第三章 春季下越地区大会 十四 決勝

 第二試合は予想通り、山並、立志北翔の勝利で幕を閉じた。男子決勝リーグ最終戦は第三試合である女子決勝リーグ最終戦を挟んだ後(あと)の第四試合。予定では十五時開始であるが、昨日(きのう)の第四試合は前の試合が長引いて、開始時刻が十五時十五分にずれ込んだ。おそらくは今日もそれくらいになるであろう。


 山並のメンバーは二階席で昼食を取り始めていた。


 洋はリュックからスヌーピーのデザインが施された小さめのタッパーを取り出すと、蓋を開けた。そこには、海苔に包まれたおにぎりが二個とたくあんが入っており、具はおそらく昨日と同じ梅とおかかであろう。


 隣では、鷹取が早々に食べ始めていた。それは見るも豪華な中華弁当であった。


「昨日も凄かったけど、今日はもっと凄いな」


「昨日は母さんが作ったけど、今日は珍しく父さんが作ってくれてな……」


「そう言えば、お前んち、中華料理屋だったよな」


「……それでも、父さんが作るのは珍しいよ」


「でも、腹一杯食べると動けないぞ」


「大丈夫だよ。お前と違って、俺はレギュラーじゃないから」


 鷹取は当たり前のようにさらっと言ったが、洋にはアッと驚かされる一言であった。洋は中学の苦い経験からお昼は少量でいいと信子に言ったが、それは飽くまで試合に出場することを前提としたものだ。この大会が始まる前、洋自身は試合に出られるかどうかは運次第と言っていたのに、試合に臨む姿勢はまさしくレギュラーのそれだ。この矛盾に、洋は戸惑った。惰性に流されて言ったのか、それとも無意識のうちに芽生えていたレギュラーの自覚がそう言わせたのか?


《お前が日下部さんを蹴落とした》


 胸の耳に、目の言った一言が聞こえた。


「うるせいよ」


「何が?」


「えっ?」


「お前、今うるせいよって言わなかったか?」


「いや、ただの独り言」


 そう言うと、洋は鷹取の向こう側にいる目を見た。目はサンドウィッチを食べ終わったところだった。


「それにしても、立志の応援は凄かったな」


 そう言って、鷹取はシューマイを頬張ると、


「あれが私立と県立の差なのかな。部員が俺達の倍以上いるし……この間の練習試合の意味がやっと分かったよ」


 と、言い足した。


 洋もそれは同様の思いだった。ベンチにいる選手の応援のみならず、メガホンを持った二十人くらいの部員が二階席から統率の取れた応援をする。


 応援は選手を勇気づけ、勢いをもつける。彼等はコートに立たないレギュラーだ。それを撥(は)ね除(の)けるには、絶対に折れない強固な意志が必要だ。


「目」


「何だよ」


「野上のマークは、多分お前がすると思う。絶対に抑えろよ」


「野上?誰だ、そいつ?」


「すぐに分かるよ」


 洋はそう言うと、ペットボトルのお茶を飲んだが、隣にいる鷹取は餃子を口にしたまま、ぽかんとした顔をして洋を見ていた。


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作品のお知らせ


カクヨムでは『サブマリン』を連載中ですが、kindle、iBooksでは有料で作品(長編二作、中編一作、短編多数)を公開しています。ただ、有料と言いましても、それほど高いものではないので、是非手にして頂けたらと思います。

作品はこれから順次紹介したいと思っています。


本日の紹介作品

タイトル:地盤下のジャングル

 400字詰原稿用紙換算枚数414枚(縦書き)


目次


序章


第一章 日本列島循環政策

    1 引っ越し

    2 日本沈没

    3 日本列島循環政策


第二章 道州制

    1 新学期

    2 道州制

    3 東日本大震災

    4 学校

    5 携帯迷惑税


第三章 農業政策

    1 農林水産省解体

    2 自然授業


第四章 南東北州

    1 大志田哲雄

    2 人口―分散と集中 その1―

    3 蘇る都市


第五章 魁市

    1 浩治とカメ

    2 農業観光都市

    3 東北リーグ

    4 人口―分散と集中 その2―


第六章 水の循環

    1 噂

    2 水質管理

    3 南東北州総合水道株式会社


第七章 地盤下のジャングル

    1 魁市局

    2 下校時の相談

    3 地盤下のジャングル


第八章 有権者法案作成制度

    1 事件の全容

    2 記者会見

    3 法案成立


引用・参考文献

用語解説

注記



あらすじ


 西暦2008年、リーマン・ブラザーズの経営破綻が世界的金融危機の引き金となった。


 世に言う、リーマンショックである。


 同じ頃、日本では大阪府がついに財政破綻を来たし、2009年2月自治体の倒産を意味する『準用財政再建団体』として日本国の管理下に置かれることとなった。


 しかし、リーマンショックと日本の第二の都市である大阪府の財政破綻によって、かねてから危惧されていた巨額な日本の赤字財政が、世界の日本に対する信用を失墜させ、それが国債の暴落へと繋がり、とうとう日本国そのものが財政破綻をするという現実を迎えることになってしまった。


 日本はIMFが既に用意していたネバダ・レポートによる日本再建プログラムによって過酷な財政管理下に置かれるが、しかし、同時に日本独自の政策も行われることとなった。


 それが日本列島循環政策である。


 人口の強制移動、道州制、計画都市、農業政策の4本を柱に据えた日本列島循環政策はまさに日本復活の切り札であり、IMFに対する抵抗であったが、中央集権体制の解体から地方の独立へ移行するのは容易ではなかった。


 そこへ追い打ちを掛けるようにして起こったのが、空前絶後の大災害である東日本大震災であった。


 これによって、ますます日本に対する世界の信用は失墜するかに思われたが、逆に日本列島循環政策が“変わるんだ”と言う国民の強い意志によって推進されるようになった。


 そうして迎えた2019年。


 いち早く計画都市の名乗りを上げた魁市は、旧山形県は酒田市と鶴岡市が合併して出来た都市である。


 日本列島循環政策のひとつである人口の強制移動で大阪から引っ越して来た菊田家族は、ここで新たな生活を始めることとなった。


 かつての東北地方は北東北州と南東北州という道州に変わり、独自の政策によって活気づいていった。


 その牽引役とも言うべき魁市は菊田家族に平和な幸せをもたらしていたが、それも束の間、ある噂話がとんでもない悲劇を呼ぶことになる…

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