第四章 インターハイ予選 十八 良い試合だった
昨日(きのう)は午後の一試合のみだったので、試合会場へ向かうのは午前の授業を受けてからの昼過ぎの出発となったが、今日は午前に一試合、午後に一試合という日程なので朝からの出発となる。
集合場所は下越大会の時と同じ駅前である。
これは予定通りのことではあるが、ちょっとしたパニックに見舞われた昨日(さくじつ)のことを思い返すと、このような日程を組んだのは結果として良かったと思われる。選手の身に不慮の事故でも起きたらそれこそ取り返しが付かない。
所々に白く薄い雲があるものの、日の光が暖かく降り注いでいる。
まだ誰も来ていない駅前に姿を現した最初の人物は意外にも藤本であった。
その表情は、日の光の粋な計らいがあるからだろうか、とてもすがすがしく感じられた。それは礼和戦に対する心の現れと言っていいかもしれない。
いつぞやは笛吹と奥原が藤本の立場から見た山並戦力の在り方について語ったことがあったが、戦力の底上げをするためには現存のメンバーを鍛(きた)えるしかない。選手層を厚くするためには控えのメンバーを更に更に鍛えるしかない。
そう考えれば、奥原と菅谷を先発に起用したことは分かる。
特に第二クォーターで菅谷にボールを集めると言った藤本の指示は、間違いなく菅谷を鍛える意図があった。ローポストでの攻撃に重点を置いたのはその環境を作るためであった。
しかし、礼和学園との一戦はやはり奥原のための試合であった。それは誰もが思うところであろう。ただ、それが全ての目的であったのかと言えば、それは分からない。
それにしても、洋のここ一番で見せたプレーには目(め)を見張った。田中と水野の二人を同時にディフェンスして奥原をフリーにさせたプレーに代表されるように、その瞬時瞬時の判断を的確に実行出来るのは驚嘆に値(あたい)する。これなら、怯(ひる)むことなく臆することなく、洋はあの二人を打ち破れるかもしれない。
目は入部当初からエースの片鱗(へんりん)を見せてはいたものの、体力も体格もまだ高校生のそれではなかった。しかし、十代の成長はある日を境に突如として伸びることがある。目の体格はこの二ヶ月の間で明らかに変わった。肩周りが大きくなった。それだけではない。下越大会を経た後(あと)から現れた確固たる自覚とでも言える何かが全身から漲(みなぎ)っている。周囲は確かにそんな目を認めるようになっていた。
一台の自転車が道路を走り過ぎた。
見ると、それは目(さっか)であった。
藤本は目(さっか)に気がついたが、目(さっか)は藤本に気がつくことなく駅に併設されている自転車置き場に真っ直ぐ向かった。
それから間もなくして来たのが、奥原だった。奥原は藤本に気がつくと、自転車に乗ったまま、
「おはようございます」
と大声で挨拶(あいさつ)をした。
《良く声が出ている》
藤本はそう思うと改めて、
「昨日(きのう)は良い試合だった」
と呟(つぶや)いた。
自転車置き場に到着すると、奥原は目(さっか)が近づいて来るのに気がついた。
「おはようごさいます」
後輩らしく目が先に挨拶(あいさつ)をすると、
「あっ、ちょっと待って」
と呼び止めて、慌てて自転車に鍵を掛けた。
「……昨日(きのう)はありがとう」
「何がですか?」
「試合中、色々と気を遣(つか)ってくれて」
「気なんて遣ってませんよ」
「でもさあ……」
「あれが奥原さんの実力なんですよ」
「あれは……ただのまぐれだよ。菅谷にも後半は神がかっていたって言われたし……」
「……よく120パーセントの力を出すって言いますけど、そんなことはあり得ないですよ。人間、100パーセント以上の力は出せません。そんなふうに見えるのは、100パーセントの力を5分10分と出し続けているからだ。それを集中力と言う。中学時代の先生がそう言ってました。俺もそう思います。ただ、それでも、もし120パーセントの力があるとすれば、それは個人だけの力じゃない。それをチームプレーと言う。そうも言ってました。後半の二十分、奥原さんはそれに近いことをしていたと思います」
「いや、それは……」
「怯(ひる)む理由なんてどこにもないですよ。奥原さんだって、毎日厳しい練習をしているんですから。特にあの練習を」
《あの練習……?》
奥原はハッとした。
「試合慣れしていなかった。俺も矢島もそう思ったから、ちょっとだけ切っ掛けを作る手助けをしたまでですよ」
本番で練習通りの動きをする。出来そうで、これがなかなか出来ない。それが出来るようになるには本番の場数を踏む必要がある。奥原にはその絶対数が足りていない。しかし、それでも厳しい練習に耐えて身に付けた奥原のバスケットは決して奥原を裏切ったりはしない。
ただ、それは何も奥原に限ったことではない。
打倒加賀美を滝瀬から宣言された直後、加賀美は日下部と早田の所へ行って、あの日の出来事と滝瀬が復帰することを告げると、三人は昼休みに集まって今後の対応についてどうすべきかを話し合った。
日下部は主将として突然来なくなった理由を問い質(ただ)す義務があると最初はそう思ったが、藪をつついて蛇を出す諺(ことわざ)の通りになることにも恐れを抱いた。清水に尋ねてみようかとも考えたが、しかし、三人で相談した結論は何もしないと言う事だった。モヤモヤを解決するのは今ではない。最優先すべきは試合に向けてチームを万全の状態にすることだ。
滝瀬もまた藤本の予想以上の働きをしたのは、そんな友情の背景があったからだと言える。
駅前にメンバーが続々とやって来た。
自伝車置き場から最後に現れたのは、その滝瀬と清水であった。
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