第四章 インターハイ予選 十九 山並VS上越東 第一クォーター ―シュートが決まらない―

 今日の二試合は昨日とは違う市立体育館で行われる。コートが二面あるのは同じだが、観客席は若干少ない。ただ、二階にはランニングコースがあるので、ウォーミングアップに関しては問題ない。


 対戦相手である上越東(じょうえつひがし)高等学校との協議の結果、山並が着用するユニフォームは濃色となった。


 試合開始時刻の予定は11時40分。


 山並のメンバーは統一ジャージを着て、コートの出入口がある廊下で第一試合が終わるのを待っている。


 その頃、由美はメンバー表の交換をするために上越東のいる反対側の廊下へ向かっていた。


 試合終了のブザーが鳴った。


 それを耳にすると、日下部がドアを開けた。


 コートでは、試合を終えた選手達がセンターラインに向かい始めていた。


 大会スタッフが選手が退(ひ)けたコートからモップを掛け始めた。


 前試合の選手がベンチから居なくなると、替わって山並のメンバーがベンチに入った。


 笛吹はボールケースを開けると、ボールを手にしてコートに立った。しかし、一向にシュートを打つ気配がなく、ただバスケットボードを見上げている。


 ボールが次から次へとリングに向かって、ネットを揺らしたりバックボードに弾かれたりしている。


「何してんだよ」


 菅谷が問い掛けると、


「イメージが沸かない」


「うわあ、出た。お前のそのネガティブ発言」


「せっかく先発が確定したって言うのに、選(よ)りに選(よ)って此処とはなあ……」


「そう言えば、前も似たようなこと言ってたな。この体育館、そんなに嫌いなんだ」


「何だろう、このイメージのズレ」


「何がそんなに駄目なんだよ」


「これって言うものは無いんだが……多分、天井の形や高さとか、そう言ったレイアウトとバスケットボードの配置が自分の中でしっくり来ないって言うのか……」


「俺には何も変わらないけどな……」


「笛吹、打たなくて良いのか。もう終わるぞ」


 日下部からそう言われたので、笛吹はとにかく一本打った。しかし、やはりネットを揺らすことはなかった。


 笛吹は苦虫(にがむし)を噛み潰したような顔をした。


 そうして、試合前のウォーミングアップも終わり、藤本の回りにメンバーが集まった。


「上越東(じょうえつひがし)とは過去に練習試合で対戦したことがある。力量がどの程度なのか、それは大体分かっている。しかし、油断はならない。ただ、それは礼和学園にも言えたことだ。その礼和に対して昨日(きのう)は良い試合をした」


 そう言うと、藤本はざっとメンバーの顔を見渡した。


 みんな良い顔をしいている。


 奥原も今日は胸を張って顔を上げている。


「今日の先発メンバー、矢島」


「はい」


「目」


「はい」


「笛吹」


「はい」


「山添」


「はい」


「加賀美」


「はい」


「矢島、チャンスがあったら、どんどん笛吹にパスを出せ」


「あっ、はい」


「笛吹、お前は四の五の言わずに、決めることだけを考えろ」


「あっ……はい」


 藤本は笛吹にそう釘を刺した。


《えっ、そんなはずは…?菅谷との会話が聞こえていたはずが……あっ》


 藤本はメンバー一人一人と出来るだけコミュニケーションを図(はか)るようにしている。とりわけ笛吹は指導者的な視線から物事を捉(とら)えることに長(た)けているので、藤本が意見を求めることもあり、それで笛吹にはよく話し掛ける。その時、何かの切っ掛けでこの体育館に対する苦手意識を話したような記憶が笛吹の脳裏に蘇(よみがえ)った。


 今日の先発は奥原と菅谷の起用に引き続いての、藤本の立場から考えれば戦力アップのための起用だと笛吹は考えていたし、それはそれで間違いではないだろう。


 しかし、もしも笛吹の苦手意識を克服させることをも見越しての先発起用だとすれば、笛吹は藤本の指導者としての深謀遠慮に脱帽するしかなかった。


 選ばれた五人がセンターラインに向かおうとしている。


「加賀美」


 自分を呼ぶ滝瀬の声に、加賀美は振り向くと、滝瀬がVサインをして見せた。


 どう言う意味だ?


 加賀美が怪訝(けげん)そうな顔をすると、


「二つだ。それ以上のファウルは認めない」


「偉そうに」


 と言いつつも、加賀美はなぜか笑うとそのままコートへ向かって行った。


 ただ、加賀美の側(そば)でそれを見ていた山添には何かが響いたようである。


 センターラインに両チームの先発が出揃った。



 上越東 ユニフォーム淡色(白 ユニフォームの縁取りは緑)


 PG 杉野遼(すぎの りょう) 背番号5 173センチ 三年生。 右利き


 SG 藤井朝貴(ふじい ともたか) 背番号4 178センチ 三年生。 右利き 

    キャプテン

 SF 三浦大樹(みうら たいき) 背番号11 181センチ 二年生。 左利き


 PF 豊田一富(とよた かずとみ) 背番号15 183センチ 二年生。 右利き


 C  柴田智弘(しばた ともひろ) 背番号16 188センチ 三年生。 右利き



 山並 ユニフォーム濃色(青)


 PG 矢島洋(やしま ひろし) 背番号17 163・5 センチ 一年生。左利き


 SG 笛吹隆(うすい たかし) 背番号9 173センチ 二年生。 右利き


 SF 目浩之(さっか ひろゆき) 背番号12 195センチ 一年生。 右利き


 PF 加賀美英司(かがみ えいじ) 背番号7 196センチ 三年生。 右利き


 C  山添慎吾(やまぞえ しんご) 背番号8 192センチ 二年生。 左利き


 お互い挨拶(あいさつ)を交わすと、各人これから起こる試合展開を予測しながらセンターサークルの周囲に陣取った。


 ジャンパーは山並が加賀美、上越東が柴田。


 審判がサークル内に入った。


 加賀美から見て、洋はフロントコートの左側、そして目は右側に陣取った。


 すぐにダッシュ出来るように、洋は腰を低く落とした。


 審判がボールを上げた。


 天井に向かってボールが上っていく。


 止まった!


 そのボールに伸びて来た手は……


 加賀美!


 ボールは洋にではなく、目に向かって落ちた。


 目(さっか)はボールを手にすると、すかさずドリブル、あっと言う間にレイアップの体勢に入った。


 ザッ。


 目をマークする三浦はブロックショットに向かうことすら出来ず、ネットを揺らしたボールを拾うと、すぐ杉野に向かってスローインをした。


 上越東の監督である前川が椅子に座って試合を見ている。


 その前川の前を通り過ぎていく、洋と目。


《この二人が……》


 フロントコートに入った上越東のセットオフェンスの陣形は3アウト2イン。スリーポイントラインを境にアウトサイドに三人、インサイドに二人。アウトサイドの三人はスリーポイントラインの辺り、インサイドの二人はバスケットボートを中心にした両脇、ペイントエリアのすぐ外に立った。山並、礼和が取った陣形と同じである


 杉野がセンターラインを越えてトップの位置に就いた。


 洋は少し距離を置いて視線を落としている。いつものようにゴリラステップをするような体勢である。


 杉野がダッシュしてきた。


 洋、ピタッとマーク。


 杉野、フリースローラインの辺りでドリブルを止(や)めると、トップに移動してきた三浦にパス。


 三浦はそのままリングに向かって左手でドリブル、一気にレイアップ体勢に入った。


 しかし、三浦の手からボールが離れる瞬間、目がブロックショット。


 ルーズボールを洋が拾った。


 洋、ドリブルに入ろうとすると同時に左サイトを確認。


 笛吹は既に走り出していた。


 洋、ワンドリブルで止(や)めると、笛吹の走る前方にボールを出した。


 笛吹はボールをダイレクトキャッチすると、そのままドリブル、リングに向かった。


 体一つ分遅れて藤井が追走。


 笛吹は左後方に藤井の気配を感じつつも、勢いに乗ってランニングシュートの体勢に入った。


 藤井もジャンプ。


 ホイッスルが鳴った。


 放たれたボールはネットを通らず、コートに落ちてバウンドした。


 審判が右手で左手首を叩くジェスチャーをした。


 藤井はイリーガルユースオブハンズを取られた。


 鷹取が電光表示器を見た。


「まだ一分も経っていないのに、もうファウルか」


「荒れるかな?」


 ベンチの一番端に座っている立花が言うと、


「それはないと思う」


 と、鷹取と立花の間に座っている清水が確信めいたように言った。


「何で?」


 と言って、立花は続きを言おうとしたが、笛吹がフリースローの準備に入ったので、言葉を閉ざした。


 審判からボールをもらうと、笛吹は軽くツードリブルをして、両膝を少し曲げて腰を落とした。


 ボールが放物線を描いていく。


 バン!


 ボールが手前のリングに弾(はじ)かれた。


 加賀美がボールを拾った。


 ボールは再び審判の手に渡った。


 笛吹、二度目のフリースロー。


 一度目と同じく軽くツードリブルをして、両膝を少し曲げて腰を落とした


 ボールが放物線を描いていく。


 今度はリングの付け根に当たった。


 柴田と加賀美が跳んだ。


 柴田の伸ばした右手を後方から伸びてきた加賀美の右手が越えてボールを捥(も)ぎ取った。


 着地すると、再度ジャンプ。


 豊田が左側からブロックショット。


 しかし身長差が、いやそれ以上に瞬発力の格が違う。


 ボールはバスケットボードのワンクッションを経てネットを揺らした。


 菅谷、鷹取、清水、立花、そして奥原が同時に、


「ナイスシュート」


 と声援を送った。


《奥原さん、積極的になったな》


 洋はそんな奥原を見届けると、逸早(いちはや)くバックランで自陣に戻った。


 杉野がドリブルをしながら近づいてくる。


 ポイントガードである杉野から見てシューティングガードの藤井は右側、スモールフォワードの三浦が左側にいることから、山並側から見ると、三浦をマークしている目が右サイド、藤井をマークしている笛吹が左サイドにいることになる。


 杉野がトップからドリブルインを仕掛けた。


 しかし、ぐっと腰を落とした洋が行く手を阻(はば)む。


 洋の頭しか見えない杉野は、


《何だ、こいつ》


 と思いながらも、これ以上進むのは無理と判断、一旦止まると、ここで豊田が山添を背にカットイン。


 杉野、すかさずパス。


 豊田、パスを受け取ると、振り向きざまにジャンプシュート。


 山添、左手を伸ばしてブロックショット。


 柴田がリバウンドに備えてペイントエリアに入ろうとする。が、加賀美が背中で押し返す。


 ボールがリングの内側に当たって弾かれた。


 山添と豊田、再びジャンプ。


 山添の左手がボールを摑(つか)み掛けた。


 審判のホイッスルが鳴った。


 豊田がイリーガルユースオブハンズを取られた。


「清水、やっぱり荒れるよ」


 鷹取が言うと、


「今はね」


「何だよ、その意味深な言い方」


「だって、早田さんがまだベンチにいるから」


「それは笛吹さんに失礼だろ」


「笛吹さんがダメって言ってるわけじゃないよ」


「じゃあ、何だよ」


「早田さんが凄いんだよ」


「その通り」


「えっ?」


 鷹取の隣に座っている菅谷がいきなり二人の話に割り込んできた。


「あいつは波があるからな。それさえなければ、スリーポイントは互角だよ」


 と、そんな話をしていたら、コートでは噂の笛吹がちょうどスリーポイントを打ったところであった。


 しかし、ボールはリングの右側に当たった。


 加賀美と柴田がリバウントに向かった。


 手首ひとつ分、加賀美の方が勝(まさ)った。


 加賀美はボールを手にすると、そのまま懐(ふところ)に巻き込み、ボールを奪われない体勢を取った。


 シュートか?パスか?


 加賀美は迷わずシュートに向かった。


 柴田が跳んだ。


 しかし、柴田のブロックショットを掻(か)い潜(くぐ)り、加賀美はバックボードの反動を利用してシュートを決めた。

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