第三章 春季下越地区大会 四 試合当日

 しかし、洋以上に焦ったのが、実は由美だった。一昨日(おととい)、由美は夏帆を怒らせた。昨日(きのう)、由美は謝ろうと思っていた。しかし夏帆が由美を避けているのか、一度も顔を合わさなかった。それを踏まえてのこの状況だから、万が一にも夏帆に知られたらと思うと、口が裂けてもこの事は言えないと思った。


 ただ……これとは別に気になることが、由美の中にふとひとつ生まれた。


 正昭の運転する車は、それから間もなく駅の陸橋口へと着いた。待ち合わせ場所は陸橋を渡った反対側である。


 洋と由美が車から降りると、


「試合が始まるまでまだ時間があるから、私達はドライブがてら、お昼を食べてから行くわね」


 と、信子が言った。


「分かりました」


「じゃあ、羽田さんも気をつけてね」


「はい」


 そうして、車は二人をその場に残して、走り去った。


 その様子を洋が見ていると、


「ああっ、びっくりした」


 と、由美が溜め息交じりに言った。


「どうしたの?」


「えっ、いや、別に。こっちの話」


「じゃ、行こうか」


 そう言うと、洋は歩き出した。


 階段を上り始めたところで、由美が不意に、


「ねえ、矢島」


 と何か尋ねたそうに言った。


「何?」


「さっきさあ、おばさんって言ったよね。あの人、お母さんじゃないの?」


「ああっ、それか……話すと長くなるから、聞かなかったことにしてくれ」


 と、洋は感情の起伏を現すことなく、そう言った。

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