第十九話「ラフィとの再会」
朝食を終えた俺は午前中、裏庭で木苺の収穫を行うことにした。
今日もエレナに調合を手伝ってみるかとのお誘いはあったが、それよりも俺だけでも手伝えることを尋ねたところ裏庭での収穫を提案されたわけだ。
裏庭には多くの薬草や食材となるものが育てられている。
薬草類は種類が多かったり取り扱いに注意しなければならない点が多く、素人の俺には手に余る。
結果、食材の、その中でも簡単な木苺を収穫することになったというわけだ。
やることが明確な簡単作業。
収穫したものを入れる籠を横に置きながらせっせと赤い実をとっていく。
まだ緑色で熟していない実もあったが、ちょうど収穫期のようで多くの実が赤く熟していた。
あんまり採りすぎても消費しきれないのではと心配したが、食べきれない分はご近所にお裾分けするとのことなので、俺は何も気にせず籠に木苺を満帆にしていけばいい。
いつもは食卓に丸まっている青も、今日は外に出たい気分なのか横をバサバサと浮遊していた。
大人しく見ているのかと思ったら、収穫した木苺を一つ、青がパクリと食べた。
「あっ、こら」
「一つくらいいいじゃないか。うん、美味しい。アリスも食べてみたらどうだい?」
「むっ……」
青の悪いお誘い。
確かに採れたての木苺はとても魅力的だ。
籠には赤い実が山盛りになっているが、まだ収穫できていない赤い実もたくさんある。
「……一つくらいなら」
誘惑に負けた俺は、一つ木苺を手に取り、口へと運ぶ。
ほのかな酸味の後にじんわりとやさしい甘さが舌で広がる。
「おいしい」
「でしょ、だからもう一つ食べてもいいかな?」
「……もう一つなら」
二人でこっそりと木苺を口に運ぶ。
(あとでジャムでも作ろうかな……)
収納ボックスに砂糖をしまっていたはずだ。
それを使ってジャムにしてしまえば長い期間保存できるので、暫くの間木苺の味を楽しむことができるのでエレナにも喜ばれるかもしれない。
(ジャムをいれる瓶もエレナさんに言えばもらえるかな?)
ポーション用の瓶を後で貰えないか聞いてみようと心に決める。
まぁ、実際は朝食に出されるパンと一緒に食べたいという己の願望を叶えたいというのが本音であるが。
「何してるの?」
突然声をかけられた俺と青は同時にビクっと反応する。
口の中に入れていた木苺を急いで、ごくりと喉を通し証拠隠滅。
というか、青が喋っているのも聞かれたかもしれない。
どうやって言い訳をしようと恐る恐る後ろを振り返る。
「何だラフィか……脅かすなよ」
ほっと胸を撫でおろす。
エレナであったら少し面倒なことになっていたかもしれない。
「別に脅かそうとしたつもりはないんだけど……」
ちょっと不満気に頬を膨らませながらラフィは言う。
可愛い。
同時に、ラフィは俺が好きと告げられた言葉を思い出し、途端に顔が熱くなるのを感じる。
それを悟られないように慌てて口を開く。
「どうしてここに? あ、というかお帰り。ミリィさんとの森での成果はどうだった?」
「ただいま。お母さんからナオキは裏庭にいるって聞いたから」
「そ、そうか」
ラフィは鞄からごそごそと何かを取り出す。
それは大きな塊――魔晶石だ。
王国から共和国の道中で倒した魔物から採れる魔晶石は小石程度のものばかりであったが、今ラフィが持っているものはリンゴ程の大きさがある。
軽い感じで出掛けた姉妹であったが、かなり危険な魔物を狩にいってたようだ。
まぁ、ラフィの実力からしたら造作もないことはわかる。
同時にミリィも中々の腕前を持っていることが伺えた。
「でかいな」
「うん、大物だった。魔石は私が貰って、他の素材はお姉ちゃんがもっていった」
得意気にラフィは言い、今度は俺の横に置いていた籠に目をやる。
「ナオキは木苺採ってたんだ。そうか、そんな季節だもんね」
「ああ……」
緊張からラフィから少し視線を外しながら答える。
「私も一つ貰おう」
ラフィは木苺を一つ採り、口に運ぼうとしたところで手を止める。
「ナオキ……何だか体調悪い?」
外していた視線にラフィが映り、俺の顔を覗き込みながら言う。
「い、いや。そんなことはないぞ?」
「なんだか顔が赤いような……?」
「最近日に当たっていなかったからかな。うん」
エレナといいラフィといい、心の準備が出来ていないタイミングで現れる。
(ラフィの顔を直視できない……! ヘルプどうすればいい!?)
身体の中の同居人に助けを求める。
『……私に良い考えがあります』
(まじで? 流石ヘルプ)
なんて頭の中で会話を繰り広げていると、額の上に冷たい感触。
ラフィの手だ。
「……っ!」
驚き、慌てて一歩後退してしまう。
「……何で逃げるの?」
「い、いや。あはは」
ジトっとラフィが俺を見つめてくる。
(ヘルプさん、ヘルプさんどうすれば?)
『私の言う言葉を復唱してください』
(復唱すればいいんだな?)
最早、色々と頭の中は大混乱に陥っておりヘルプの言うことに何も疑問を挟まず従う。
『そういえばさ』
「そういえばさ」
俺の言葉に、何?とラフィは首を傾げる。
『ラフィって俺のこと好きなの?』
「ラフィって俺のこと好きなの? っておい!?」
すでに言葉で言ってしまったので取り返しはつかない。
「い、いや。ちが、ラ、ラフィさん?」
俺の言葉を聞いたラフィは目を見開いて硬直。
そして俺以上に白い肌は一瞬のうちに真っ赤に染まった。
「なっ、なっ」
「えっ、えっと」
どう言葉を続ければいいのか。
テンパっている俺は言い訳のように言葉を繋いだ。
「ってエレナさんから聞いたんだけど……。本当なの?」
自分でも情けないと思う言葉。
それを聞いたラフィは、
「ち、ちがう。……いや、ちがわなけど、けど、違うけど……!」
あわわと今度はラフィが一歩後退。
「お、お、お母さん!!!!!」
ラフィの口から出たとは思えない大声量。
絶叫しながら、顔を真っ赤にし、家へと戻っていた。
その後ろ姿を俺は見送る。
「ヘルプ……。君ってけっこうえげつない性格しているよね」
『そうでしょうか?』
そんな二人の会話を横目に。
「なにやってんだ俺……」
がっくしと地面に手をつき、何とも言えない自己嫌悪に陥るのであった。
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