第一章 高校バスケット部、入部 二 監督の誘い

 翌朝。


 洋が居間に降りて来たときには、正昭は仕事先に向かって既にいなかった。地元のクリーニング会社に勤めている正昭は部長代理という肩書きであった。


 信子は近所のドラッグストアでパート勤務をしていた。十時の開店時間に合わせての出社なので、朝の時間には余裕がある。


「おはよう、洋さん」


「おはようございます」


 信子は読んでいた新聞を折り畳むと、立ち上がって台所へ向かった。


 洋は座布団に胡座(あぐら)をかいた。


 信子はガステーブルのつまみを回しながら、


「昨日はごめんなさいね」


 と言うと、


「何がですか?」


 と、訝(いぶか)しがることなく返事をした。


「何か押しつけちゃったみたいで」


と言いながら、信子はガステーブルにフライパンを置いた。


「試合を見たいと言ったことですか?」


「それもあるけど……洋さんは全て納得した上でバスケットをするのよね」


 信子の言葉を聞いて、昨晩思い巡らしたことが洋の脳裏に蘇(よみがえ)った。突然顧問の先生が来て、バスケットをしないかと誘いの言葉を投げかけ、それに呼応(こおう)するかのように正昭も勧めた。


 養子縁組という現実は洋に精神的な負担を負わせている。大学まで進学させるというのがその条件のひとつになっている。しかし、洋の立場からすれば、それを全て受け入れてもらうのはやはり憚(はばか)られる。洋が新潟大学に拘(こだわ)るのは、国立は私立より学費が安いし、家から近いから仕送りもいらない。現役合格すれば、予備校の費用もいらない。これから義理の親になる人達に金銭の負担を掛けるのは極力避けたい。養ってもらう以上、遠慮はどうしても生まれるのだ。

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