第四章 インターハイ予選 三 勉強会

 山並高校のお昼は、弁当持参が基本である。売店はあるが学食はない。その代わり、売店で用意されているお弁当やパン等はメニューが豊富であり充実している。お昼時にもなると売店内は生徒と先生でごった返し、レジの前には行列が出来る。


 この日もいつものように行列が出来ると、その中に由美の姿もあった。


「羽田じゃないか」


 名前を呼ばれたので振り向くと、


「あっ、山添さん」


「羽田も早弁したのか」


「えっ?違いますよ」


「でも、サンドウィッチだけじゃ足りないだろ」


「お弁当と一緒に食べるんです」


「結構食べるんだな」


「毎日じゃないですよ。今日はたまたま……」


「弁当って、寮の食堂で作ってもらえるのか」


「はい。山添さんは、体も大きいですし、やっぱりお弁当だけじゃ足りないですよね」


「まあな」


「身長って、まだ伸びてるんですか」


「四月の健康診断のときに測ったら、2センチ伸びてたな」


「いいなあ……私なんて、伸びる気配すらないもんなあ」


 それを聞くと、山添が少し笑った。


「何笑ってるんですか」


「すまん。矢島が同じことを言っていたのを思い出した」


 と、ここで由美にレジの順番が回ってきた。


 山添も支払いを済ませると、


「山添さん、今度の土曜日って暇ですか」


「家で勉強してるよ」


「よかったら、勉強会に来ませんか」


「勉強会?」


「矢島の家に集まって、みんなで勉強するんです」


「誰が来るんだ」


「私と、寮の友達の水家と、目と鷹取です。清水と立花も誘ったんですけど、遠いからって……」


「水家って、矢島の彼女だよな」


「えっ、何で知ってるんです?」


「菅谷が悔しがってたからな」


「そうなんですか?」


「まあ、あいつは言う事がいちいち大袈裟だから、気にすることはない。それより、土曜日だったな」


「はい」


「俺は二年だが、いいのか」


「大丈夫だと思います」


「じゃあ、矢島によろしく伝えておいてくれ」


「分かりました」


 山添と由美は、売店の出入り口でそう言葉を交わすと、それぞれの教室へと向かった。



 土曜日の授業は半ドンである。だから勉強会は午後からになる。


 ホームルームが終わると、勉強会のメンバー達は待ち合わせの正門前へと向かった。


 一番乗りは目と由美、続いて洋達がやって来た。


 男三人は全員自転車通学なので、洋の家までは自転車で向かう。夏帆と由美は寮住まいなので、信子が迎えに来ることになっている。


 五人集まると、鷹取がすぐに、


「山添さん、本当に来るのか」


 と、由美に尋ねた。


「うん、来るって言ってたよ」


「お前、何で誘うんだよ」


「いいじゃん、別に」


「羽田はいいかもしれないけど、こっちはさあ……」


「山添先輩が嫌いなの?」


「そう言うことじゃない。先輩がいたら緊張するだろ。それに、山添さんとはまだそんなに話したことないし……」


「じゃあ、良い機会じゃない」


「……目、お前だって困るだろ」


「俺はバスケについて何か話せればと思っている」


「何でそんなに前向きなんだよ」


「鷹取が変なの」


 と、由美が一刀両断した。


「俺いつも思うんだけど、羽田って俺にすげえ厳しいよな」


「自意識過剰よ」


「それって、こんな時に使う言葉か」


 目が含み笑いをした。


 夏帆は洋と何やら話をしている。これから洋の自宅に向かうからなのか、いささか緊張しているようにも見える。


 と、そこへ、山添が自転車のペダルに左足を乗せ、右足で地面を蹴りながらやって来た。山並では、校内乗車は禁止である。


「山添先輩」


 由美が元気よく声を掛けた。


 山添は彼らが集まっている所まで来ると、


「すまん、遅くなった」


 と言った。


「じゃあ、どうする?おばさんはまだ来てないけど、自転車組は先に行った方が良いよな」


 洋がそう言うと、


「車だからすぐに追いついちゃうし、それで良いんじゃない」


 と夏帆が言った。


「じゃあ、そういう事で」


 と言うと、


「羽田、おばさんが来たら、先に行ったって言っておいて」


「うん、分かった」


 羽田の返事を聞くと、洋は自転車を走らせた。


「行っちゃった」


 羽田がそう言うと、


「ねえ、由美」


「何?」


「おばさんってどんな感じ?」


「気さくな人。だから、緊張しなくても大丈夫だよ」


「どういうこと?」


「だって、表情硬いよ」


「嘘?」


「鷹取と話していた時だって、いつもなら『えっ、何々』って感じで話に加わってくるのに、全然乗って来なかったもの」


「あれは……矢島と話していたから」


「まあ、いいんじゃない。それはそれで……あっ、来た」


 由美の言葉に、夏帆が振り向いた。一台の車がゆっくりと近づいて来て、二人の横で止まった。


 助手席の窓が降りると、


「お待たせ」


 と、車中から信子が声を掛けた。


「よろしくお願いします」


 と、由美は手慣れたようにハキハキと言うと、後部座席のドアを開けた。


「夏帆、先に入って」


「あっ、うん」


 夏帆が言われたままに乗ると、


「あなたが水家さん?」


 と、信子が尋ねた。


 乗車した由美はドアを閉めると、


「ねっ、言ったとおり、私より可愛いでしょ」


「由美ちゃんだって可愛いわよ。ただ、洋さんには水家さんと縁があったったことね」


「由美、何の話?」


「夏帆が矢島の彼女だってこと」


「えっ、何?そんな話したの?」


「こうなったのには、色々と事情があるの。あっ、それより、矢島達は先に向かいました」


「さっきすれ違ったわ。忘れ物は無い?」


「はい、大丈夫です」


「水家さんは?」


「はい、大丈夫です」


「じゃあ、出発するわね」


 と言うと、信子は来た道を戻り始めた。


「お昼のことなんだけど、勉強前にたくさん食べると眠くなるから、おにぎりとサンドウィッチを作ったんだけど、それで良かったかしら」


「えっ、サンドウィッチもお手製なんですか」


「そうよ」


「凄い、サンドウィッチも作れるんですね」


「凄くなんてないわよ。食パンに具材を挟めば良いだけなんだから」


「あっ、そうだ。先日のお弁当、ご馳走様でした。とても美味しかったです」


「あらっ、そう。お口に合って良かったわ」


「先日って?」


「私と清水で中越の戦力を偵察に行ったとき、おばさんがお弁当を作ってくれたの」


「えっ、そうなの?」


「うん。特にブリの味噌煮が……矢島にはお礼を言うように頼んだんですけど」


「ええっ、聞いたわ。由美ちゃんのような女の子に褒められる事なんてないから、私も本当に嬉しかった。インターハイ予選が来たら、また作っても良いかしら」


「はい、お願いします」


「水家さんは……あっ、夏帆ちゃんで良いかしら」


「はい」


「夏帆ちゃんは洋さんと同じ組なんだよね」


「はい」


「学校にいるときの洋さんってどんな感じ?」


「どんな……んー、普通って言いますか、特には……」


「夏帆ちゃんのような可愛い子がガールフレンドになるくらいだから、特別な何かがあると思うんだけど、そうでもない?」


「えっ?ああっ、そうですね……矢島はとっても素直だと思います」


「あっ、そうね。それは私も感じる時がある……他には」


「ええっ、何だろう……」


「……ごめんなさいね、余計なこと聞いちゃって」


「いえ、そんな……」


「おばさんもね、洋さんと一緒に暮らし始めてからまだ二ヶ月も経ってないの。だから、そうね、焦ってるのかしらね」


「それは、心配ないと思います」


「あらっ、そう?」


「はい」


「自信満々じゃない。さては何かあったな?」


「何も無いわよ」


「怪しい」


「無いものは無いの。ただ、矢島の頑張っている姿を見て、そう思っただけ……」


 信子は車を走らせながら、時折バックミラーに映る夏帆を見ていた。心配無いと言った時の夏帆は、由美が言ったように、自信に満ちていたと言うのか、毅然(きぜん)とした表情を見せていた。その裏付けが本当に洋の努力している姿に因るのかどうかは分からなかったが、信子にとってはやはりそれは心強い言葉であった。



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お知らせ


今年のアップはこれで終わりです。


2021年の来年は1月9日アップの予定です。



今年はPVの数が飛躍的に増えました。読者の皆様、本当にありがとうございます。


来年は更なる飛躍を目指し、この『サブマリン』がアニメ化されることを切に願っています。

 

面白いと言う評判や口コミが大きくなれば、それは決して不可能ではないと思っていますので、どうかご支援の程よろしくお願い致します。


皆様にとっても、2021年が良い年となりますように。


                                 垣坂弘紫

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