第三章 春季下越地区大会 二 夏帆の迷い

 しかし、頭の中がバスケット一色になっている由美は、それに気がつかなかった。閉じた本を手にすると、夏帆にそれを見せた。


「何、それ?」


「バスケットのルールブック。私ね、バスケット部のマネージャーをすることにしたの」


「マネージャー?」


「うん」


 由美は笑顔で応えた。本当に純粋な笑顔だった。


「えっ、でも、合唱部は?」


「退部届はもう出した」


「でも、中学の時からずっとやってたのに……」


「あっ、それね……私、夏帆に謝らなければならないことがあるの」


「私に」


「うん」


 と頷くと、由美は男子バスケット部に言ったことを、今一度夏帆にも伝えた。


「藤本先生は私の入部を認めてくれたけど、でも、バスケット部の人達が私を認めてくれるかどうかは分からなかった。日下部さんからよろしく頼むって言われた時は本当に嬉しかった。人から頼られるって生まれて初めてのことだった。だから、私、必ず日本一になる。みんなと一緒に」


 由美は輝いていた。少なくとも、夏帆には輝いて見えた。人って、目標が定まるとこんなにも変われるものなのか?


 由美の決断と輝きを目(ま)の当たりにして、夏帆は余計に焦りと苛立ちを感じずにはいられなかった。私はどうすればいい?

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