第四章 インターハイ予選 十 結束の一歩
二週間足らずの練習期間はあっという間に過ぎて、全国高等学校総合体育大会新潟県予選会、すなわちインターハイ予選がいよいよ明日から始まろうとしている。
選手一人一人厳しい練習に耐え、怪我をすることもなく大会前夜を迎えられたのは何よりである。
この日、藤本は二時間程度の練習で切り上げ、残りの時間をミーティングに充(あ)てた。
トーナメントの正式な組み合わせは明日(あす)にならないと分からないが、その下地となるのは上越・中越・下越各地区大会である。例年のことを考えれば、下越地区大会の優勝校と中越地区大会の優勝校、つまり山並と中越平安が顔を合わせるのは決勝戦となる。そう言う意味では、立志北翔に勝てたのはやはり大きい。
ミーティングの内容は主に中越平安戦対策であったが、それに加えて藤本は総力戦であることを熱弁した。準々決勝までは控えの選手を積極的に使っていく。
終始体育館で行われたミーティングがそろそろ終わりを迎えようとしている。
女子バスケット部はいつの間にか練習を終え、彼女達の姿は消えていた。
女子バスケットの予選会は決勝こそ男子と同じ日に行われるが、それ以外の日程は男子よりも一週間ほど早い。残念ながら女子バスケット部は準々決勝で敗退、三年生は涙に暮れた引退となった。今週から新体制のもと、女子バスケット部は練習に取り組んでいる。
チアは披露する演技の最終チェックが何度も行われていた。伊藤の指導には熱が籠もっていた。インターハイ予選の舞台で果たしてどのような演技が披露されるのか、とても楽しみである。
「それでは、今日はこれで解散だ。明日に備えて英気を養っておけ。遅刻にはくれぐれも気をつけろ。いいな」
「あっ、先生」
「何だ、矢島」
「ちょっとだけ見て欲しいものがあるんですが」
「試してみたい病か?」
それを聞くと、菅谷がプッと吹き出した。
「あっ、いや、まあ、そうです」
「何をする気だ」
「口で説明するのは難しいので、まずは見て下さい」
と言うと、ボールカゴからボールを取って来て、スリーポイントラインはトップの辺りに立った。
「目」
洋が呼んだので、目は何も言わずコートに向かった。
「そこで、いいよ」
目はオフェンス時のポジションで立ち止まった。リングに向かって右45度の位置である。洋に言われなくても、そのポジションに向かったのは阿吽(あうん)の呼吸と言うべきであろうか。
藤本を初め他の部員達は、洋が何をしようとしているのか、ただ黙ってじっと見ている。
「これからするのは、ただのパスなんですけど……」
と言うやいなや、洋はある行動に出た。
それを見た瞬間、誰もが驚いた。
気がついたら、目もただ驚いた表情でボールを手に持っていた。
「おい、矢島。大丈夫か」
鷹取が少し心配して声を掛けた。
「ああ、大丈夫。でも、コートはやっぱり痛いなあ」
「矢島、いつそんな練習をした?」
藤本の問いに、
「ちょっと早く来て、そこでしてました」
と、洋はいつも着替えに使っている用具室を指差した。
「試験期間もか」
「あっ……はい」
「……まあ、いい。それにしても、色んな事を考えるな、お前は。で、それをどうするつもりだ?」
「まだ分かりません。パスの種類が増えれば、それだけ相手も遣り辛くなるだろうと思っただけです。ただ、先に伝えておかないと……」
「使い方はお前に任せる。お前等もそれでいいな」
「はい」
全員、納得の返事をした。
「それでは、解散。カベ、戸締まり、頼むぞ」
「はい」
藤本はそう言うと、先に体育館を後にした。
「矢島」
そう言うと、目が洋に近づいてきた。
「何か怒ってる?」
「なぜ、俺を誘わなかった?」
「誘うって、試験期間だったし、それに誘うほどのことでもないし……仮に誘ったとしても、どうするつもりなんだよ」
「アイデアを考える」
「アイデアって、それはこれから……」
「目の言うとおりだよ」
「えっ?」
洋が驚いたのは当然であった。何と、立花が話に割り込んできたのだ。
入部以来、立花とはそんなに話をしていない。片や一年からレギュラー、片やバスケ初心者、しかもクラスも違うとなれば話す機会も少ない。立花はもともと話し好きな方ではないようだから、余計話す機会は失われる。洋の立場からすれば、嫌われているのではないかと思っていたほどだ。
「俺はまだバスケを始めて日が浅いから、お前の役には立たないが、俺には勉強になる」
「いや、だから……試験期間だったわけだから、こっそり遣らないと怒られるし……」
「矢島のバスケは考えさせられるから楽しいんだよ」
と、今度は清水が言い出した。
「ちょっと待て、何で俺が責められてるんだよ」
「それは抜け駆けするからでしょ」
「何だよ、羽田まで……鷹取は違うよな」
「いや、俺は羽田と同じ意見だ」
「みんな、おかしいぞ」
「5対1だ。明日、みんなにジュース一本ずつおごれよ」
と、目が止(とど)めを差した。
「何で俺が……」
すると、
「何やってる。早く着替えろ」
と、日下部が一喝(いっかつ)した。
洋の抜け駆けが良いか悪いかは別として、一年生の自主練はもともと目が洋を誘ったことが切っ掛けで始まった。
洋のパスを初めて受けたあの日、目は行けると直感した。こいつと組めば、未(いま)だ見えぬ何かに到達することが出来る。
目が洋を自主練に誘ったのは、洋がバスケの練習に参加した初日の、お昼休みである。
洋のいる一年二組には当然鷹取もいるので、自然の成り行きで鷹取も自主練に参加することになった。ただ、参加すると言っても、初心者の鷹取は二人の練習を見るだけであった。
お互いに持ち寄ったアイデアを本格的に試したのはこの日が初めてだと言うのに、数回試(こころ)みただけで二人はほぼ完璧に近いコンビプレーをやってのけた。二人のレベルの高さも然(さ)る事ながら、プレーの息が合うのは生まれながらの相性もあるのだろうと鷹取は思った。
洋との出会いは目(さっか)の好奇心、高揚心、向上心を余すところなく刺激した。立志北翔戦で見せたコンビプレーもまさに自主練の賜(たまもの)である。
そんな成果を生み出した自主練であるが、当初は昼休みの時間を利用するだけに止(とど)まっていた。当面の目標であった下越大会までの日程が二週間を切っていた上、洋も目(さっか)もチームに馴染むには、やはり時間が足りなかった。それ故、洋と目の意識が自主練に向かうのではなく、放課後に行うチーム練習に意識が向かうのは当然であり、それが朝の自主練に意識を向かわせるのを阻(はば)んでいた。一言で言えば、精神的余裕が無かった。
優勝という素晴らしい成績で下越大会を終え、その後に行われた勉強会も相俟(あいま)って、目の気持ちはかなり解(ほぐ)れて行った。
気持ちの余裕は視野を広げる。目は試験明けから洋を誘って朝練をするつもりでいた。しかし、洋は一人こっそり朝練をしていた。
由美は抜け駆けと言って洋をからかったが、目にしてみればまさにその通りであり、不機嫌になるのは当然であった。
だが、今回はそれだけでは済まなかった。立花が自ら話に割り込んできたのである。
立花は清水と鷹取とは比較的話すが、洋と目とは余り話さない。もともと話すのが得意なタイプではないようだが、彼の生い立ちも多少関係しているようである。
小学生の時はリトルリーグに所属していたと立花は言ったが、それは野球好きの父親が強く勧めたからであって本人の意志ではなかった。ただ、渋々やっていたとは言うものの、反射神経は良かったので最終的にはセカンドのレギュラーになった。だが、立花のチームは強い方ではなく、対戦相手のエースや四番が活躍するのを見ると、その実力差に嫌気が差してきた。卒団を迎えるまで立花はチームに所属していたが、彼にとっては決して楽しい野球生活ではなかった。
その反動と言えるのだろう、中学に入ると今度は自分の意志で陸上部に入部した。団体競技よりも個人競技の方が自分には向いている。そう思ったようだった。
しかし、ここでも立花は実力の壁に打ち当たった。中距離を選択したのは走ることには多少自信があったからだ。しかし、どんなに努力を積み重ねても、上には上がいることを思い知らされた。中学三年間の成績は良くも無く悪くも無く、彼の肩を持つ言い方をすれば、平均タイムよりも少し良い程度であった。
山並に入学したのは、ここが進学校だからである。勉強を頑張って、東京の大学に行きたかった。新潟を離れたら、何かが変わる。だから、部活を頑張ろうという思いはもう無かった。サッカー部と迷ったと藤本に言ったのは咄嗟(とっさ)についた嘘だった。嘘をついた理由は本人自身も分かってはいない。
では、なぜバスケット部に入部したのか。それは心を揺さぶられたからである。
山並のチアリーディング部が有名であることを知って、放課後、ふらふらっと第一体育館に立ち寄った。きびきびと練習をしている彼女達を漫然と見ていたら、笛吹から声を掛けられた。
「一緒に日本一にならないか」
ただの日本一ではない。『一緒に』と言うこの言葉が立花の背中を押した。
どうやら、立花には自分でも気がついていないスポーツの血が流れていたようである。
洋と目の実力を見せつけられて、過去の苦い経験が一時的に迷いを生じさせたようであったが、藤本が要所要所で声を掛けたことで、立花の思いに前進の二文字がしっかりと刻まれた。後戻りは絶対にしない。
彼等が入部して約二ヶ月。下越大会というビッグイベントを経て今日(こんにち)まで共に過ごしてきた月日は、一年生同士の心の歯車を少しずつ噛み合わて来たようだ。たわいない会話は仄(ほの)かながらも確かにそれを物語っていた。
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お知らせ
更新は毎週土曜日の14:00の予定でしたが、執筆の時間確保が難しくなってきたため更新は不定期になります。何卒ご了承下さい。
*2021年9月、PVが13.3万を超えました。本当にありがとうございます。次の更新が楽しみと思われるよう頑張りますので、ご支援よろしくお願いします。
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