第四章 インターハイ予選 十三 山並VS礼和学園 第二クォーター ―雰囲気が違う―
この試合、奥原は何度もスクリーンで止められた。となれば、同じパターンの攻撃に対してそろそろ何らかの対策は出来るはずだ。たとえ無策であろうとも、ファウルを取られてでも抜かせないという絶対の気迫が奥原にあれば、結果は違っていたはずだ。
それは、言い換えればどう言うことなのか?
洋の視点を借りて言えば、奥原は止められたのではなく自(みずか)らスクリーンを受けに行った。少なくとも洋にはそう見えていた。
ブザーが鳴った。
礼和のメンバーが交代するようである。
ベンチに下がるのはポイントガードの田中とパワーフォワードの江藤、替わりに入るのは二年生で身長171センチ背番号6の加藤巧(かとう たくみ)、身長185センチ背番号13の富澤(とみさわ)公郞(きみお)である。
「あいつ、何か雰囲気が違うように見えないか」
鷹取が清水に尋ねると、
「でも同じ一年なんだよ」
と清水が言った。
「何で知ってんの?」
「メンバー表見たから」
「ちゃっかりしてんな」
「俺もそんな気がする」
「なっ、そう思うだろ」
「……何だろう?」
立花は直感的に捉(とら)えたイメージを何とか言葉にしようと思ったが、良い言葉が思いつかなかった。
二人がコートに入った。加藤は洋を、富澤は菅谷をマークした。
加藤が淡々とした表情で洋を見ている。
洋は、そんな加藤の視線を感じつつも、なぜか意識は富澤の存在感を気にせずにはいられなかった。
《この人は一体どんなプレーをするんだろう?》
洋がエンドラインの外に出た。
審判が洋にボールを渡した。
加藤は大きく手を上げてディフェンス。しかし、動きはそれほど激しくはない。
洋はボールを頭上に構えている。
奥原をマークしている水野も執拗(しつよう)なディフェンスではない。むしろ、奥原へのスローインを誘っているように見える。
洋は体を奥原に向けた。しかし、頭上に構えた両手は滝瀬に向かって動いた。
ボールを手にした滝瀬はすぐパスを出した。
目(さっか)がパスを受け取った。
古谷が身構えた。
しかし……
左に行くと見せ掛けて直(す)ぐさま右手でドリブル、踏み出した一歩目は大きく且(か)つ早く、目はあっと言う間に古谷を抜き去った。
古谷もジャンプして何とか目のレイアップシュートを阻止しようとした。が、伸ばしたその手は遠く及ばず、古谷にはそれが歴然たる実力の差に感じられてならなかった。
ネットを通ってコートに落ちたボールを富澤が拾った。
走り去っていく背番号12。
富澤は両手に持つそのボールにギュッと力を込めると、ふーっと小さく息を吐いた。
「先生」
江藤が南雲(なぐも)に声を掛けた。
「どうした?」
「田中が……」
そう言われたので、南雲は田中をチラッと見ると、田中は片手で頭を抱え俯(うつむ)いていた。
「どうした、田中?」
「ちょっと頭痛が……」
「気分が悪いなら……」
「いや、大丈夫です。少しすれば治(なお)ると思います」
「回復の見込みがないと思ったら、すぐに知らせろ。いいな」
「はい」
過去に、ましてや試合の最中(さなか)に、田中が体の不調を訴えたことは一度もない。田中は体力がある方だし、厳しい練習に根を上げたことすらない。
その田中が頭痛を訴えた。
過度の緊張やストレスから解放されると、急に血管が拡張して、人によっては頭痛を起こす場合がある。田中にそれが当てはまるかどうかは分からないが、洋から受けていた地味なプレッシャーが田中を追い込んでいた可能性は否定出来ない。実際、田中はバスケの常識に囚(とら)われない洋の動きに、思考回路が狂わされていた。
コートでは、田中と交替した加藤がセンターラインにまでボールを運んで来たところだ。
江藤と交替した富澤には菅谷が付いている。
加藤の視線が洋の頭上を捉(とら)えた。
富澤が0度の位置からフリースローラインまで上がってくる。
加藤がパスを出した。
富澤はジャンプしてボールをキャッチ。
菅谷は両手を広げてマーク。
菅谷に対して背を向けている富澤。左に行く動きを見せた。
菅谷の左足に体重が載った。
富澤、すかさず反転、そのまま左手でワンドリブル、一気にリング下にまで詰め寄りレイアップを決めた。
電光表示器が33対22となった。
「あいつ、良い動きしたな」
「一回だけでは分からん」
早田の問いに加賀美はそう答えた。
礼和のメンバーが早々と自陣へ戻り、山並の攻撃に備えつつある。
洋の左手がドリブルをしている。
《急ぐことはない。今は見極めるべきだ》
そう自分に言い聞かせながら、洋はゆっくりフロントコートへと向かうと、視線の先を富澤に向けた。
第二クォーターは菅谷を中心に攻撃をすると藤本から指示を受けた以上、洋はそれに徹するつもりでいる。ただ、それは菅谷をマークしていたのが江藤であったときの話だ。江藤から富澤に替わっても、その方針に変わりはないのだろうか。洋は藤本を横目で見たが、指示を出す素振りはない。
《試してみよう》
洋はそう思うと、視線を菅谷に切り替えた。
菅谷は洋の視線を捉えると、フリースローラインの所まで上がって来た。
洋がパスを出した。
菅谷はパスを受け取るとすぐに左へターン。そのままドリブルをすると思いきや、それはフェイント、その場でジャンプシュート……
しかし、富澤はそれを読んでいたのか、菅谷とほぼ同じタイミングでジャンプすると、菅谷のシュートを右手でカット、しかも目のいる左側には落とさず、腕を捻(ひね)って水野がいる右側に落とした。
水野は空中でボールを取ると、すぐにドリブル、リングへと向かった。
対する奥原は追走するも、最初の一歩が出遅れ、水野にランニングシュートを許してしまった。
これで得点差は33対24。
「良いタイミングで仕掛けたと思ったんだけどな」
笛吹は惜しい感じを滲(にじ)ませながらも、どうやら相手の方が一枚上手だった、とそんな印象を抱いたようであった。それに対して、山添は、
「遣られたら遣り返す。それをすぐに実行したのは良かったと思う。それも、そっくりそのまま真似するのではなく、あいつなりの工夫もあった」
と、少し違った視点で菅谷を捉(とら)えていた。
しかし、洋は菅谷ではなく富澤を、しかもこれまでの経緯を考えて見ていた。
《間違いない。奥原さんを狙ったシュートカットだ》
今は、交替したプレーヤーがどれほどの力量を持っているのか、山並側はベンチも含めて加藤と富澤を見ている。加藤はまだそれほど大きな働きをしてはいないが、富澤は早くも攻守に亙(わた)って良い動きを見せた。更には、洋の推測が正しければ、富澤は南雲の指示を受けてチームプレーにも徹している。
ドリブルをする洋がセンターラインを越えた。
洋は目(さっか)にパスを出した。
目は左手でドリブル、トップの位置に向かった。
洋はそれを見て、目と入れ替わった。
滝瀬がフリースローラインの位置にまで上がってきた。
目は滝瀬にパス。
滝瀬はボールを受け取ると、ドリブルをしてリング下に向かい、ジャンプシュート。
ディフェンスの小林もジャンプ。伸ばした手がシュートを阻止しようとする。
結果は?
ボールはリングに弾(はじ)かれた。
リバウンド!
洋が、水野が、加藤が、ボールの行方を見極めようとしている。
空中に漂うボールに複数の腕が伸びてきた……
制したのは……
富澤!
空中でもぎ取ったボールを自分の懐(ふところ)に巻き込むと、間髪(かんはつ)を入れずフロントコートにボールを投げ入れた。
「矢島、何やってる」
藤本の怒声が飛んだ。
洋がマークすべき加藤は既にリングに向かって走っていた。
洋は慌てて走り出した。
しかし、富澤の放ったボールは加藤に的確なランニングシュートをもたらした。
電光表示器が33対26を示した。
エンドラインの外に出て、洋は奥原にスローインすると、
「すみませんでした」
と、奥原に近寄りながら謝った。
藤本から山並最強メンバーの一人に数えられても、洋はやはり一年生である。失態を演じたことに対して後輩が先輩に謝るのは当然である。
しかし、奥原にとって、それは意外と驚きでしかなかった。洋はあの杵鞭(きねむち)と対等に戦ったプレーヤーである。片や奥原はベンチウォーマーである。実力の差は歴然である。にもかかわらず、どうして矢島が自分に謝るのか?謝るべきは自分ではないのか?
「山添」
「はい」
「後半、行くぞ」
「あっ、はい」
「アップはまだするな」
「はい」
藤本は誰と交替するのかは言明しなかった。しかし、試合の状況からして菅谷であるのは間違いないだろう。藤本がアップを止(と)めたのは、おそらく菅谷の士気が下がるのを気にしたからだろう。富澤がコートに立ったのは藤本の計算外であったとしても、監督として菅谷中心でいくと言明した以上は、第二クォーターはそれを貫(つらぬ)く。
富澤の加入後、礼和は再びチームの動きが良くなった。
山並は相変わらず奥原が狙(ねら)われ、目(さっか)も個人技を出来るだけ抑え込んでチームプレーに徹したことから、良くもならず悪くもならずという状態が続いた。
第二クォーター終了時点の得点は、山並39点に対し礼和は34点。
礼和はその差を5点にまで縮(ちぢ)めてきた。
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