第四章 インターハイ予選 二十 山並VS上越東 第二クォーター ―引っ掛かる―

 コートにいた選手達がそれぞれのベンチに戻って行く。


 山並サイドでは、


「ナイス、ファイト」


 と、菅谷と鷹取が真っ先に立ち上がってそう言うと、他のメンバーも釣られるように立ち上がって、各々手をたたきながら、


「ナイス、ファイト」


 と言って、先発メンバーを出迎えた。


 戻って来た選手達は各自持参したドリンクを飲むと、藤本のところに集まった。


「良い調子だ。みんな、それぞれ持ち味を出している。第二クォーターはもっと大胆に攻めていけ。以上だ」


 藤本のその発言を聞いて、洋以外の四人は各々おのおの何かしらの考えがあったのか、顔付きが一際引き締まった。


「矢島」


 振り向くと、笛吹が急に洋の肩を抱いて、みんなから少し離れた場所に移動した。


 藤本がチラッと二人の背中を見た。


「何ですか?」


「第二クォーター、お前がシュートを打て」


「えっ?」


「お前の言ったことは覚えている。しかし、パス一辺倒だけでは動きが読まれる」


「まあ、そうですけど……」


「要はお前が完全フリーになれば良いんだろ」


「まあ、そうですけど」


「選択肢は多い方が良い」


「いや、でも……」


 ここで、ブザーが鳴った。


 笛吹は洋と並んでコートへ向かいながら、何やら耳打ちをし始めた。


 サイドが変わって上越東では、控えのメンバーも含めた全員に対して、前川がまだ何やら熱弁している。


 山並のメンバーは既にコートに立っている。


「気合い入れて行くぞ」


「おー」


 上越東のベンチから掛け声が起こると、選手がコートに戻ってきた。交替はどうやら無いようである。


 藤井がテーブルオフィシャルズの反対側サイドの外に立った。センターラインをまたぐと、審判がボールをバウンドさせて藤井にそれを渡すと、ホイッスルを吹いた。


 第二クォーターが始まった。


 杉野はバックコートに移動した。


 藤井が杉野にスローインをした。


 ドリブルを始めた、杉野。


 藤井がコートを横切って、右45度の位置に移動し始めた。


 杉野はセンターラインの向こう側にいる洋との距離が徐々にちぢまっているのを確認しつつ、藤井の動きを目で追っている。


 三浦が寄ってきた。


 杉野は三浦にパスを……と思ったが、しかし、ピタッとマークするさっかが視界に入ると、


《あいつは……》


 と、思いとどまった。


 杉野は仕方なく藤井へパスを出した。


 ボールを手にした藤井はドリブルをしてペイントエリアに入る構えを見せた。


 杉野がペイントエリアに向かった。


 洋、ピタッとマーク。


 と、そこへ、逆サイドにいる三浦が手を上げてフリースローエリアに寄ってきた。


 藤井は三浦にパスを出した。


 三浦はボールを手にするとすぐシュートを打った。


 それを見ると、洋は杉野を気にしつつ、速攻に備えてトップの位置に向かい始めた。


 ボールがリングの付け根に当たった。


 跳ね上がったボールが天井を背にして宙を舞う。


 山添と豊田がリバウンドに向かった。


 競り勝ったのは……


《よし!》


 藤本が胸の内でそうつぶやいた。


 左45度の辺りにいた笛吹が走り出した。


 山添は笛吹にボールを出した。 


 受け取った笛吹は自らドリブルをしてフロントコートへと向かっていく。


 藤井が追走。


 二人がそのままリングへと向かう。


 と、ここで、これまでゆっくり戻っていた洋が急に走り出した。


 虚をかれた杉野は慌てて追走。


「笛吹さん」


 笛吹はジャンプシュートの体勢に入っていたが、洋の声を聞くと、すかさずパスに切り替えた。


 洋はボールを受け取ると、ワンツーステップを踏んでランニングシュート。


 ふわっと浮いたボールはリングを越えてネットに収まった。


「ナイス、シュート」


 菅谷と鷹取が声援を送った。


「良い感じだ。次はセットシュートを狙おう」


「あっ、はい」


 藤本が腕組みをして笛吹と洋の話している様子を見ている。 


 白のローカットがドリブルしながらフロントコートに近づいてくる。


 黒のローカットは右45度の位置に向かわず、トップに近いところで足を止めた。


 杉野が三浦を見て藤井を見た。


《やっばり、ここしか……》


 そう思いつつも、ワンパターンと言う言葉が杉野の頭をよぎった。


 杉野は三浦にパスを出した。


 三浦の手にボールが収まった。


 さっかが両手を広げて鋭い眼光を放つ。


 三浦、ドリブルインの素振りを見せる。


 しかし、目は揺るがない。


 三浦、たまらず0度にいる柴田にパス。


 柴田、エンドライン沿いにドリブルインすると見せ掛けて、ジャンプシュート。


 弧を描くボールが落下し始めた。


《短い》


 洋はシュートの軌道をそう予測すると、ディフェンスよりも速攻に意識を寄せた。


 ボールがリングとバックボードの間に当たった。


 さっかが見上げた。


 宙を舞うボール。


 リバウンドに向かう一本の右手。


 加賀美、独擅場どくせんじょう


「加賀美さん」


 洋の声を聞くまでもなく、加賀美は洋にパス。


 洋、コート中央をドリブルしながら駆け上がっていく。


 しかし、既にこうなることを予測していたのか、下がり気味のポジションにいた杉野が逸早いちはやく洋をマーク。


 と、そこへ、笛吹が……


 洋は自分を追い抜く笛吹にパス。


 笛吹、パスを受け取ると、そのままドリブル。


 藤井は笛吹のすぐ後ろを追走。


 笛吹、今度こそランニングシュートを決めることが出来るか?


 が、スリーポイントラインを跨(また)いだ瞬間、笛吹はキュッとシューズの音をさせてその場にとどまり、ジャンプシュートの体勢に入った。


 藤井はこのタイミングで笛吹がジャンプシュートするとは考えていなかった。ブロックショットに跳ぶのが一歩遅れた。


 だが……


 フリーで打てたはずなのに、笛吹はシュートをせず、洋にパスを出した。


 洋はボールを手中に収めると、ジャンプシュートの体勢を取った。


 しかし、杉野が……これではカットされる。


 と思われた瞬間、洋はバウンドパス。


 パン!


 ボールを手中に収めた音をさせたのは……


 さっか


 その足がタイミング良くステップを踏んだ。


 レイアップから放たれたボールは軽やかなネット音をさせてコートへと落ちて行った。


 今の一連の動き……目のシュートも決まり、問題視するところは何一つ無かった。むしろ、山並は上越東よりも一枚も二枚も上手であると、この試合を見ている誰もがそう思ったことだろう。


 しかし、指揮官である藤本は何かが引っ掛かると言うような感じで自陣に戻って来る笛吹をじっと見ていた。


 試合は上越東のスローインで再開。


 フロントコートに入ると、杉野から藤井へ、藤井からハイポストに入ってきた三浦へ、そして一旦はリングへ振り向いた三浦から再び杉野へとボールが戻った……


 そのタイミングで起きた一瞬のノーマーク。


 スリーポイントラインの外にある白いシューズがコートから真上へと上がった。


 洋も左手を伸ばして跳んだ。


 ザッ。


 シュートが決まったと見ると、上越東はすぐ自陣に戻った。


 点差はある。チームとしての実力差もある。試合は確実に山並有利に動いている。それでもマークしている杉野にこうも易々やすやすとスリーポイントを決められると、相手チームから見れば自分はやはり山並の弱点であることを思い知らされてしまう。今更ながら己の背の低さに腹が立ってしまう。もう10センチあれば……低いところで勝負をする意志はあっても、それで結果を残していても、コンプレックスはどう足掻あがいてもぬぐえない。


 洋がドリブルしながらフロントコートへ向かっている。


《さっきは目が良いタイミングで来たからパスを出したけど……さて、どうする?》


 杉野に決められたスリーポイントを引きずりつつ、洋は笛吹から言われたことも思い返しながら、誰にパスを出すか視線を動かしている。


 目か、それとも笛吹か?


 山添が洋を見ている。


 視線が合った。


 山添がハイポストに来た。


 洋、すかさずオーバーヘッドパス。


 山添、ボールをキャッチ、と同時に右側に反転、ワンドリブルしてリングに向かって踏み込んだ。


 山添、ジャンプ。


 豊田、ブロックショット。


 山添は192センチ。それに対して豊田は183センチ。身長差はあるものの、ブロックショットをされればやはり意識する。しかも、豊田の跳躍は予想よりも高い。


 しかし、山添は少し体をらすと、左手のみでボールをつかみ、その腕を体の中心からやや左側に移動させてシュートを放った。


「あっ」


「どうした、羽田?」


「いや、別に」


「今のがソフトフォワードなんだろ!?」


「あっ、はい」


 電光表示器が示す山並の得点が33から35へと変わった。


「脇を上手く締めて、手首のスナップを軽く利かせて左腕一本だけでシュートをする……見かけによらず器用なことをする」


「何ですか、ソフトフォワードって?」


「山添は何も言ってなかったか?」


「いや、何も」


「試合が終わったら、羽田に聞いてみると良い」


「分かりました」


 と言うと、日下部は由美に向かって、


「済まんが、頼む」


 と言った。


「あっ、はい」


 藤本は元気に返事をした由美を横目で少し見遣ると、視線をコートに戻してからフッと口元に笑みを浮かべた。


《この調子なら、決勝も行ける》


 コートでは、ドリブルをしている杉野がトップの位置にいた。


 洋は少し離れてマークに就いている。


 杉野が三浦にパスを出した。


 目、両手を広げてマーク。


 三浦、左手でドリブルイン。


 目、すかさずドリブルコースをつぶす。


 足が止まった。これ以上切り込むのは無理と判断するや、三浦は柴田にパス。


 柴田、右手でドリブルイン、リングに近づこうとする。しかし、加賀美の圧力にハイポスト近くまでね返されリングに近づけないどころか、山添にもディフェンスされて、今にもボールを奪われようとしている。


 柴田、立ち往生。ペイントエリアに居られるのはわずか3秒。


「柴田」


 藤井が声を掛けた。


 柴田はむ無く藤井にパス。


 藤井がボールを手にした。


 笛吹は右手を上げ、スリーポイントに対して牽制けんせい


 対して藤井はドリブルを始めると、ゆっくりフロントチェンジをしながら状況をうかがっている。


 笛吹が藤井の動きを見ている。


 一瞬の間。


 左手から右手にボールが移ったと同時に、藤井はジャンプシュートをした。


 笛吹もジャンプ。


 ボールがリングに向かって弧を描く。


 加賀美と柴田、山添と豊田、お互いポジションの競り合いをしながらリングを見上げる。


 ボールがリングの付け根に当たった。バックボードを越えるくらいの高さまで真っ直ぐ上に向かった。


 赤いシュースがリング寄りに動いた。


 目がフロントコートに意識を向けた。 


 ボールが加賀美と柴田のいるところへ落ちて来た。


 山添は背中で豊田をディフェンス。


 洋の視線が一瞬目さっかに向いた。


 加賀美、ジャンプ一番。ボールをぎ取った。空中の競り合いでも圧倒して柴田を寄せ付けない。


 ダッシュする、目の足。


 加賀美、洋にパス。


 洋、前を向くと同時にフロントコートに向かってチェストパス。


 ボールを収めた、両手。


 コートを蹴った、左足。


 宙を飛ぶ、目。


 リング目掛けて、ボールを持つ右手が振り下ろされた。


 バーン。


「決まった」 


 鷹取が高らかに声を上げた。


 しかし、歓喜の声援を送る姿がある一方で、


「これじゃ出番ねえだろ」


 と、ボソッと呟く早田の姿もあった。


 杉野からのスローインを受けた藤井が杉野にボールを戻した。


 洋はドリブルしながら近づいてくる杉野の白いシューズを見ながら、藤井の黒いシューズにも意識を向けている。


 柴田が0度からペイントエリアはミドルポストに入ってきた。


 洋が一瞬視線を上げた。


 杉野の視線が洋の右肩越しに向かった。


 洋は杉野の視線を察知。パスを出すのか?と思った瞬間、杉野はドリブルイン。


 洋、追走。


 が、ここで柴田がスクリーン。洋が止められた。


 フリーになった杉野はそのままランニングシュート。


 してやられた!スリーポイントを意識し過ぎた。


 加賀美がボールを拾ってエンドラインの外に出た。


《んっ?》


 加賀美は一瞬そう思った。が、すぐに、


《お前にはその顔の方が似合っている》


 と思うと、洋にボールを渡した。


 振り向いた、洋。


「あっ、目つきが変わったぞ」


 鷹取が独り言を言うと、


「面白くなってきた」


 と、菅谷はいつもの如くニヤニヤ笑いながらそう言ったが、三年生の三人は表情を変えずじっと試合を凝視していた。


 ただ、スコアブックを付けている由美だけはそんなベンチの様子を横目に見ながら、


《矢島って、あんな顔をするんだ》


 と、一人驚いていた。


 ドリブルしながらフロントコートへと向かう洋を加賀美が追い抜こうとしている。


 洋はそんな加賀美を目尻に認めながら、センターラインを越えようとしている……


 洋、笛吹にパス、と同時にフリースローエリアに向かった。リターンパスをもらってパスの出先を創り出すつもりか?


 しかし、笛吹は洋に近づくようにゆっくりドリブル。


 洋はそれを見ると、にじり寄るように前方に移動。


 笛吹が駆け出した。


 黒いシューズが追走する。


 赤いシューズとつかった。


 笛吹はフリー。


 スリーポイントを打つ絶好のチャンス。


 しかし、笛吹はさっかにパス。


 藤本が一瞬眉間みけんしわを寄せた。


 目、ジャンプシュートの体勢……


 が、一瞬の隙を突いて、バウンドパス。


 カットインでボールを受け止めたのは、山添。


 山添はミドルエリアでボールを手にすると、間髪入れず振り向きざまにジャンプシュート。


 豊田、ブロックショットに向かうも、一歩及ばず、山添のシュートを許してしまった。


 上越東はインサイド攻撃をしようにも加賀美と山添のマークが厳しくてなかなかパスが出せない。パスが通ったとしても、加賀美と山添の圧力が強くてリング下での勝負が出来ない。結局、杉野か藤井にボールを戻して外からシュートを打つしかない悪循環におちいっていた。ただ、この二人のシュート精度は高く、ツーポイントであれば決まる確率はかなり高かった。


 一方の山並は、笛吹の洋に対する指示が洋の思考に横槍よこやりを入れる形となり、それが気になって洋はプレーに集中出来なかった。加えて、杉野と藤井にシュートを決められるのが、洋の苛立いらだちともなっていた。しかし、スクリーンを決められたあとの洋は余計なことを考えなくなった。


 笛吹は結局一本も決められず、と言うよりは自分よりも確実にシュートを決められる者にシュートをゆずり、第二クォーターの終了を迎えた。


 山並は51点をマーク、対する上越東は31点と、その差が20点となった。

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