第四章 インターハイ予選 六 踏み台
五月の強い日差しが窓を通して体育館に降り注いでいる。
第一体育館には、まだ練習を始めてはいないものの、女子バスケット部とチアリーディング部の面々が早くも姿を現していた。Tシャツ姿が高校生の青春を美しく映し出している。
山並男子バスケット部はと言うと、加賀美と滝瀬が既に顔を出していた。二人はリング下で1ON1を繰り返し、額にはうっすらと汗を滲(にじ)ませていた。二人を早々に体育館に向かわせたのは、間違いなく超大型巨人だろう。あれを意識するなというのは確かに無理な話である。
用具室の引き戸が開いた。中から出て来たのは、目と鷹取であった。鷹取はボールかごを引いて出て来た。
と、そこへ藤本が現れた。藤本は講堂の前にいる由美のもとへ向かいながら、
「もう全員来てるか?」
と尋ねた。
「今着替えてます」
「そうか……あっ、しまった」
「どうしたんですか、先生」
「羽田、すまんが職員室に行って取って来てくれないか」
「何をですか」
「大きなビニール袋があるから。行けば分かる……でも、一人じゃ無理か。鷹取」
「はい」
「羽田と一緒に職員室に行ってくれ。取って来てほしいものがある」
「あっ、分かりました」
と言うと、鷹取と由美は何やら話をしながら職員室へと向かった。
用具室から次々と面々が現れた。
日下部はぐるっと周囲を見渡すと、
「先生、羽田と鷹取は」
「今、職員室に行ってる」
「分かりました」
と言うと、
「全員集合」
と体育館の隅々にまで聞こえるほどの大声で言った。
講堂を背にした藤本を中心に、集(つど)ったメンバーの半円が描かれた。
しかし、藤本は腕組みをしたまま何も言わず、二人が戻って来るのをじっと待っていた。
こう言う雰囲気が苦手な菅谷は何か話したそうであったが、やはりそのまま気圧(けお)されてしまった。
しばらくして、二人が戻ってきた。
鷹取はその手に大きなビニール袋を持っていた。よく見ると、鈴木が勤めているスポーツ店の名前が入っている。
「先生、これはどうすれば……」
「取り敢えず、その辺に置いといてくれ」
と言うと、
「よし、これで全員揃ったな……インターハイ予選である県大会まで残り二週間。新潟県代表になるには、少なくとも立志・中越この二校を倒さなければならない。下越大会では立志に勝ちはしたが、あれが立志の全力とは言い難い。塚原さんは必ずチームを立て直し、より高いレベルにチームを纏(まと)めてくるに違いない。ただ、例年のことを考えれば、下越大会の優勝校と中越大会の優勝校はAゾーンとDゾーンに分かれる。順調に勝ち進めば、中越とは決勝で対戦することになる。立志と中越はおそらく準決勝で対戦する組み合わせになるはずだ。いずれにしても、この二校のどちらかと決勝を迎えるのは確実だ。本来ならば、どちらと対戦しても対応出来るような練習をするべきであろうが、両チームの戦力を考えると、決勝まで勝ち上がってくるのはおそらく中越平安だろう。よって、この二週間は対中越平安を想定した練習メニューを加える。これはそのためのものだ」
と言って、藤本はビニール袋を指さした。
「先生、中身は何ですか」
主将として日下部が尋ねると、
「踏み台だ」
「……それは超大型巨人に対抗するための……」
「その通りだ。まずはあの高さに勝つことよりもあの高さに慣れることの方が先決だ。そうすれば、何か対抗策が見つかるかもしれない……正直言って、今はこれくらいしか思いつかん。役に立つかどうかも分からん。しかし、信じてやるしかない」
「先生」
「何だ、加賀美」
「その練習に加えて、もうひとつやりたい事があるんですが……」
「何だ?」
「ビデオを見た日、矢島があることを思いついて、それを試しにやってみたんです。その練習もやりたいんですが……」
それを聞いて、藤本は矢島を見た。
洋は、見られていると言うよりも睨(にら)まれているような気がして、ちょっと伏し目がちになった。
「……それは今日の最後にやってみよう。じゃあ……」
「あっ、先生」
「何だ、鷹取」
「練習を始める前にちょっとお知らせしたいことが……」
「何だ、言ってみろ」
「あのう、うちの実家は中華料理屋をしてまして、地区大会で優勝したことを親父に言いましたら、一番になるのは良いことだとやけに上機嫌になって、それで……もし県大会で優勝したら、食べ放題貸し切りにしてやるって、親父が言いまして」
「えっ!」
と言った菅谷の驚きが象徴しているように、それを聞いた誰もが、藤本でさえも驚きを隠せなかった。
「それ、ほんとか」
笛吹が言うと、
「嘘じゃないですよ。って言うより、俺は反対したんです。そんなことしたら、大赤字になるって」
「まあ、そうだろうな」
と、笛吹が返事をする前に菅谷が答えた。
「申出は有り難いが、お前の言うとおり、考え直した方がいいんじゃないのか。ここにいる連中は食べ盛りの野郎ばかりだし、その上、メンバーの半分は体のデカい奴だし、さすがにそれは……」
「うちの親父はバスケには詳しくないんですが、ただ、お店に来るお客さんでバスケ好きな人がいるらしいんですよ。その人達から時々話を聞かされるみたいで」
「Bリーグの話じゃないのか」
「いえ、高校バスケもです」
「……しかし、気前がいいな、お前の親父さんは……」
鷹取は気恥ずかしかったのか、自分自身の気持ちを笑って誤魔化した。
気前がいいのは確かにその通りかもしれない。しかし、鷹取の父親がそう言ったのはそれだけではないのかもしれない。
「よし、そのときは、有り難く受けるとしよう」
それを聞いた菅谷は、
「矢島、頼むぜ」
と言って、洋の背中をパンッと叩いた。
「ええっ」
タイミングのツボに嵌(は)まったのか、これには藤本含めメンバー全員が大笑い、女子バスケットとチアの面々は一体どうしたんだろうと、その様子を見ていた。
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