ふーん」と適当な相槌を打つ。


「すごい驚いてましたけど、この剣の製作者ってそんなにすごいのですか?」


 その言葉にガルネリはカッと目を見開き、唾を飛び散らせながら言う。


「すごいなんてもんじゃないわい!

 いいか、この剣は歴史上、最高の鍛冶師アントニオ・ストラディバリによって造られた一本じゃ。

 まさか、この目で、しかもこんな間近で実物を手にすることができるとは」


 手を震わし、感無量といった様子だ。

 

(王国に代々伝わる剣と、陛下はおっしゃってたもんな……。

 というか、そんなすごい剣なら美術館とかに飾っとくべきなんじゃ?)


 俺は今までの剣の扱いを思い出し、顔が真っ青になる。

 

「なんだ、どうしたんじゃ?」

「い、いえ。私、この剣がそんなすごい剣と知らず、魔物相手に普通に使ってまして……」


 もし剣が折れでもしていたらと考えるだけどゾッとする。

 「すごく硬い剣」という理由で割と乱雑に扱っていたことを思い出す。

 この剣は死蔵しようと俺は考える。

 そんな様子を見ていたガルネリは「本当に何も知らされておらぬようじゃな……」と俺には聞こえない声で呟き、言葉をかける。


「お主、この剣がすごい剣としって、使わずしまっておこうと考えておるじゃろ?」


 思考を読んだかのような的確な指摘。

 俺の発言と今の様子を考慮すれば誰でも行きつく指摘か。


「そうですね……。

 そんな素晴らしい剣を傷付けたら、頂いた陛下に顔向けできません。

 というか私死刑になっちゃう?」


 ガルネリは俺の発言を鼻で笑う。


「ふん、そのような心配はせんでもいいわい。

 技術は進歩してるはずなのに、何故数百年前の鍛冶師が未だに最高の鍛冶師と讃えられると思う?」


 少し考え、答える。


「んー、剣の姿が美しいから?」

「確かにそういった点も評価されておる。

 だが、剣はあくまで武器なのじゃ。

 鑑賞目的で鍛えられた剣など見るに堪えぬ。

 よく斬れ、そして使用者の意図しないところで絶対に折れない。

 これが良い剣の絶対条件。

 そしてストラディバリの剣は千の敵を斬ってもなお剣の切味は変らずと言われておる。

 わしはこれでも今代であれば、王国内で五本の指に入るくらいの腕前はあると自負しておるが、千どころか両手の指ほどの敵を斬ればメンテナンスをせねば切味は維持できぬ。

 流石にその話はストラディバリを神格化するための与太話と思っておったが、実物を見て確信した。

 この剣は折れぬ。

 千どころか万の敵を斬ろうとも、剣の輝きが損なわれることはないじゃろう」


 恍惚とした笑みを浮かべながらガルネリは語る。

 少し冷めてしまった蜂蜜入り牛乳を一口飲む。


「じゃから、剣を傷付けるなどという心配はいらぬ心配じゃ。

 それに鍛冶師にとって、剣にとって一番つらいことは何じゃと思う?」

「……使われないこと?」

「その通りじゃ」


 俺の回答に百点満点といった笑みをガルネリは浮かべた。


「そういえば、この剣の名前とかってあるんですか?」


 今更ではあるが俺は剣の名前が気になった。

 そんなすごい剣であれば「エクスカリバー」といったような名がついているに違いない。

 簡単そうに思えた質問だが、その質問にガルネリは眉間に皺を寄せる。

 そして、返ってきた答えは予想外のものであった。


「その剣に名はない。

 今はな」


 少し意味ありげに、ガルネリは答えた。



 ◇

 


 会話の後も、暫くガルネリは恍惚とした笑みを浮かべながら剣の全身をくまなく、舐めまわすように見ていた。

 よく飽きないものだなと俺は感心するが、いい加減本題に入りたかった。


「あの、ガルネリさん?」

「ハアハア、この部分の美しい曲線は――、なんじゃ?」

「いえ、そろそろ私が使っている剣のことはわかったでしょうから。

 本題の依頼する剣について話したいんですが……」

「ふむ、そういえばそうじゃったな」


 一旦、ガルネリは剣を机に置くと。


「新しい剣、必要かのう?」


 え、本気で言ってるの?といった様子でガルネリは言う。


「必要です!」

 

 ここは全力で肯定する。


「しかしのぉ、これ以上の剣は王国中を、いや、世界中を探しても見つからんぞ。

 お前さんはそんな見た目だが、この剣を十分に扱えるのであろう?」

「それはそうですが……」

「わしの打った剣ではきっと満足できぬぞ?

 わざわざ質の悪い剣を使う意味があるかのお」

「確かに、この剣は素晴らしい剣かもしれません。

 剣のことはよくわからないですが、素人目でも何というか剣自体が纏う雰囲気がすごいのはわかります。

 ガルネリさんの言う通り、私の無茶な扱いにもこの剣はよく応えてくれます。

 でも、この剣は私に合わせて造られた剣ではない」

「それはそうじゃろうな……。

 お前さんのような見た目の者が剣を握るとは、ストラディバリといえでも予想はできんかったじゃろう」

「確かにこの剣は鍛冶師の方々からみれば至高の一振りかもしれないですが、私にはあっていないのです。

 ガルネリさんが剣を打つ時、持ち主の体格や戦い方を考慮するんじゃないですか?」

「その通りじゃが……」

「それに私はストラディバリという人が鍛えた剣がすごいとか、そんなのはどうでもいいのです。

 私が剣を打ってほしいと思ったのはガルネリさん、あなたなのです。

 初めて剣を打っているところを見ましたが、ただただ美しかった。

 この人に剣を打ってもらいたい、そう思えたのです」


 俺は小さな身体を机に乗り出し、ガルネリに懇願する。

 ガルネリは目を瞑りなにやら考えているようではあるが、俺の言葉にYesとの返事が返ってこない。

 長い沈黙の末、ガルネリが目を開ける。


「そこまで言うなら、わかった。

 わしができる全力で、お前さんの要望に応えるとしよう」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらガルネリは答えた。

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