第四章 インターハイ予選 二 ソフトフォワード

 視聴覚教室のドアが開くと、菅谷が先ほどの驚きと興奮をまだ引きずっているらしく、立花と妙なウキウキ気分で話しながら出て来ると、日下部、早田、加賀美が続いて出て来た。


「加賀美さん」


 背後から洋の声が聞こえたので、振り向くと、


「何だ」


 と、加賀美は素っ気なく言った。


「加賀美さん、すぐに帰りますか」


「ああ、そのつもりだが、何かあるのか?」


「試したいことがあるので、よかったらちょっと……」


「おっ、また始まった。矢島の試してみたい病」


「だから、その言い方はやめて下さいよ」


 菅谷のツッコミに、洋はうんざりと言わんばかりに言い返した。


「俺で良いのか」


「はい」


「……面白い。付き合おう」


「ありがとうございます」


「じゃあ、俺も」


「そうだな、目も来た方がいいな。山添さんも……あれっ、山添さんは」


「山添さんは一人居残り。話があるからって、先生が呼び止めた」


 と、ノートPCを手に持っている清水が言った。


「そうなんだ……」


「山添がいないと、お前の試したいことは出来ないのか」


 と早田が尋ねると、


「そう言う訳ではないんですが……」


「中越と戦うまでまだ時間はある。焦らず、今出来ることをやろう」


 と、日下部が言った。


 当初は加賀美だけを誘うつもりが、目も来ると言い出し、結局全員が体育館に向かうことになった。おそらく、ビデオを見ている時に何かアイデアが浮かんだのであろうが、果たして洋は何をするつもりなのであろうか。


「奥原さん」


「何?」


「名簿って、いつもらえるんですか」


「ああ、エクセルで作ってるから、明日持ってくるよ」


「外周って、そんなに大変なんですか」


「何で?」


「だって、外周って聞いた時の皆の様子が……」


「俺もやりたくないよ」


「外周って、どのくらいあるんですか?」


「約1・2キロ。この学校の周りはアップダウンがないから、そう言う意味では良いんだが……」


「何かまだあるんですか」


「外周をするときは、まず4周走ったタイムを計る。そのタイムを見て、先生が一人一人に制限タイムを決める。俺達はそのタイム以内に走らなければならない」


「駄目だったら?」


「追加一周」


「厳しいなあ……あっ、でも、何で4周なんですか?」


「先生の話だと、バスケの一試合で走る距離は5キロ近くあるそうなんだ。だから……」


「へえ、そうなんですね」


「でも、それだけじゃないんだぜ」


「えっ、まだあるんですか」


「時々、3周や5周にするときもあるんだよ」


「何でそんことするんですか」


「試合の展開って、その時その時で違うだろ。早い展開になったり遅い展開になったり……特に3周の時がきついんだよ。距離を短くする代わりに制限タイムも短くされて、心肺機能とスタミナのアップを図るんだぜ」


「大変だあ」


「羽田が来たお陰で、俺も走ることになっちゃった」


「すみません」


「でも、良かったよ」


「何がですか」


「俺も頑張れる」


 そう言うと、奥原は屈託(くったく)の無い笑みを浮かべ、それを見た由美は妙にホッとした気分になった。




 山添以外の全員が教室から出て行ったのを確認すると、


「山添、座ったらどうだ」


 と、藤本が言った。


 山添は近くにある椅子に座った。


「今のビデオを見て、お前はどう思った?」


「どうって言いますと」


「今の山並で勝てると思うか?」


「それは何とも……」


「今のままでは、山並は負ける」


「えっ?」


「確かに、目と矢島の加入で山並は飛躍的な戦力アップが出来た。しかし、それでも、杵鞭を起点とした攻撃力、高さのある守備力共に山並を上回っている。何より、彼らはよく走る。スタミナ力は山並の1・5倍はある。40分間、奴等の動きに付いて行けるだけのスタミナがあるのは、早田、加賀美、そして山添、お前くらいだ」


「俺には、そんなに大きな差は感じられないんですが」


「いや、ある。その根拠のひとつとなるのがファウルの数だ。あの決勝戦、中越の対戦相手である長岡倉吉は第3クォーターで5ファウルの退場者が一人。第四クォーターではチームの5ファウル。試合終了時の得点は中越が101点、長岡が65点。ツインタワーを止めようとした結果がこれだ。これが何を意味するか分かるか」


「山並もファウルで自滅するってことですか」


「近いが正解ではない。自滅という言葉を使うのであれば、それは山添、お前だ」


「俺ですか!?」


「客観的に見て、お前はやはり攻撃の時に真価を発揮するタイプだ。先日の村上商業戦を見て改めて実感した。お前の攻撃力は決して目に劣るものではない。だが、チームの構成上、お前はセンターにならざるを得ない。そうなれば、当然守備、と言うよりはリバウンドだな、お前はそれを強く意識するあまり、自分で自分のリズムを狂わせている。そう思うことはないか」


「いや、特に意識したことは……ただ」


「ただ、何だ?」


「村上戦に限って言えば、矢島の存在が大きかったです」


「矢島が?」


「初めて矢島のプレーを見たときはびっくりしました。あんなパスもあるのかって思いました。立志戦では目と息の合ったプレーをして……もう何年も一緒にプレーしてたんじゃないかって……俺も矢島のパスを受けてみたい。そうすれば、俺の中にある何かが変わるんじゃないかって、そう思えたんです」


 山並のチーム構成はまさしく攻撃型である。それは藤本が意図したことではなく、山並バスケット部に入部した者達の特性を生かした結果である。それを最大限に生かすのであれば、山添にリバウンドを無理強いするのは却ってチームに損害を与えることになってしまう。


 藤本は山添の返事を聞いて改めてそれを強く感じた。


 しかし……


「加賀美を真似していないか」


「はっ?」


「リバウンドのお手本を加賀美に求めていないか」


「……はい」


「それが俺には間違いだと思う」


「いや、でも、加賀美さんのリバウンド力は高校バスケではトップクラスだと俺は思っています。その人を手本にすることは間違っていないと思います」


「しかし、お前と加賀美では持って生まれた資質が違う。何より、あいつが掲げている目標がお前とは全く違う。俺はあいつが入部した時のことを今でもよく覚えている。あいつは俺にこう言ったよ。僕はデニス・ロッドマンのように守備で輝ける選手になりたい……ロッドマンが全盛期の頃、加賀美はまだ生まれていない。おそらくYou Tubeか何かで見たんだろうが、世代を超えた今でも、バスケをする者に影響を与えているのは凄いことだと思う。あいつはしっかりと目標を見据え、シュートよりもリバウンドに練習時間を割いている。好きこそものの上手なれと言うが、日々の努力は確実に加賀美の資質を開花させている」


「俺にはリバウンドの才能が無いってことですか」


「そうではない。さっきも言ったが、お前にはリバウンドも任せなければならない。加賀美がいくらリバウンドを目標とし、得意としているとは言え、あいつ一人だけに任せるわけにはいかない。ましてや、ツインタワー相手にあいつ一人で立ち向かえることなんて出来るわけが無い。

 お前にもリバウンド力はある。ツインタワーを攻略するには、お前のリバウンドは是が非でも必要だ。ただ、前にも言ったと思うが、それが却ってお前の良いところまでを潰している。加賀美のようなリバウンドを意識する余り、お前本来が持つ攻撃の特性までが色褪せてしまっている。

 初戦の帰り、羽田はお前についてこんなことを言っていたよ。

『ソフトフォワード』

 女の子らしい視点というのか、言い得て妙だと思った。お前はスモールフォワードでもパワーフォワードでもセンターでもない。ソフトフォワードだ」


「ソフト……ですか?」


「身長は加賀美が上だが、横幅はお前の方がある。しかし、見た目と違ってお前の動きは、肘や手首の関節の使い方が他の誰よりも柔らかい。それが十二分に活かされていたのが村上商業のときだ。しかし、立志のときはリバウンドを意識する余り、全てが力任せになっていた。ただ、これは以前から分かってはいたことだ。今日ほど丁寧に慎重に言ったことはないが、それでもお前には何度も注意をしたはずだ。センターというポジションに惑わされるなと」


「どうすればいいんですか」


「まずは自分を知ることだ。ソフトフォワードである自分を。それが理解出来て初めて、お前にあったリバウンドが見つけられるはずだ。これが出来なければ、山並は中越に負ける」


「どういうことですか」


「さっきも言っただろ。お前は5ファウルで自滅。山並は貴重な戦力を失って、一気に引き離される」


「滝瀬さんは」


「あの身長差だと、滝瀬ではもはや通用しない。希望があるとすれば、鷹取だが……」


「鷹取が?」


「あいつには跳躍力がある。何より天賦(てんぷ)の才がある。順調にいけば、2年後は日本代表になっているかもしれない」


「それほどですか」


「あいつは菅谷並のおしゃべりだから、皆はそっちに気が向いているようだが……」


「俺はどうすればいいんですか。ソフトフォワードを理解しろと言われても……」


「羽田に相談してみたらどうだ?」


「羽田……ですか」


「ソフトフォワードと言ったのは羽田だ。あの子の感性が、ひょっとしたらお前を導いてくれるかもしれない」


「……分かりました」


「試験前だと言うのに、お前の頭を悩ますようなことを言って悪いとは思っている。しかし、全国制覇をするためには、お前の力は欠かせない。いや、もう一皮剥けてもらわなければならない。頼りにしてるぞ」


「……はい」


 イギリスの諺(ことわざ)に、


『馬を水辺に連れて行くことは出来ても、水を飲ませることは出来ない』


 と言うのがある。


 馬が水を飲むかどうかは馬次第。人は他人に対して機会を与えることは出来ても、それを実行するかどうか、実行出来るかどうかは結局のところ本人次第である。


 藤本の言いたいことは、山添も理解はしていると思われる。しかし、実行したくても何をどうすれば良いのか、その方法と切っ掛けが分からない。


やはりここは一つ羽田に相談するのが一番良いのかもしれない。


 山添はそう考えながら、帰宅の途へと就いた。


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 お知らせ


 今月のアップはこれで終了です。


 来月は五日と十九日を予定していますが、進捗によっては変わるかもしれません。


 

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