第四章 インターハイ予選 二十七 準決勝 中越平安VS立志北翔 第一クォーター ―ディフェンスの福田、オフェンスの杵鞭―

 この体育館で行われる準決勝は一試合。


 残りのもう一試合、つまり山並の試合は別の体育館で行われる。


 使用するコートは二面あるうちの舞台側の一面のみで、コートは舞台に平行している。


 出入口側に面しているもう一面のコートには、体育館シートが敷かれた上に用意されたパイプ椅子に、生徒の保護者達が座っていて、選手の入場を今か今かと待っている。


 更にその後ろには、ローリングタワー(仮設足場)が設置されており、そこに置かれたテレビカメラをカメラマンが中継に備えて何やら調整をしている。


 保護者席側から見て、中越平安のベンチは右側、立志北翔が左側。右サイドの二階席には『常勝』の垂れ幕、左サイドには『必勝』の垂れ幕が掲げられている。


保護者席に挟まれた中央には実況席が設けられており、ちょうど今男性アナウンサーと解説者が座ったところであった。


 誰もが思っているであろう、実質の決勝戦がいよいよ始まろうとしている。


 プツッとマイクの電源が入った音がした。


 ざわめく話し声が少しずつ小さくなっていく。


 両校を紹介する女性のアナウンスが流れた。


 両サイドの出入口が開いた。


 大きな拍手が館内の隅々にまで響き渡っていく。


 二階席も超満員である。


 その中には、福田の彼女である波原の顔も見えた。


 入ってきた選手達がベンチに向かう者と保護者席側に向かう者に別れた。保護者席側に向かった者達はベンチ入り出来なかった部員である。両チーム共にその手にはメガホンを持って、保護者席の横に立ったまま陣取った。


 ベンチ入りした両チームのメンバーはボールを手にしてコートに出て来ると、リングに向けてシュートを打ち始め、しばらくすると、中越・立志共にランニングシュートに切り替えた。


 試合開始三分前のブザーが鳴った。


 コートにいた選手達が各々おのおののベンチに戻っていく。


 監督のもとに選手達が集まった。


 塚原、十川共に選手に向かって何やら話し始めた。


 館内が再びざわついている。


 話を先に終えたのは塚原のようだ。立志のキャプテンである多々良がジャージを脱ぎ始めた。


 すると、


「立志!北翔!」


 と、メガホンを持った部員達が一斉に声援を送った。


 すると、それを聞いた中越側も負けじと、


「王者!中越!」


 と雄叫びを上げた。


 さすがはバスケット大国新潟県の二強、試合前の応援合戦から早くもヒートアップ、お互い一歩も引かないという姿勢がありありとうかがえる。


 この試合、果たして勝つのは……


 審判が試合一分前のホイッスルを吹いた。


 先発を言い渡されたメンバーがジャージを脱ぎ終えた。


 中越の先発五人が、立志の先発五人が、センターサークルへと向かって行く。


 コートに出揃った両チーム。


 その顔ぶれはそれぞれ次の五人である。



 中越平安 ユニフォーム淡色(白 ユニフォームの縁取りは青)


 PG 杵鞭勇也きねむち ゆうや 背番号4 172センチ 三年生。右利き 

 キャプテン。


 SG 漆間武人うるま たけひと 背番号7 176センチ 三年生。右利き


 SF 戸沢伊織とざわ いおり  背番号8 181センチ 三年生。右利き


 PF 脇坂蓮わきさか れん(兄)背番号26 206センチ 一年生。右利き


 C  脇坂淳わきさか じゅん(弟)背番号39 206センチ 一年生。右利き



 立志北翔 ユニフォーム濃色(臙脂えんじ


 PG 福田悟ふくだ さとる 背番号5 175センチ 三年生。右利き


 SG 野上修一のがみ しゅういち 背番号7 186センチ 一年生。右利き


 SF 多々良一友たたら かずとも 背番号4 188センチ 三年生。右利

 き キャプテン。


 PF 島崎凌久しまざき りく 背番号6 192センチ 三年生。右利き


 C  松山瑞希まつやま みずき 背番号8 190セン 三年生。右利き



 杵鞭が多々良に握手を求めた。


 福田が漆間と握手を交わした。


 のメンバーもそれぞれ握手を交わした。


 センターサークルに入ったのは、中越が脇坂蓮、立志が松山。


 ついさっきまでざわついていた体育館内が水を打ったように静かになった。


 十川は椅子に座っている。


 塚原は立ったままコートを見ている。


 審判がホイッスルをくわえた。ボールを両手に持った。トスを上げるような姿勢を取った。


 ボールがふわっと宙に浮いた。


 蓮がジャンプ。


 松山は軽くジャンプしただけ。


 蓮がボールをはたき落とした。


 手にしたのは、杵鞭。


 新潟二強の火蓋が今此処に切られた。


 漆間は杵鞭に向かって落ちていくボールを見た瞬間にダッシュ。


 杵鞭はボールを手にするやいなや、漆間にパス。


 漆間、そのままドリブル、一気に駆け上がり、リング正面に向かってランニングシュート。


 しかし……


 そのタイミングに合わせて後方から来た野上がジャンプ一閃。


 パーン。


「おおっ」


 驚きともどよめきともつかぬ観客の声が館内を包み込む。


 はじかれたボールは多々良のもとへ……


 攻守があっと言う間に切り替わった。


 多々良はそのままドリブル、一気にリングに向かいランニングシュートを決めた。


「ナイッ、シュート」


 メガホンを持った部員達が一斉にコールした。


 しかし、立志の先発メンバーは先制点の余韻に浸ることなく、自陣に向かって急いで下がっていく。


 多々良を追走した戸沢がボールを拾った。


 そのままエンドラインの外に出た。


 さあ、反撃だ。


 そう思って振り返ったはずが、戸沢が目にしたのは、杵鞭をピタッとマークする福田であった。


 の立志メンバーはペイントエリアの四隅にポジションを取りつつある。中越側から見ると、前列は右に多々良、左に野上、後列は右に島崎、左に松山というポジションである。


 それを見た十川は、


《初っ端からボックワン。それも福田はバックコートから……あの17番の影響か?》


 と胸の内でつぶやいていると、


「戸沢」


 と、左サイドにいる漆間が声を掛けた。


 戸沢はフリーの漆間にスローインを入れようとした。


 が、


「俺に回せ」


 と、コート中央にいる杵鞭が叫んだ。


 戸沢は杵鞭を見た。


 何時いつにない、杵鞭の鋭い眼光。


 戸沢は杵鞭にボールを出した。


 スローインを受け取った、杵鞭。


 両腕を広げて杵鞭を凝視する、福田。


 バーン。


 コートに弾かれたドリブルのボール音が体育館内に響き渡った。 


 振り向きざまにドリブルをした杵鞭は右サイドを駆け上がる。


 しかし、福田の第一歩は予想以上に速い。すぐにドリブルコースをつぶした。


 杵鞭、フロントチェンジ。


 福田も素早く反応。


 両者のシューズがキュッと音を立てる。


 杵鞭、フロントコートに向かう。しかし押し返されて鋭角に切り込めない。


 と、ここでロールターン。


 今度こそ、抜けるか?


 しかし、それでも福田は離されない。


 杵鞭、足を止めてその場でドリブル。


 センターラインはまだ遠い。


 杵鞭、フロントチェンジ、左サイドから福田を抜こうとした。


 ピー。


 審判のホイッスルが聞こえた。


 試合が止まった。


 審判は両手を上げて八本の指を見せた。


 杵鞭が8秒ルールのバイオレーションを取られた。


 館内に何とも言えないどよめきが沸き起こった。


 波原が嬉しそうに笑った。


 十川は少し苦笑した。


 塚原だけが表情を変えず、じっとその様子を見ている。


 野上がサイドラインの外に立った。


 その後ろでは、保護者席にいる数人が団扇うちわで顔をあおいでいる。


 審判が野上にボールを渡した。


 福田がトップから野上のいるサイドに寄った。


 野上が福田にボールを入れた。


 杵鞭が福田のマークに就いた。


 福田は杵鞭のディフェンスを気にしながら、トップの位置に向かい始めた。


 立志のセットオフェンスは3アウト2イン、対する中越のディフェンスはマンツーマン。共にいつも通りのフォーメーションである。


 多々良が左45度の位置から少しセンターラインに寄った。


 福田は多々良にパスを出した。


 多々良はそのまま松山にパス。


 松山はシュートを打つと見せ掛けて、ペイントエリアはミドルポストに向かってドリブルインを仕掛けた。


 すると、それに呼応するかのように、多々良がエンドライン沿いに回り込んだ。


 松山はドリブルを止めて、多々良にパスをする素振りを見せた。


 が……


 福田がそれより少し遅れて左45度に向かうと、松山は福田にパス。


 福田はボールを手にすると、すぐにシュート。


 杵鞭のマークを上手く外した福田のシュートは、しかし、リング手前に蹴られて宙に舞った。


 それを見ると、野上と島崎は逸早いちはやく自陣に戻り始めた。


 福田のシューズもキュッと音を立てた。


 リバウンドを取った淳が杵鞭にボールを出した。


 杵鞭はフロントコートに向かおうとした。


 が、そこには既に鋭い眼光を放つ福田の姿が……


 ポーカーフェイスで福田を見た杵鞭は間髪入れずドリブルダッシュ。


 福田、引き離されることなくディフェンス。


 杵鞭、左足に体重を移動、と同時にドリブルしている右手をボールの内側にひねった。


 福田は杵鞭の左肩が進路方向に動いたと判断、フロントチェンジを仕掛けてくると思い、左足から右足に体重を移動させようとした。


 が、杵鞭は内側に捻った手首を元に戻して、そのまま右手でドリブル、一瞬の隙を突いて一気に駆け上がった。


 インサイドアウト!


 それでも、福田は右足に移り掛けた体重を膝と足首をエアサスペンションのように使って吸収すると、更にその右足でコートを蹴って杵鞭に追いつこうとした。


 しかし、杵鞭はここでフロントチェンジ、ボールを左手に持ち替えて、完全に福田のバランスを崩した。


 左45度はスリーポイトンラインの辺りにいた漆間がセンターライン寄りに動いた。


 杵鞭がパスを出した。


 漆間はボールを手中に収めると、左手でドリブルインを敢行。


 松山が漆間のマークに就いた。


「漆間」


 杵鞭の声が後ろから聞こえた。


 漆間はドリブルをめると、前を向いたまま後方へワンハンドでバウンドパス。


 杵鞭、ボールを手にすると、ワンツーのリズムでジャンプシュート。


 ザッ。


キャプテンの杵鞭がドリブル突破そしてシュートを決めた一連の流れに、中越ベンチは興奮と歓喜で一斉に立ち上がった。


「ナイッ、シュート」


松山がネットから落ちて来たボールを直接受け止めた。そのままエンドラインの外に出ると、福田にスローインを入れた。


 杵鞭、漆間、戸沢の三人は立志が速攻を仕掛けてくるのかどうか、その出方を探りながらバックランで自陣へと戻っている。


 福田がドリブルを開始した。しかし、その歩みは彼等の考えとは裏腹になぜか緩やかであった。


 立志のメンバーが各ポジションにいた。


 多々良の足が二歩、三歩と後方に下がった。


 福田、多々良にパス。


 多々良、戸沢と対峙たいじ


 0度にいる松山が多々良に寄った。


 多々良、松山にパス。


 松山がシュートを打つ体勢を見せた。


 淳、両手を上げてディフェンス


 と、ここで多々良がカットイン。


 松山、右手でワンハンドパス。


 多々良、ボールをキャッチ。


 抜かれた、戸沢。


 しかし、多々良の前後にはまだ超大型巨人が二人もいる。


 ペイントエリアに切り込んだ多々良の選択は……


 ワンステップでのランニングシュート。


 全く予期していなかったプレーに、蓮と淳はディフェンスに向かうタイミングいっしてしまった。


 多々良の手から離れたボールがバックボードに当たってネットを揺らした。


「ナイッ、シュート」


立志の大声援が選手に向かって飛んだ。


 しかし、大声援の余韻に浸ることなく、多々良以外のメンバーは既に自陣に戻り始めていた。


 立志に守備陣形は取らせない。中越もすかさずフロントコートへと動き出している。


 しかし、ボールを持った杵鞭の出鼻を背番号5がくじく。


《福田》


 切れ味鋭い剃刀かみそりのような眼光が杵鞭を射貫く。


 見返す、杵鞭。その表情は、しかし、それでもポーカーフェイスは変わらない。


 杵鞭……ドリブルラン。


 福田が圧力を掛けてフロントコートに近づけさせない。


 しかし、杵鞭は速い。ドリブルコースがふさがれる前に福田と横並びになった。


 それでも、福田の圧力は衰えない。


 と、その瞬間、杵鞭はドリブルをしている右手でボールを前方に押し出した。


 宙に浮くボール。


 追い掛ける、両者の足。


 ボールがワンバウンドした。


 ボールに触れようとする、杵鞭の右手と福田の右手。


 先に触れたのは……


 杵鞭!


 福田を左腕で後方に押し返しながら、再度ドリブルをすると、一気にリングへと向かってランニングシュート……


 島崎がブロックショットに跳んだ。


 が……


 杵鞭は島崎をギリギリの所まで引き寄せ、自分の体がコートに落ち始める直前、島崎の左脇に素早く右手をくぐらせて蓮にパス。


 蓮、ワンドリブル、そしてリング下からシュート。


「ナイッ、シュート」


 中越の応援も負けていない。コートにいなくても、彼等もまた六番目の選手として戦っている。


 福田が島崎からのスローインを受け取った。


 島崎が福田のすぐ横を走り抜けた。


 その一連の動きがひとつのリズムとして完結すると、福田は遠目にポーカーフェイスの杵鞭を見つめつつドリブルを始めて、ゆっくりフロントコートへと向かい始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る