第四章 インターハイ予選 七 まさかの来訪

 十川(そごう)が山並に到着したのは、フットワーク後のシュート練習をしている時だった。


 体育館に足を踏み入れると、杵鞭が洋と組んでシュート練習しているのを見て、十川は随分不思議な気持ちに駆られたが、藤本を見つけると室内用の靴に履き替えて足早に歩み寄った。


 日下部は十川に気がつくと、大声で集合の合図を掛けた。


 十川は藤本を初め山並のメンバーに向かって杵鞭の非礼を真っ先に詫びると、その後藤本から事のあらましを聞いた。


 杵鞭のせいで女子バスケットとチアが練習の中断を余儀なくされた事を知ると、十川は安東と伊藤の所にも顔を出して頭を下げた。


 山並のメンバーは杵鞭がこっぴどく怒られると思っていたが、その場で十川が杵鞭を叱ることはなかった。


 ただ、それは帰り際のことだった。十川は洋を一瞥(いちべつ)すると、ほんの一瞬ではあったが、不敵な笑みとも取れる笑みを浮かべた。


 洋を含めた山並のメンバーは、二人を見送るために整列、当然のことながら、その時は全員十川を注視していた。


 十川の一瞥に気がつかなかったのは一人もいない。しかし十川の手前、露骨に洋の様子を窺(うかが)うのは、ただ一人の例外を除いて、誰もいなかった。


《あれっ?いつもと違うな》


 菅谷は、洋がきっと困った様子を見せているだろうと思っていたが、予想に反して、洋は臆することなく十川と杵鞭を正視していた。


 そんな洋に、菅谷は違和感よりも拍子抜けを感じたが、王者の監督と主将相手ともなれば、それが当然だろうとも思えた。


 二人の姿が体育館の正面出入口から消えた。


 しばらくして、十川を見送った藤本が戻ってきた。


「練習再開だ」


 事の後だけに、藤本の気合いの入れようはいつもよりも激しく強かった。


 日下部も、


「エンジン全開で行くぞ」


 と発破を掛けた。


 藤本の意を汲んだ、主将としての掛け声だと誰もがそう思ったことであろう。しかし、日下部自身は果たしてそれだけの思いであったのであろうか。


 一方、帰路についた十川と杵鞭はしばらく何も話さなかった。杵鞭から十川に話しかけられないのは無論その通りだとしても、十川が杵鞭に話し掛けなかったのはそれなりの理由があった。


 藤本は、十川の乗ってきた車のある駐車場まで送って行く途中、二人の1ON1をビデオに撮ったことを告げた。しかも、そのビデオを十川には渡さないことも。


 藤本は無断で来訪したことに対する、これは賠償だと十川に言った。


 十川は苦笑いするしかなかった。


 とは言え、指揮官と言う立場上、その1ON1がどのようなものであったのかはやはり気になる。


 十川は杵鞭にどのように尋ねれば、杵鞭の本音を100パーセント聞き出せるか考えていた。


 三回目の信号待ちのとき、ようやく十川が口を開いた。


「藤本さん、相当怒ってたな」


「はい」


「ピリピリしていたのが電話口でも分かったからな」


「でも、悪いのは僕なので」


「そうだ。お前が悪い。何の事前連絡も無く、俺にさえ何も告げず、勝手に出向いた。もし逆の立場だったら、俺も藤本さんと同じように怒っていた」


「済みませんでした」


「お前は中越平安のキャプテンであり、日本代表でもある。このような軽はずみな行動は今後二度とするな。分かったな」


「はい」


 信号が青になった。


 十川は車を走らせた。


「しかし、何だ、まさかお前がこんな身勝手なことをするとは、さすがに考えてもいなかった……で、どうだった」


 杵鞭は即答しなかった。


「……日下部は」


 そう言うと、杵鞭は一旦口を閉じた。


 杵鞭の脳裏に日下部との会話が蘇(よみがえ)った。


 それはフットワークの練習が終わってシュート練習に移る時の合間であった。杵鞭は日下部の所に行くと、


「日下部」


 と呼びかけた。


「どうした?」


「悔しくはないのか」


 杵鞭は日下部に配慮して小声で尋ねた。


「何が?」


「4番を背負った者がベンチに座っていて良いのか」


「主将であっても、レギュラーであるとは限らない」


「それがお前の答えか?」


「先生が決めたことだ」


「人のせいにするのか」


「……これだけは言っておく。矢島はお前を越えるぞ」


 車が道路を走り抜けている。


 十川が横目で杵鞭を見た。


「……日下部は決して悪いプレーヤーじゃありません。むしろ、全国でも上位のプレーヤーだと思います。その日下部がレギュラーから外れた。しかも、その後釜に入ったのが背の低い一年生。あのビデオを見るまでは信じられませんでした」


「まるで日下部の仇討(かたきう)ちをするみたいな言い方だな」


「俺は、あの17番を潰そうと思ってました」


「だろうな。お前は相手がどんなに格下であろうとも、決して手は抜かない。対戦相手に同情したくなるほど、完膚無(かんぷな)きまでに相手を全力で叩きのめす。お前はそう言う男だ。立志戦のビデオを見ていた時のお前の目つきは尋常ではなかったからな」


「それは……ちょっと違います」


「違う?お前らしくない発言だな」


「叩き潰す気持ちはその通りですが、全力で潰そうとは思っていませんでした」


「なぜ、そう思った?」


「認めたくなかったからです。でも、結果は……17番が俺を試していたような……」


「さっき、奴をちらっと見たが、良い面構えだった。どうだった、奴との1ON1は?藤本さんの大サービスだからな」


「サービスですか?」


「そりゃあそうだろう。誰だって手の内を見せたくはない。しかし、それを敢えて行ったのは、あの17番に杵鞭というプレーヤーに少しでも触れさせておきたいという考えがあったからだろう。お前のためにした訳ではない」


「そうですね」


「しかし、それは同時にお前が17番に触れると言うことでもある」


 杵鞭はフロントガラス越しに見える風景を朧気(おぼろげ)に見ている。どうやら洋との1ON1を回想しているようだ。


「1ON1は、お互い攻守3セットずつしました」


「オフェンス、ディフェンス、どっちが良かった?」


「両方です。強いて言えば、ディフェンスです」


「なぜそう思った?」


「三回目の時、ボールを取られました」


「ほうっ。奴の本気度はどのくらいと感じた?」


「100パーセント……いや、奴のオフェンスのことも含めて考えれば、100は行ってないと思います」」


「それで取られたのか」


「一回目、俺はフロントチェンジしか使いませんでした。それは奴の力量を計るためであり、これで勝たなければ意味が無いと自分を追い込むためでもありました。しかし結果は8秒に引っ掛かりました」


「二回目は?」


「全力でやらなければ潰すことは出来ないと思いました」


「結果は?」


「インサイドレッグを使って、勝ちはしましたが、でも、それが目的ではないので」


「お前にインサイドレッグを使わせたのか?それは確かに驚きだ。で、三回目は取られたと……」


「あんなに綺麗にスティールされたのは初めてです」


「オフェンスはどうたった?」


「三回ともフロントチェンジしか使いませんでした」


「勝敗は?」


「一回目は同じです。17番も8秒に引っ掛かりました。二回目は抜かれました。三回目は……引き分けです」


「逆だな。潰すどころか、お前は17番の試金石にされたってことじゃないか」


「それはさっき自分で言いました」


《珍しく熱くなっている》


 十川はそう思うと、敢えて何も言い返さなかった。


「つかみ所がないんですよ……上手く言えないんですが、とにかくビデオで見た印象とは全く違う、初めてのタイプです」


「しかし、収穫はあった」


「俺はひとつ質問をしました。新聞に載っていたあのプレー、あれは必要のないプレーではないのかと……そうしたら、奴は一言こう言いました。僕は僕の信じるバスケに向かって突き進むだけです……あれは、強いですよ」


「立志をマークしていたはずが、まさかの山並か……それにしても、山並は良い環境で練習をしてるな」


「そうですよね。あんな良い体育館を持っているとは思っていなかったです」


「違う」


「えっ、何がですか」


「チアに女子バスケ、男としては遣り甲斐があるだろ」


「そんな所を見てたんですか」


「そりゃそうだろう。あれだけ女の子がいれば、練習にも気合いが入るだろ。練習試合はいつも山並がうちに来てたからな。次はうちが山並に行くとしよう」


 十川がどこまで本気で言っているのか、杵鞭には分からなかった。しかし、収穫は確かにあった。いや、俺は虎の尾を踏んだのかもしれない。


 帰り際、杵鞭は藤本と山並メンバーに頭を下げて、改めて非礼と御礼を告げた。そして最後、洋の所に行くと、杵鞭は先程の質問をここで尋ねたわけだが、実はもう一言、洋から言われたことがあった。それが次の言葉である。


「自分の実力が並の高校レベルではないと言うことを、杵鞭さんとの対戦ではっきりと自覚することが出来ました。有難うございました」


 このまま対戦せずにインターハイ予選を迎えていたら、今抱えているモヤモヤを当日に抱いていたに違いない。迷いはプレーの切れを鈍くさせる。それは敗北に直結する。


予選までもう二週間もない。


 洋に対する分析もさることながら、まずするべきことは山並先発全員の技量を分析、それにどう対応するかどうかだ。杵鞭はそう思うと、十川と二人きりで話せるこの機会を逃すまいと、質問事項を考え始めた。


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