第一章 高校バスケット部、入部 二 監督の誘い

 家庭も学校も住む場所も、何もかもが変わり、それにまだ順応出来ないでいる洋にとって、バスケットは唯一のより所であり、秘密のより所でもあった。


 しかし、心のより所であるバスケットはあっさり認められた。しかも、一浪までは認めるという思いも寄らなかった条件付きで。洋にとっては有り難いことではあるが、素直に受け入れられないでいるのも確かだった。緊張の糸が緩んで、洋自身、心の舵取りをどうすればいいのか分からないというのが本心のようだ。


 信子が全て納得した上でと言ったのは、間違いなくこのことだろう。信子もまだまだ遠慮の壁を感じているようだ。


 信子はフライパンに油を引いた。


「あっ、いいのよ、無理して答えなくても……」


「バスケットが好きなのは嘘ではありません。続けられるのは嬉しいです。でも……」


 フライパンにハムが置かれ、卵が落とされた。


 信子が振り向いた。


「洋さん、お互いぼちぼちやって行きましょ」


 と言うと、信子は微笑んだ。こんな素直な笑顔を洋に見せるのは、おそらく初めてではないだろうか。


 洋もまた、信子の笑顔に救われた思いだった。


「あっ、そうだ。洋さん、ハムエッグにはソースだったわよね」


「はい、そうです」


「また、うっかりしょう油を掛けるところだったわ」


 と言うと、少量の水を加えて蓋をした。


 これが朝の会話というものなのだろうか。そう思うと、洋は自分の気持ちがとても澄んでいくのを感じた。それが洋に今朝の朝食をとても美味しく感じさせたようだった。

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