第四章 インターハイ予選 三 勉強会
洋達が玄関前のフリースペースに駐輪しているとき、信子の車がちょうど到着した。すぐに追いつくと思われたが、バスケットで鍛えた脚力は、信子の想像を軽く超えていたようだ。
正昭が玄関から出て来た。
「いらっしゃい」
と声を掛けると、山添が先輩らしく真っ先に、
「今日はよろしくお願いします」
と挨拶をした。
洋の部屋ではさすがに狭過ぎるので、勉強する場所は居間と茶の間の二部屋を使うことにした。襖を開けっ放しにすれば、一つの部屋になる。日本家屋の良いところだ。
この日のために、洋達はそれぞれの得意科目と苦手科目を予(あらかじ)め洗い出しておいた。
数学を得意としたのは意外にも目と山添であった。これには誰もが驚いた。
洋は日本史と世界史を得意としていた。彼の祖父が歴史好きであり、時代劇専門チャンネルや時代劇DVDを祖父と一緒によく見ていた。洋はたまに古臭い言葉を使うときがあるが、それはこれに因(よ)ると思われる。
洋達は信子の作ったおにぎりやサンドウィッチを食べ終えると早速勉強を開始した。
数学は目と山添以外は皆苦手なので、まずは数学から始めることにした。夏帆と由美は飲み込みが良いのか、二人の説明を聞いているうちに、
「あっ、そうか」
と何度か口にしたが、洋は黙り込んだまま、ただ唸るだけだった。
数学を一通り終えると、少し休憩を挟んで、次は日本史の勉強に入った。
先程と違い、ここは洋の独擅場(どくせんじょう)だった。歴史的エピソードを交えながらの勉強は授業には無い面白さがあった。洋は決して話し上手ではないが、これに関しては語り部のようであった。
日本史の勉強に区切りをつけた時には、四時を過ぎていた。
様子を見計らっていた信子がお茶とお茶菓子を持って来た。
鷹取は煎餅を取ると、
「それにしても、矢島がこんなに詳しいとは驚きだな」
と言って、煎餅の封を開けた。
「そうかな?すげえ勉強したわけではないんだけど……」
「世界史も詳しいのか」
今度は目が尋ねた。目も煎餅を取った。
「まあ、そうだな」
「暗記物を押さえているのは強味だな」
「目は進学するの?」
お茶を一口飲み終えた由美が尋ねると、
「それ、どう言う意味だ?」
「プロの道に進むのかなあって……」
「日本一にもなっていないのに、プロの道も無いだろ」
「でも、目ほどの実力があれば、きっとプロからスカウトされると思うけど……」
「今の俺の目標はプロじゃない。無敗のまま、高校生活を終えることだ」
「それは練習試合も含めてと言うことか」
山添が尋ねた。
「公式戦だけです。練習試合は飽くまで練習です。本番じゃないですよ」
「もう一つ聞いてもいいか?」
「何です?」
「お前はどうして山並に来たんだ?」
「俺が山並に来たら変ですか?」
「いや、そう言う訳では……ただ、俺も羽田の話を聞いて思ったんだが、お前なら立志の野上のようにバスケット留学をしてもおかしくないだろうって……」
「それは俺も思った。神代に行こうって思ったことはなかったのか?」
鷹取の問いに、一瞬その場が静まり返った。誰もが目を注視した。
「それは無い。俺は王者を倒したいんだよ」
「ねえ、由美」
「何?」
「神代ってそんなに強いの?」
「強いよ」
夏帆の問いに、洋が答えた。
「俺達は打倒神代を目指して練習をしているようなものだ」
「矢島の言うとおりだ。全く、バスケの練習がこんなにきついものだとは思ってもいなかったよ」
「えっ、山添さんってずっとバスケをしてたんじゃ……」
由美が驚いたように言うと、
「中学の時はバレーをしていた。だから、羽田が入部したときは、親近感が沸いたよ」
「じゃあ、ひょっとして山添さんも誘われたんですか」
鷹取の問いに、山添は、
「ああ、藤本先生に声を掛けられた」
と答えた。
「えっ、それでもうあんなプレーが出来るんですか。すげえ才能だな」
「鷹取、お前を見ていると入部した頃の自分を思い出す」
「えっ、本当ですか。ありがとうございます」
「喜ぶのはいいけど、山添さんと同じくらいの才能があると思ったら大間違いだからね」
「羽田、お前は俺に対しては本当に厳しいよな」
「だって脳天気なんだもの」
それを聞いて、誰もが笑みをこぼした。
「鷹取って部活の時もそうなんだ」
「何だよ、水家まで」
「鷹取は口が達者だから、ヤジ将軍を目指した方がいいんじゃない」
「そうそう。その通り」
と言いながら、由美が大笑いした。
由美にとって、鷹取は異性の対象者と言うよりは単純に話し易いのだろう。からかうのがどうも楽しいようだ。
「いや、鷹取には才能がある。来年の今頃は主力になってもらわないと困る」
「目、それ本気で言ってる?」
「当たり前だ」
「どうだ、羽田。目が言うんだから間違いないよ」
「まあ、これからずっと日本一を続けるんだから、鷹取には頑張ってもらわないとね」
「あっ、そうだ。なあ、羽田」
「何ですか?」
「俺って、ソフトフォワードなのかな?」
「ああっ、そうですね」
「別に責めているわけじゃない。先生もその通りだと言っていた」
「何すか、ソフトフォワードって?」
目が敏感に反応した。
「俺も知りたいんだよ。羽田、お前が先生に言ったこと、もう一度言ってくれないか」
「そんな大したことは言ってないですけど……」
由美はそう前置きをしてから、バスの中で話したことを思い出しながら言葉を口にした。
ちょうどその頃、襖を一枚隔てた向こう側では、正昭がトイレから自室に戻るところであった。
「確かに、羽田の言うとおりだと思います」
襖から聞こえてきた洋の声に、正昭は思わず足を止めた。
「村上商業の時は、って言うよりは、あの時の山添さんが本来の山添さんなんだと思います。立志戦の時は、何て言えばいいんだろう、自分を抑えていたと言うのか……山添さんって、結構気が短いですよね」
「そうだな。割と熱くなる方かもしれん」
「俺もそう思いますよ。個人的には、山添さんはセンターよりもフォワードの方がいいと思います。ソフトフォワードというポジションがあれば、それが一番いい。攻撃は最大の防御なり。俺と山添さんで攻撃に徹すれば、進撃の巨人が相手でも勝てると思います」
「なあ、目?」
「はい」
「お前、結構しゃべるんだな」
話の腰を折るようなことに加えて、山添には似付かわしくないぼそっとした言い方が、一瞬キョトンとした間を生んだ。しかし、その間がふわっと弾けると、皆それぞれ笑い始めた。
「俺は普通ですよ。鷹取と菅谷さんがしゃべり過ぎなんですよ」
これを聞いて、笑いが一段と大きくなった。
「しかし、先生はそうは思っていない」
そう言うと、山添は口を真一文字に結び、以前藤本が言った言葉を脳裏に浮かべた。
『オフェンスをするとき、お前は自分の持ち味を出せるのに、ディフェンスになると途端に力任せになる。加賀美に負けたくないと言うお前の気持ちの現れと思うが、それではディフェンスで加賀美を超えることは出来ない』
俺は一体どうすれば良いと言うんだ?
と、その時だった。
「ちょっと、いいかな」
と、声が聞こえたと思うと、襖がすーっと開いて、正昭が微かな笑みを湛えて入ってきた。
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新年明けましておめでとうございます。
本年も『サブマリン』を読んで頂けたらと思います。
先日、ツイッターで以下のようなお褒めの言葉を頂きました。
「うまく感想を書きたいのに書けない。でも、すごくすごく感動しました。
王道のスポーツものです。そしてバスケを好きって気持ちが伝わります。ぜひ」
新年早々、このようなお言葉が頂けて、本当に嬉しかったです。特に「王道」と言われたのが嬉しかったです。
また、「SLAM DUNK 映画になります!」と作者である井上雄彦さんがツイートされていました。
数年後、山並対湘北の試合を見てみたいと言われるよう、これからも『サブマリン』を書き続けていきますので、どうかご支援のほどよろしくお願い致します。
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