第四章 インターハイ予選 十九 山並VS上越東 第一クォーター ―何か中途半端―

 得点経過は山並が6点、上越東が0点。


 しかし、攻守の切り替えのテンポが良いせいか、お互いもっと得点しているように感じられる。


 杉野が徐々に近づいてくる。


 洋は杉野の右手とコートの間を行き来しているボールを見ている。


 杉野がセンターラインを越えた。


 藤井が動いた。


 杉野は藤井にパス。


 藤井、ドリブルインを狙う。


 しかし、ここは笛吹がディフェンス。ペイントエリアの手前で止めた。


 杉野が藤井に寄った。


 藤井は杉野にボールを戻した。


 スリーポイントラインの外でボールを受け取ると、杉野はワンツーのリズムでセットシュート。


 ボールが洋の頭上を越えた。


 ザッ。


 上越東のベンチが歓声に沸いた。


 由美はスコアシートに視線を落とすと、A欄に記載されている数字の3に斜線を引いて、その左隣にある空欄に杉野の背番号である5を書いてそれを丸で囲んだ。


 シュートを決められた洋は、まだ少し驚いた顔をしてリングを見ている。


「矢島」


 洋はエンドラインの方を見た。


 加賀美が洋にスローインをした。


「ぼさっとするな」


 加賀美は洋のもとまで行ってそう言うと、そのままフロントコートへと向かった。


「すんません」


 洋は加賀美の遠ざかっていく背中に謝った。その表情は先輩に怒られて背筋がヒヤッとしたという感じではあったが、ドリブルを始めてフロントコートへと向かい出した時の目付きは既に戦闘態勢のそれになっていた。


 フロントコートに入ると、洋は迷うことなくさっかにパスを出した。


 アウトサイドにいる目はやや前屈まえかがみになり、ドリブルインをする仕草を見せた。


 三浦もそれを警戒。


 が、それはフェイント。


 目は前屈みの姿勢から一気にジャンプすると、最高到達地点でシュートを放った。


 ボールがザッと言う音を立ててネットを揺らした。


 だが、黄色い歓声は聞こえて来ない。


 試合開始時間が早いからだろう、目の追っかけはまだ来ていないようだ。しかしその静かな立ち上がりが、ブロックショットにすら行けなかった三浦の唯々驚いた顔を浮き彫りにしていた。


「出た出た。目の遣られたら遣り返す攻撃」


「何が腹が立つって、あいつはそれをいとも簡単にやってのけるんですよ。努力してるのは分かるんですけど」


 呆れ返った菅谷に、鷹取が更に呆れ返ってそう言った。


 そんな二人の会話を隣で聞きながら、奥原はさっかから言われた話を思い出していた。


《ほんとに、凄い奴だよな》


 コートでは、杉野がドリブルをしながらパスを出すところを探している。


 柴田がフリースローラインの位置まで上がって来た。


 杉野が柴田にパスを出した。


 柴田は加賀美を背に右側へターン。ドリブルをしながらじわじわとリングへ近づいていく。しかし、これ以上は無理と判断すると、ボールを藤井に出した。


 藤井は笛吹にディフェンスされる前にセットシュートを打った。


 ザッ。


 ツーポイントシュートが見事に決まった。


 洋は藤井をチラッと見た。


《この人にも、多分スリーがあるよな》


 上越東にとって、加賀美と山添を相手にペイントエリア内で攻撃を仕掛けるのはやはり厳しい。しかし、だからと言ってアウトサイドを生かすための見せかけの牽制けんせいとしてペイントエリア内で攻撃を仕掛けようとしているのかと言えば、それは違う。加賀美と山添を本気で突破しようとしている。ただ、実力差がある。立志北翔を破ったという事実と今現在戦っている肌感覚が豊田にも柴田にもその自覚をうながしているように思われる。だから、やむを得ずパスをアウトサイドに戻しているが、ただ、戻すタイミングが実に良い。何とか加賀美と山添を破って得点しようとする彼等の意志が本物の牽制となっているからこそ、杉野も藤井もパスを受けやすいポジションを取ることが出来るし、テンポ良くシュートを打つことも出来る。


 上越東のメンバーは礼和のように事前の約束事に従って動いているのではない。一人一人が考えて動いている。集団の中の個人ではなく、個人の集団である。


 得点は山並が9点、上越東が5点。


 リバウンドの競り合いで加賀美と山添が負けることはまずないと思われるが、ロングシュートを効率よく決められると思わぬ苦戦をいられるかもしれない。


 洋がトップの位置に立ってドリブルをしている。


 加賀美がペイントエリアはミドルポストに上がってきた。


 洋がすかさずパス。


 加賀美、手にしたボールを頭上でキープ。


 山添、このタイミングでエンドライン沿いにカットイン。


 加賀美、山添にオーバーヘッドパス。


 山添、間髪入れずにシュート。ボールはバックボードに当たって、ネットに落ちて行った。


 山並のメンバーが自陣へと戻って行く。


 そんな中で、洋はバックランで戻りながら、杉野と藤井のシューズを今一度確認した。杉野は白のローカット、藤井は黒のローカット。


 杉野が左45度にいる三浦にパスを出した。


 ボールを手にした三浦はペイントエリアの様子を探った。


 対峙たいじするさっかの鋭い眼光。


三浦、0度に向かってドリブル、ぐさまスリーポイントラインの外からシュート。


 目、ブロックショット。


 しかし、ボールはリングに向かって弧を描く。


 バーン。


 奥側のリングに当たったボールはリングをはじく音をさせて、勢い余って逆サイドに向かって落ちて行った。


 山添と豊田がリバウンドの態勢。


 二人、同時にジャンプ。


 ボールが豊田の伸ばした手の中に入った。足がコートに着地した。間髪入れずエンドライン沿いにワンドリブル、山添の脇をすり抜けシュートに向かった。


 山添はサイドステップをしながら、両手を上げたままでのディフェンス。山添の悪い癖はここで迂闊うかつに手を出してしまうことである。


ボールがバックボードに当たった。しかし、力みがボールに伝わり、シュートはまたしても弾かれた。


 ボールが宙を舞う。


 今度は加賀美と柴田も加わり、四人でリバウンドを競り合った。


 ボールを奪ったのは……


 山添はすぐ前方を見た。


 笛吹が、


「山添」


 と叫んだ。


 山添は笛吹にパスを出した。


 笛吹はパスを受け取ると、すかさずドリブル、リングに向かって左サイドを駆け上がった。


 藤井が後を追う。


 リングが迫ってくる。


 笛吹、右足からワンツーステップ。ランニングシュートに向かった。


 藤井もジャンプ。笛吹の左後方から右手でシュートカットをねらう。


 笛吹の目に藤井の手は見えていない。


 しかし、気配がある。


 笛吹はそれに気を奪われたのか、本来ならスナップを利かせて走っている勢いを削ぎ落とすはずが、落とし切れずにボールに余計な力を伝えてしまった。


 ボールはバックボードに当たり、続いてリングの内側に当たり浮き上がった。


 審判がホイッスルを吹いた。


 と、その時であった。浮いたボールが両手でつかまれて、リングに叩き込まれた。


 審判は両腕を交差させる仕草を見せると、テーブルオフィシャルズに近寄って、


「ノーカウント。白4番、イリーガルユースオブハンズ」


 と伝えた。


「ええ、何だよ、せっかく目が決めたのに」


 鷹取が悔しそうに言うと、


「俺、一瞬インターフェアかと思った」


 と、清水がぼそっと言った。


「何だよ、インターフェアって」


 鷹取が尋ねると、


「ああっ、何て言えばいいんだろう……ええっとね、ボールがリングに当たっている間は、プレーヤーはバックボードやリングに触っちゃいけない。他にも何か書いてあったと思うけど、簡単に言えば、そういうことかな。ディフェンス側がそれをした時はボールがリングに入る入らないに関係なく点が入るけど、オフェンス側がそれをした時は、確か得点にはならないで、相手のスローインで試合が再開されるんだよ」


「そんなルールもあるのか。バスケって面倒臭えな」


「でも……」


「でも、何だ?」


「それはさっかが凄いプレーヤーだからこそのファルであって、普通はないよ。俺がそんなファウル出来るわけないだろ」


 と、清水が言うと、それをこっそり聞いていた奥原は、


《全くその通りだな》


 と、つくづく思った。


 一方、コート上では、笛吹がフリースローをするところであった。


 先ほどと同じくドリブルを二回してから、シュートを放った。しかし、決まらなかった。


「笛吹さん、ほんとに今日は調子が悪いな」


 立花が独り言を言った。


 笛吹が二投目に入った。


 ボールが放物線を描いていく。


 バン!


 リング手前に当たったボールはそう音を立てて浮き上がった。


 ペイントエリアのすぐ外にいた選手達が一斉に動いた。


 空中に浮かんでいるボール。


 リバウンドを制したのは……


 加賀美!


 加賀美は自分でシュートに向かおうとした。しかし、上越東は豊田と柴田のダブルチームで抑えに掛かる。


「加賀美さん」


 目が声を上げた。


 加賀美は目にパスを出した。


 右45度の位置にいた目は、ボールを手にするやいなやセットシュートを放った。


 ザッ。


 目のツーポイントシュートが鮮やかに決まった。


 電光表示器が11から13に変わった。対する上越東は5点のまま。


 当初から続いている淡々とした試合展開は今尚全く変わらない。しかし点差はじわりじわりと開いて行っている。


 藤井がボールを拾った。


 杉野はスローインを受け取ると、藤井を待たずフロントコートに向かってダッシュ。


 洋は冷静に杉野を追走。


 杉野、右45度のスリーポイントライン手前で止まると、走ってきた藤井にパス。


 藤井はパスを受け取ると、そのままリングに向かってドリブル。


 しかし、笛吹がドリブルコースを潰しに掛かる。


 と、ここへ、左サイド後方から柴田が走ってきた。


 柴田はインサイドプレーしかない。そう思い込んでいた加賀美はマークにくのが一歩遅れた。


 藤井、柴田へチェストパス。


 柴田の両手にボールが収まった。


 目がフリーになり掛けている柴田のマークに向かう。


 すると、今度は左サイドラインに沿って三浦が走ってきた。


 柴田は三浦にパス。


 三浦はボールを受け取ると、そのままドリブルしてランニングシュート。見事にネットを揺らした。


 これで得点経過は山並13点、上越東7点。


「何か中途半端だよな」


「何が?」


 疑問を感じてつい独り言をつぶやいた清水に鷹取が問い掛けると、


「実力は明らかにうちが上だと思うんだけど、点差はそうでもないんだよな」


「それは笛吹が決めないからだよ」


 さもありなんと言わんばかりに、菅谷がそう言った。


「ああっ、そうっすよね」


「笛吹はそれを自覚してるはずだよ。あいつ、このあとどうすんだろ」


 ベンチの一番端で鷹取達の会話を聞いている立花は何も言わずに試合を見ている。ただ、その表情は明らかに不満気ふまんげであった。


 コートでは、洋がエンドラインの外に出ていた。


 洋はすぐにスローインをしようとしたが、何を思ったのか一旦その手をめて大きく深呼吸をすると、それから笛吹にスローインをした。


 笛吹が洋にボールを返した。


「どうした?」


 と、笛吹が問うと、洋は少し笑って、


「ゆっくり行きましょう」


 と言った。


 笛吹はちょっと驚いたような顔をした。が、すぐ平常心に戻ると、


《こいつなら、本当に杵鞭さんを超えるかもしれない》


 と胸の内でつぶやいた。


 その後、戦況を見ていた上越東の監督である前川は、


「もっと足を使え」


 とベンチから指示を出した。


 第一クォーター後半、藤井がスリーポイントを二連続で決め、更に杉野もスリーポイントを決めた状況をかんがみると、速攻を中心にして展開を早くするよりもセットオフェンスの方が確実に点を取れるように思われる。しかし、セットオフェンスの戦いに持ち込んでしまうと、山並のインサイド攻撃とリバウンド力が遺憾いかんなく発揮されてしまう。それを抑えつつ杉野と藤井のスリーポイントを活かすには、相手ディフェンスの守備態勢が整う前に攻撃を仕掛ける、所謂いわゆるアーリーオフェンス(Early Offense )が最も有効であると、恐らく前川はそのように考えたのであろう。


 第一クォーター終了のブザーが鳴った。


 電光表示器は山並29点、上越東18点を示していた。



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 新年明けましておめでとうございます。


 本年もよろしくお願い致します。


 昨年末、少年ジャンプ+×note 原作大賞(マンガ原作)に応募をしました。


 受賞出来ますよう、応援頂けたらと思いますので、よろしくお願い致します。

 


 

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