第四章 インターハイ予選 十三 山並VS礼和学園 第二クォーター ―何なんだ、こいつ―
試合は礼和のスローインで再開。
水野からボールをもらい受けると、田中はゆっくりとフロントコートへと向かった。
《練習通り、練習通りすればいいんだ》
自分を待ち受けている洋を見ながら、田中はポーカーフェイスになることに注意を傾(かたむ)けた。
水野が定位置に付いた。
田中は水野にパス。
それを見た小林がペイントエリアに入ってきた。
水野は小林にパスをしようと見せ掛けて、自らドリブルイン。
と、ここで小林がスクリーン、奥原を止めた。
フリーになった水野はバックシュート、ボールがネットを揺らした。
タイムアウト直後に見せた礼和のこのプレー。南雲は奥原が穴であることを再度徹底させたようだ。田中のみならず先発全員の表情がポーカーフェイスに戻った。
洋がボールを拾ってエンドラインの外に出る。奥原は洋からボールをもらって、コートに戻って来た洋にボールを返す。しんどい表情を見せてはいるものの、この一連の動きを奥原は淡々とこなしている。
しかし奥原の真意に気がついた洋は、このコートに立つ今の奥原に意志と魂がないのが辛(つら)くてならなかった。
洋はフロントコートを見た。目(さっか)、菅谷、滝瀬は既にそれぞれのポジションに付いている。
洋がペイントエリアに向かって走り出した。
田中が追走。洋に引き離されることなくピタっとマーク。いや、と言うより、洋はスピードを少し抑(おさ)え気味にして走っている。傍(はた)から見ると、二人はお互いの息を合わせて併走(へいそう)しているかのようだ。
洋がリング手前で滝瀬に向かうような動きを見せた。
しかし……
洋はここでバックステップ、江藤の背後に来ると洋自身の背中を江藤の背中にピタッと押し付けてきた。
江藤は一瞬、
《何だ?》
と思いながらも、動きの取れない江藤は菅谷と向かい合わせにならざるを得ず、洋は洋で江藤と田中に挟まれた状態となり、ここに菅谷を含めると、四人がミルフィーユのように重なった状態になった。
と、その時だった。
洋はドリブルを止(や)めると、ほんの少し両足のつま先を浮かせて江藤に凭(もた)れた。
江藤は洋の体重を感じた。これでは動きたくても、いや、動いても構わないはずなのに、動いてはいけないような錯覚を江藤は感じた。
「菅谷さん」
洋はそう言うと、ボールを右手で摑(つか)んで後ろ向きのままその手を菅谷に回した。
菅谷は江藤の脇からいきなりボールが現れたので一瞬驚いたが、それを受け取ると直ぐさまエンドライン沿いにドリブルイン。
江藤は菅谷をディフェンスしようにも洋と田中が壁になって身動きが取れない。
菅谷は礼和のディフェンスに阻(はば)まれることなく、リング下からバックボードの反動を使ってシュート。ボールはネットを揺らした。
これで27対20。得点は再び7点差に戻った。
ボールを拾った田中がエンドラインの外に出た。
田中はその表情を崩(くず)しはしないものの、少しばかり唇を噛んだ。
スローインを受け取った水野からボールをもらい受けた田中は、洋の眼光を感じつつフロントコートへと向かった。
対する洋は、田中と水野をいかに分断するか、それを考えていた。横目に見る奥原は水野に真っ直ぐ視線を向けている。いや、それしか見えていない。ボールを手にしても、それを無難に受け流すことしか考えていない。
ディフェンスをする相手がドリブルをしている時は、いつもと言っていいほど洋は視線を下げている。しかし、場合によっては相手の表情を見るために視線を上げる時もある。第六感が働いたのか、この時洋は上目遣いで田中の表情を見た。
田中はパスをどこに出すべきか顔を動かしている。
洋は視線を右左(みぎひだり)へと動かした。水野も古谷も動く気配が感じられない。
田中が両手にボールを持った。
洋は視線を上げた。
田中の視線が洋の左肩を越えていた。小林が何らかのモーションを起こしたと、洋は察知した。
小林が0度の位置からフリースローラインの位置にまで上がってきた。
田中が小林にパスを出した。
古谷が空白になった0度の位置にまで下がった。
小林は古谷にパスを出そうとした。
すると、今度は水野が空白になった右45度の位置に向かった。
《よし!》
小林は奥原の出遅れを認めると、水野へのパスを意識した。
と、その時だった。
洋は背後からするするっと近寄るとジャンプして、小林が両手でその頭上にキープしているボールを弾(はじ)き飛ばした。
「あっ!」
しかし、時既に遅し。ボールを手にした目(さっか)がリングに向かって猛然と走って行く。ドリブルをしながらのストライドは大きく、目(さっか)はあっと言う間にリングの所まで来た。
ここまで来れば、この試合を見ている誰もがダンク以外は無いと思った。そしてその期待は間違っていなかった。
ただ……
目が見せたダンクはただのダンクではなかった。そのままランニングステップを踏んでジャンプすると、空中で体を半回転させての……
リバースダンク!
目が見せつけたその一連の動きは、まるでNBAのダンクコンテストのようであった。
トマホークダンクの時は場内からどよめきが起きたが、今回はどよめきすら起きなかった。まるで時間が止まったような、いや、目が実力で時間をねじ伏せたと言うのが正しい表現であった。
「個人技は控えろって言われたよな」
加賀美が小声でそう言うと、
「するなとも言われてないだろ」
と、早田もまた小声で言った。
そんな二人の会話に、日下部は気づいているのかいないのか、コートの方をじっと凝視していた。
しかし、これで得点は29対20となり、仮にスリーポイントを三回連続で決められたとしてもまだ同点と言う点差になった。
こうなると、もう動揺の色を隠せない。一撃目のダンクが彼等のこの試合に対する自信と姿勢に罅(ひび)を入れた程度であったとすれば、二撃目は明らかに亀裂を生じさせた。
礼和のベンチが慌ただしくなった。
どうやら選手を交代させるようである。
しかし、このタイミングではルールが壁となりメンバーチェンジは出来ない。
奥原がちらっとベンチを見た。
山並のベンチに動く気配はない。
奥原は視線の先を水野に戻すしかなかった。
田中がドリブルしながらセンターラインを越えようとしている。第二クォーターに入ってから田中の呼吸は少しずつ乱れて来ていたが、ここに来てそれは更に大きくなっていた。
近寄って来る田中の足を、守備体勢に入った洋が見つめている。
《何なんだ、こいつ》
洋の頭を見下ろせるところまで来た田中は遣(や)り辛(づら)さの愚痴をつい胸の内で呟(つぶや)いた。
田中が仕掛けた。
洋も追走。先程の1ON1と同様の展開になると予想していたのか、洋の反応が早い。
田中はフロントチェンジでボールを右手から左手に移動……
だが……
「よし、出た!」
鷹取が叫んだ。
田中が振り向いた。
洋は一人リングに向かっていた。
コートに立っている礼和のメンバーは2・3歩踏み出しはしたが、もう遅い。それ以降足を動かす者は誰もいなかった。
洋のランニングシュートが決まった。
電光表示器が31対20を示した。
田中がボールを拾った。
「俺が運ぶ」
水野がそう言った。
田中は仏頂面(ぶっちょうづら)になると、水野に向かってスローインをした。
ボールが右手とコートの間を行き来している。
水野が左45度の位置に立った。
菅谷が少し足を動かしてエンドライン側に寄った。
洋は奥原を見た。
《どうする?もう一度スティールに行くか?》
奥原は相変わらず口で息をしている。ただ、表情はそれほど苦しそうではない。むしろ、どことなく飄々(ひょうひょう)とした感じが垣間見られる。体力的なスタミナ切れはあっても、精神的なスタミナは頑張るのを諦(あきら)めたことによって、回復の兆(きざ)しが見えていると言うことなのか。
水野が江藤のいる方に向かった。
ベンチにいる山並のメンバーは全員、
《またか》
と思った。
藤本は、顔色一つ変えず腕組みをして戦況を見ている。
水野がエンドライン沿いに回り込んで来た。
江藤が奥原をスクリーン。
が、次の瞬間、コートにいる選手の耳に響き渡ったのはネットを揺らす音ではなく、審判のホイッスルだった。
「青10番、チャージング」
山並のベンチがどっと沸いた。
「あいつ、今日冴えてんな」
笛吹が半ば驚き気味に言うと、
「あいつの口癖、知ってるか」
と、山添がほくそ笑んで言った。
笛吹は、山添の言っている意味がよく分からなかった。黙ったまま山添の表情を窺(うかが)っていると、
「俺はどんくさいが、馬鹿じゃないんだよ」
一方、コートにいる菅谷は、
「ナイス、菅谷さん」
と、珍しい目(さっか)の一声に、
「おうっ」
と上機嫌に返事をしたものの、奥原のいるところまで行くと、
「パーン!」
と、音が立つくらい奥原の尻を平手で叩いた。
奥原は驚いて、思わず菅谷を見上げた。
菅谷は、ただ無性に怒った顔をしていた。
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2022年1月9日、PVが15万を超えました。
これからも面白いと思われるよう頑張りますので、よろしくお願いします。
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