第三章 春季下越地区大会 十四 決勝

 昼食を食べ終わると、藤本に言われた通り、メンバー全員正面玄関の外に出て来た。


 気温はぐんぐん上昇していて、屋外時計の下にある温度計は二十五度を示していた。


「みんな、揃ったか?」


 藤本はそう言うと、対戦相手である立志北翔について話し始めた。


「何度も言うが、今年の立志北翔は二年の時からレギュラーだった者が四人もいる。ポイントガードの福田、スモールフォワードの多々良、パワーフォワードの島崎、センターの松山。平均身長は、インサイドはうちの方が高いが、アウトサイドはうちの方が低い。特徴を挙げると、ポイントガードの福田は矢島のように多彩なパスでゲームを組み立てるタイプではなく、自らもシュートを打って来る。早田がポイントガードをしていると言えばイメージが涌きやすいだろう。そんなチームにシューティングガードの選手が入って来た。名前は野上修一。身長186センチ。中学時代は精度の高いスリーポイントでチームに貢献、全国制覇を成し遂げた」


「えっ?」


「どうした、目?」


「じゃあ、その野上って言うのは、簑島中学にいたんですよね」


「そうだ。野上は、全国大会決勝でお前を負かした進撃の巨人を破った男だ。そして、矢島も地方予選準決勝で敗退に追い込まれた」


 山並の実力を底上げした洋と目が同じ奴に敗れた。目は野上と直接の対戦はないものの、進撃の巨人を破ったとなれば、間接的であっても敗退の烙印を押されたと言えるだろう。また、目自身そう思っているに違いない。


 チームに何とも言えない冷たい静寂が降りた。


「目」


「はい」


「どうしてお前のチームは負けたんだ?」


 藤本の問いに、目は黙った。思い出したくも無いとでも言うように……


「自分のいたチームは、ワンマンチームでした。センターもフォワードも、全部自分でやらなければならない……」


「なるほどな……矢島は」


「……今でも、完全に負けたとは思っていません。だから、立志には必ず勝ちます」


「……まあ、いい。矢島の話によれば、スリーポイントの精度は早田に匹敵、ドライブの能力も高く、早田と目を足して2で割ったような選手ということだ。また、パスでインサイドと連携も取れる。そうだな、矢島」


「はい」


「昨年、立志はW司令塔を敷いていた。一人が福田であり、もう一人は卒業した。その後釜に野上が入って来た。野上の能力はおそらく前任者よりも上であり、W司令塔の役割も果たせるとなれば、立志は昨年よりも確実に強い。立志が得意とするマッチアップゾーンも健在だ」


「えっ?」


「そうか、矢島はまだ対戦したことがなかったな。立志は攻守のバランスが良く取れているチームだが、攻守の比率は、攻撃が4で守備が6、対する山並は攻撃が6で守備が4。そんなイメージだ。マッチアップゾーンは立志の切り札でもあり、特に福田は相手の動きに対する反応が早く、マッチアップゾーンではその力を遺憾無(いかんな)く発揮している」


「じゃあ、フルコートプレスの練習は対立志北翔のためでもあるんですよね」


 と、洋の更なる質問に、藤本は、


「あれは神代戦までは使わない。手の内を見せるわけにはいかない。ただ、攻撃においては結果的にあの練習が生きるとは思う」


 これまでのきびきびした口調から一転、藤本はゆっくり言葉を選んで話した。その時の藤本から醸し出される雰囲気には何とも言えない凄みがあった。それをひしひしと感じたメンバー達は、改めて神代に対する藤本の並々ならぬ闘志を目(ま)の当たりにした思いだった。


「過去の対戦成績はもはや全く意味を成さない。全員、気を引き締めていけ、いいな」


「はい」


「カベ、ウォーミングアップは……」


 と言うと、藤本は腕時計を見た。


「第二クォーターが終わる五分前くらいから始めろ。それまでは頭を白紙にしておけ」


「分かりました」


 藤本はそう言い残すと、体育館に戻って行った。


「……しかし、嘘みたいな話だな。そんな因縁のある奴が立志に入ったなんて……」


 菅谷が誰に言うでもなく、そう口にすると、


「矢島、お前新潟じゃなかったんだな」


 と、笛吹が言った。


「……色々と事情がありまして、それで新潟に来ました」


 洋の口調と雰囲気からあまり深く尋ねるのは良くないと思ったようだ。誰もそれについては言わなくなった。


「余計なことは考えるな。先生が言った通り、今は頭の中を真っ白にしろ……それに、戦力アップしたのは何も立志だけじゃない。そうだろ」


 日下部が活を入れた。


「アップを始めるまでは自由行動。時間が来たらいつもの二階に来るように」


 一・二年生は「はい」と返事をした。


 三年生は早田が、


「どんな奴なのか、見に行こうぜ」


 と言うと、


「そうだな」


 と加賀美が言って、滝瀬も交えて三人で歩き出した。



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作品のお知らせ


カクヨムでは『サブマリン』を連載中ですが、kindle、iBooksでは有料で作品(長編二作、中編一作、短編多数)を公開しています。ただ、有料と言いましても、それほど高いものではないので、是非手にして頂けたらと思います。

作品はこれから順次紹介したいと思っています。


本日の紹介作品

タイトル:阪神ファンを増員せよ

 400字詰め原稿用紙換算枚数35枚(縦書き)

 所要読書時間30分~60分。


前書き


 この小説は、短編小説を書いては出版社に送っていた時の作品のひとつです。

時期は二〇〇四年二月頃だったと思います。

 書くきっかけとなったのは、新聞の投稿欄に掲載されてあった、短い記事でした。

 読んだ時は思わず笑みがこぼれました。

 これをネタに短編が書けないだろうか。

 そう思った瞬間『阪神ファンを増員せよ』というタイトルがパッと閃(ひらめ)いたのです。

 なぜ、このタイトルが浮かんだのか、今でも本当に不思議です。記事の内容とタイトルとは何の関連性もないのですから。

 お話の時期は二〇〇四年、プロ野球春のキャンプです。

 今から九年前の作品ではありますが、阪神ファンのみならず野球が好きな方でしたら、楽しんで頂けると思っています。


あらすじ


 姑​の​鈴​子​は​阪​神​フ​ァ​ン​、​息​子​の​嫁​の​慶​子​は​巨​人​フ​ァ​ン​で​あ​る​。

 孫​の​太​子​は​現​在​一​歳​半​。

 鈴​子​は​太​子​を​何​と​か​阪​神​フ​ァ​ン​に​し​よ​う​と​、​あ​る​企​み​を​実​行​す​る​。

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