第四章 インターハイ予選 七 まさかの来訪
いつもなら、締めの練習はフルコートプレスで終えていたが、練習が再開した金曜日からは洋が提案したプレーを最後に行うことになった。
これを初めて見たとき、藤本は目を閉じてしばらく考えた。おそらく中越平安戦を頭の中でイメージしていたのであろう。そうして、しんと静まり返った中で、藤本はパッと目を開けると、
「これはセットプレーで行う。仕掛けるタイミングは俺が決める」
と、語気を強めて言った。
一日の最後にこの練習を持ってきたのは、誰にも見られたくない、女子バスケットとチアにも見られたくないという藤本の強い意志の現れであった。言い換えれば、洋が提案したこのプレーに命運が掛かっている。決してこの情報を漏らしてはならない。藤本はそう判断したのだ。
体育館の照明がくっきりと明るくなるほど、外が暗くなっていた。
ようやく今日の練習が終わると、メンバーは用具室に入って着替え始めた。
まさかの来訪で、今日は藤本の緊張がいつもよりも増したようだ。誰もが練習内容に厳しさを感じた。精神的に疲れた。その上、滝瀬の抜けた穴が確実に一人一人の練習量を増やしたものだから身体的にも疲れた。部員数の少ない部活では、たった一人抜けただけで練習がきつくなるのは致し方ないことである。
体育館の電気を消すと、そこから漏れる明かりに照らされていた外の景色も暗くなり、辺り一帯が夜に包まれた。
自転車置き場から正門に向かうと、皆それぞれの帰路に就いた。
同じ方向に帰る笛吹と奥原もそのつもりであったが、二人ともそのまま帰る気になれず、正門を出ても、自転車を押しながらだらだらと歩いていた。
「なあ、笛吹」
「ああ」
「あのさあ、お前、矢島に抜かれて悔しいと思ったことはないか」
「何だよ、急に」
「矢島と杵鞭さんの1ON1を見ていて、ちよっと思ったんだよ」
「そう言うお前はどうなんだ」
「俺はレギュラーになれる力はないし……一流のスコアラーになろうと思ってた」
「何で過去形なんだよ」
「羽田が入って来たからだよ。まさかこんな展開になるなんて夢にも思っていなかったから……何かさあ、自分の居場所が無くなったって言うのか……」
「そう言う意味ではやっぱり悔しいんだ?」
「悔しいって訳じゃないけど……総力戦って言われても、俺じゃあ戦力にならないし……」
「俺はそうでもないと思うけどな」
「何で?」
「先のことなんて分からないからさ。ひょっとしたら、矢島が交通事故に遭うかもしれない。試合当日、高熱を出して動けなくなるかもしれない」
「そうなったときは、日下部さんが出ればいいだけの話だろ」
「でも、その日下部さんもトラブルに巻き込まれるかもしれない」
「そんなこと言ってたら切りが無いだろ」
「そうなんだよ、切りが無いんだよ。だから、万全に備えるんだよ」
「それはそうだけどさあ……」
「ほら、神代との練習試合であったじゃないか。風疹に罹って来られなかった……」
「ああ、あったな」
「先生の立場からすれば、控えであっても戦力は戦力。限られた戦力をいかに使うか。そう考えているはずだよ」
「じゃあ、お前はどうなんだ?一年生に先を越されて……」
「悔しいって言うよりは、俺は興味を持ったな。試したいことがあると言ってあいつの話を聞いたときは、面白いことを言う奴だなあって。実際それでフルコートプレスを突破したからな」
「ああ……」
「何だよ」
「いや、お前らしいなって」
「そうか?」
「でも、ビデオ見て改めて思ったけど、矢島って、やっぱり凄いよな。杵鞭さんのスピードとテクニックに付いて行ってたもんな」
「杵鞭さんもきっとそう思っただろうな……って言うより、そう思ったからわざわざここまで来たんだろうけど」
「矢島もそうだけど、目の入部もデカいよなあ。この二人がいなければ、立志には勝てなかった……あっ、思い出した」
「何を」
「立志戦の後、俺と矢島でトイレに行ったとき、そこでちょっと聞いてみたんだよ。お前、何でシュート打たないんだ?って。そうしたら、僕が打たなくてもこのチームには点の取れる人はたくさんいますからと言ったんだよ」
「だろうな」
「でも、誘惑に駆られるだろ。シュートを打ちたいって……そう聞いたら、中学の時はありましたが、今は無いですねってあっさり言ったんだよ」
「なんか想像つくな」
「本当にそうなのか?って念を押したら、あいつ何て言ったと思う?」
「さあ」
「僕の仕事は気持ち良くシュートを打てるお膳立てをすることです。それがチームを勝ちに導くのなら、僕は僕の得点が0点であることを誇りに思います……あいつ、そう言ったんだよ。高一でさ、普通そんなこと言えると思う?俺は絶対無理だな」
「あいつ、中学の時、どんなバスケをしてきたんだろうな」
「分かんないなあ。分かんないけど、あいつならレギュラーになっても……レギュラーになってほしいなあ」
「杵鞭さんは、案外そんな矢島を警戒してるのかもしれないな」
「しかしさあ、今日の先生、ピリピリしてたなあ」
「俺も最初から見てた訳じゃないから、詳しいことは分からないが、日下部さんの話だと『帰れ』って一喝したらしい」
「えっ、そうなの?」
「日下部さんも何だろうと思って行ったら、すげえ顔で杵鞭さんを睨(にら)んでたらしい」
「何にも言わないでいきなり来たんだから、先生が怒るのも分かるけど、そこまでしなくても……」
「先生は正しいよ」
「そうかあ?」
「よく考えてみろよ。今俺達は超大型巨人の対抗策を練習してんだぜ。日下部さんに左側の方を案内しろって先生が言ったの、覚えてないか」
「えっ、どうだったかな」
「右側は俺達が使ってる用具室だろ。そこには何がある」
「何って?」
「踏み台があるだろ」
「あっ、そう言うことか……いや、でもさ、用具室に踏み台があってもおかしくないだろ」
「そう言うところに気がつくんだよ、杵鞭さんは。視野が広いって言うのは、そう言うことだと、俺は思う」
「考え過ぎだと思うけどなあ」
「それに、今日はたまたま俺達が外周をしているときに来たけど、もしその練習をしているときに来たらどうする」
「それは、そうだな」
「秘密練習をしてるのはそれだけじゃない。神代戦に向けてやってるフルコートプレスもそうだし、万一矢島の考えたセットプレーを見られたら……」
「ああ……」
「スパイと言われても文句は言えないだろ」
「俺は練習だけで手一杯だよ。お前、よくそんな事に気がつくよな」
「……そう言えば、先生何も聞かなかったな」
「何を?」
「矢島の感想」
「……ああ、杵鞭さんとの?」
「ビデオに撮ってたから、聞く必要はないかもしれないが……」
「聞いたところで、俺達がどうこう出来ることじゃないだろ。相手は杵鞭さんなんだから」
これには何も答えなかった笛吹だが、特に深い意味は無かったようだ。答えるのが面倒くさかった。ただ、それだけのようであった。
夜の深まりが静かに押し寄せてくる。
申し合わせるわけでもなく二人は自転車に乗ると、LEDの光が夜道を速く移動し始めた。
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更新は毎週土曜日の14:00の予定でしたが、執筆の時間確保が難しくなってきたため更新は不定期になります。何卒ご了承下さい。
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