第四章 インターハイ予選 十五 山並VS礼和学園 第四クォーター ―崩壊―

 現在、得点は54対42。


 ベンチに戻ったメンバーはそれぞれ用意していたドリンクを軽く飲むと、足早に藤本のもとへと向かった。


 控え組は既に藤本のところに集まっている。


「礼和の攻撃パターンが変わったのは、もう分かっているな」


 藤本はそう言うと、ざっと全員を見渡してから、


「だが、これは大した問題ではない。問題なのはお前達がまだ全開になっていないことだ。お前達の力はこんなものではないはずだ。そうだな、矢島」


「あっ、はい」


「よし。じゃあ、行ってこい」


「はい」


 最後は全員の返事でインターバルを締め括(くく)ると、五人は早くもコートへと向かった。


「大丈夫か」


 奥原が洋に歩み寄りそっと尋ねると、


「何がですか」


「スタミナ」


「奥原さんの方こそ」


「俺は……気持ちが軽くなった」


 洋はそれを聞くと少し笑った。


「ラスト10分は多分楽が出来ますよ」


「どうして」


 そう尋ねられると、洋はちょっと顔を動かした。


 その先には目(さっか)がいた。


「さっき、山添さんに俺に回せと言われて……先輩からそう言われたら、そうするしかないじゃないですか」


「あっ、それで……」


「笛吹さんにも、体が弱いのなら弱いなりの動きをしろって言われてますし……」


 奥原は洋の言ったことが理解出来なかったようだ。少しキョトンとした顔をした。


「じゃあ、ちょっと」


 と言うと、洋は山添のもとへ向かった。


 それから少し遅れて、礼和のメンバーもコートに戻ってきた。交替はどうやらないようである。


 各人、各ポジションに就(つ)いた。


 第四クォーターは礼和のスローインから始まる。


 スローインをするのは加藤。


 水野が受けて奥原に仕掛ける。戦術もまた変わらないのだろうか。


 審判が加藤にボールを渡した。


 さあ、第四クォーターの開始だ。


 スローインを受け取ったのは、案の定、水野。


 水野をマークする、奥原。


 ボールがコートの上で跳ねた。


 水野の足がペイントエリアに向かう。


 奥原、追走。


 しかし、水野は強引にリングへと向かう……


 パーン!


 ボールが弾かれた。


 水野は一瞬、


《えっ?》


 と思った。


 それもそのはず、水野をマークしている奥原は彼自身の左側、つまりドリブルをしていた反対側にいた。こいつが手を出せるはずがない。


 では一体誰が?


 水野は振り向いた。


 そこには、フロントコートに向かってドリブルをする目がいた。


 目は難なくレイアップを決めた。


 洋が奥原に近寄った。


「奥原さん、始まりますよ」


 奥原は少し笑って頷(うなず)いた。


「あっ、そうだ……」


 と言うと、洋は奥原に何やら囁(ささや)いた。


 水野がドリブルしながら近づいてくる。


 奥原はセンターラインとフリースローサークルの間辺りに立っている。


 水野が再びペイントエリア内へと向かった。しかし、今度は目のいる反対側、つまり洋のいる方へ舵を切った。


 奥原、追走。


 水野はミドルポスト辺りまで切り込んできた。


 しかし……


 予(あらかじ)め予想していたのか、洋がタイミング良く寄って来ると、奥原は洋と一緒にダブルチームを組んで水野のドリブルコースを潰した。


 と、その時だった。


 パーン!


 またしても、ボールが弾かれた。


 水野は驚いて、自分の手から離れたボールを探した。


 そこには、早くも目がフロントコートへと向かっていた。


 南雲がすかさずオフィシャルにタイムアウトを要求した。


 古谷の追走も及ばず、目はまたもレイアップを決めた。


 ブザーが鳴った。


「タイムアウト、青、礼和学園」


 オフィシャルの一人がそう告げると、審判がホイッスルを鳴らして、タイムアウトのジェスチャーをした。


 両メンバー、それぞれのベンチに戻った。


 南雲はコートのメンバー全員が揃ったのを確認すると、


「戦術は元に戻す。トップは加藤、水野は左45度。10番を狙い撃ちすることはしない。それから12番には富澤が付け。古谷は8番。ラストクォーター、これまで練習してきた事を全て出し切ってこい」


 南雲がそう言うと、不意に、


「なぜ12番に替えるんですか」


 と、富澤が言った。


 富澤の発言に、何とも言えない重い雰囲気が漂(ただよ)った。


「あの8番も強敵だと思います」


 南雲は少しの間、富澤の顔を熟視した。


「勝つためだ」


 南雲はそう言うと、


「そうですか」


 と、富澤はそう答えただけだった。


「それから、小林」


「はい」


「お前をマークしてる奴が一番攻めやすい」


「はい」


 小林は一選手としてではなくキャプテンとして返事をしたようだ。その声には確かに切れと重みがあった。


 しかし……


 加藤はと言うと小さく返事をしただけであり、水野と古谷は乱れた呼吸を整(ととの)えながら頷(うなず)いただけであり、富澤に至っては何の反応も示さなかった。


 試合再開10秒前のブザーが鳴った。


 山並のメンバーがコートに向かった。


 礼和のメンバーもコートに出て来た。


 試合再開のブザーが鳴った。


 エンドラインからのスローインは水野が行い、加藤が受け取った。


 加藤がフロントコートへと近づいていく。


 バックランをしていた赤いシューズがセンターラインを少し越えたところで止まった。


 洋が眼光鋭く加藤を見つめた。


 加藤はそれに気圧(けお)されたのか、フロントコートへ入る前に水野へパスを出した。


 水野はドリブルをすると見せ掛けて、フリースローラインの所まで来た古谷にパスを出した。


 小林がペイントエリアに入ってきた。


 古谷がすかさずバウンドパス。


 小林、パスを受け取った、とほぼ同時にジャンプ。


 滝瀬もブロックに跳んだ。


 ボールはリングの内側に当たって弾かれた。


 滝瀬と小林がもう一度跳んだ。


 小林がリバウンドをもぎ取った。


「小林」


 水野が叫んだ。


 小林は水野にボールを戻した。


 水野は富澤にボールを出した。


 山添がピタッとマーク。


 右か左か?山添は間違いなく1ON1の勝負に来ると思った。しかし、予想に反して、富澤はその場でジャンプシュートを放った。


 ザッ。


 礼和ベンチが意地の喚声を上げた。


 富澤は表情を変えることなく自陣へ戻って行った。


 第一クォーターから第二クォーターまでは、礼和は常に感情を表に出さず、淡々とした試合運びをしてきた。それはおそらく表情を出さない練習の結果だと思われる。表情の変化は対戦相手に隙を与える。


 しかし、試合が第三クォーター以降になると、それが徐々に崩れてきた。練習通りに出来ないもどかしさ、肌で感じ取れる実力差、そして体力の消耗。それらが入り混じって、最早(もはや)礼和は冷静に対処出来なくなっていた。


 しかし、富澤だけは逆であった。他のプレーヤーが冷静に努めようとしていたのに対し、富澤はそのプレーに闘志を滲(にじ)ませていた。


 だが、今のプレーに富澤の闘志は感じられなかった。それこそ、淡々とシュートを放った。そんな印象であった。

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