第四章 インターハイ予選 二十八 準決勝 中越平安VS立志北翔 第一クォーター ―拮抗―

 立ち上がりは五分と五分。


 お互い持ち味を出すのはまだまだこれからである。


 試合の流れを先に引き寄せるのは、果たして中越か立志か。


 福田がじわりじわりとフロントコートへ近づいて行く。


 塚原が仁王立ちで見ている。


 十川は無表情ではあるが、まだ余裕が感じられる。


 センターラインを越えたところで、杵鞭が強く当たり始めた。両手を上げて、隙あらばと手を出してドリブルカットをねらってくる。


 しかし、福田は杵鞭とボールの間に自分の体を入れてドリブルカットを防ぎながら、じりじりとスリーポイントラインに近づいていく。


 スリーポイントラインの内側にいた野上が右サイドライン寄りに動いた。


 福田、ワンハンドで野上にパス。


 十川の目に野上の顔が映る。


漆間が野上の足元を見た。


 野上の足はスリーポイントラインをまたいでいる。


《下手に近づくと抜かれる》


 漆間はそう考え、ほんの少し距離を置いて野上を見ていた……


 と、その時だった。


 やや前傾姿勢からいきなりジャンプ、そして……


 見上げる漆間の目には、シュート体勢の野上が……


 だが、野上のシュートは手前のリング当たり撥(は)ね上がった。


 蓮がリバウンドに跳んだ。手中に収めると、杵鞭にパスを出そうとした。


 しかし、福田がパスを出させない。


「蓮」


 漆間が叫んだ。


 蓮は漆間にパスを出した。


 立志のメンバーは福田が杵鞭を抑えている間に早くも自陣に戻り、ゾーンディフェンスの陣形を取りつつあった。


 そんな立志の攻守の切り替えを見ながら、十川は、


《あの漆間が反応出来なかった……思っていたより厄介だな》


 と、野上に対する警戒を更に強めた。


 漆間はドリブルしながらフロントコートへ向かい出すと、そのままドリブルインを狙った。


 すかさず、野上がマーク。


 漆間、足を止めてその場でドリブル。


 杵鞭が漆間をカバーするために後方に回った。


「漆間」


 杵鞭の声をとらえると、漆間は無理をせず杵鞭にボールを戻した。


 杵鞭はドリブルしながらトップに移動、右にいる戸沢をチラッと見た。


 福田はその目の動きを見逃さなかった。


 が……


 予想に反して、杵鞭はフロントチェンジをして右手から左手にボールを持ち替えると、一気にドリブルイン、リングに向かった。


 福田、追走。


 野上も向かった。


 ダブルチームで杵鞭を抑えに掛かる。


 しかし、杵鞭はその直前で漆間にノールックパス。


 漆間、シュート。


 松山が頭上を越えていくボールを見上げた。


 バン。


 ボールはリングに当たると、その付け根の上を転がり反対側に落ちた。


 島崎がリバウンドに跳んだ。タイミングは申し分ない。


 しかし……


 島崎の伸ばした右手を追い抜いた別の右手がボールに触れた瞬間、島崎の視界からボールが消えた。


 蓮はコートに着地すると、頭上にボールをキープしたまま、手首のスナップを利かせてシュート。


 ボールはバックボードに当たってネットを軽やかに揺らした。中越6点、立志4点


「ナイッ、シュート」


 メガホン軍団の大声援もまた勢いの波に乗りつつある。


 保護者席からの拍手がまない。


 コートに落ちてバウンドしたボールを松山が拾った。


 福田がスローインを受け取りに行った。


 波原が友達と一緒に福田を見ている。


 ドリブルしながらフロントコートに近づきつつある福田はスローペースをくずさない。


 杵鞭は変わらずポーカーフェイスで福田を待ち受けている。


 福田の足がセンターラインを越えた……


 と同時に、トップからペイントエリアに向かって左手でドリブルイン。


 追う、杵鞭。


 福田、ペイントエリアに両足が入ったところで杵鞭に止められた。


「福田」


 多々良が声を掛けた。


 福田、ドリブルをめて左斜め後方にいる多々良にパス。


 多々良、ボールを手にすると、間髪入かんはついれずドリブルをしながらトップに移動。


 ここで、野上が多々良に向かって走り出した。


 漆間、追走。


 多々良が足を止めた。


 野上が多々良の前を走り過ぎる。


 漆間が多々良のスクリーンに止められた。


 多々良、フリーになった野上にパス。


 野上、リズム良くジャンプシュート。


 ボールが綺麗な弧を描いてリングに向かっていく。


 ザッ。


「ナイッ、シュート」


 立志の六番目も一歩も引かない。その闘魂とうこんを見せつけるかのような大声援を送ると、保護者もそれに刺激されて、声援もどんどんふくれ上がっていった。


「どうだ、感触は」


 自陣に戻りながら、多々良が尋ねると、


「いけます」


 と、野上は力強く答えた。


 それにしても、シュートが決まったあとの立志の戻りは本当に早い。


 コートでは、杵鞭が福田の厳しいマークを振り切ろうと、右に左にと揺さ振りを掛けながらフロントコートへと向かっている。


「杵鞭」


 漆間が叫んだ。


 漆間と目が合った。


 杵鞭はセンターラインを越えずにパス。


 漆間がスリーポイントラインの外でボールを受け取った。


 福田を除いた四人はゾーンディフェンス。


 一番近くにいるのは野上。漆間には執拗しつように当たることはせず、自分の守るべきエリアで漆間の出方を見ている。


 漆間が動いた。ペイントエリアに向かって左手でドリブルイン。


 野上、すかさずマーク。


 松山は野上のカバーに入る体勢。


 漆間、足を止めると、野上の左脇下に右手をくぐらせ淳にパス。


 それを見た松山はサイドステップをしながら両手を上げ、淳に対してディフェンス。


 淳は松山を確認しつつワンドリブルしてリングに向かうと、ここで松山のディフェンスをかわし、右足を踏み込んでのステップインシュート。


 ボールはバックボードに当たり、軽やかにネットを揺らした。


 中越メンバーが自陣へ戻っていく。


 対して、立志は松山がボールを拾うと、野上が近寄ってボールを受け取り、エンドラインの外に出た野上が福田にボールを出した。


 十川が試合の様子を見ている。


 ゆっくりとフロントコートへ向かっている、福田の足。緩やかなドリブルのテンポ。


 杵鞭が福田を待ち受けている。


《さっきと同じパターン》


 杵鞭の勘は当たった。


 センターラインを跨(また)いだと同時に、福田がコート中央から右サイドへ一気に切り込んで来た。


 反応する杵鞭の一歩。速い。


 福田はスリーポイントラインの手前でドリブルコースをつぶされると、そこで一旦立ち止まり、ドリブルしながらコートを見渡した。


 野上がフリースローサークルの中に入った。


 福田、オーバーヘッドで野上にパス。


 野上、ボールをキャッチ。


 漆間は少し腰を上げてシュート対応に臨んだ。


 島崎がペイントエリアはミドルポストに入って来た……


 と、その瞬間だった。


 漆間に背を向けている野上は右に行くと見せ掛けて左にターンをした。


 不意を突かれた、漆間。追走しようとしたが、島崎が邪魔で追えない。


 野上、右手でワンドリブル、そしてワンツーとステップを踏んだ。


 蓮と淳、二人掛かりでブロックショット。


 野上の前に巨大が壁が……


 しかし、野上はボールを左手に持つと、まるで左右の巨大な扉が閉じ掛けているかのようなそのわずかな隙間すきまに左手をじ込み、スナップを利かせてシュートを放った。


 ボールがリングの内側に当たった。


 外に弾(はじ)かれるか?


 そう思われたが、勢いをがれたボールはネットに向かって落ちて行った。


「ナイッ、シュート」


 立志のベンチが、そしてベンチ入り出来なかったメガホン軍団が大声援を送った。


 中越8点、立志8点。これで得点は再びイーブン。


 が……


 仁王立ちしている塚原はなぜか眉をひそめた。


 松山と島崎は早くも自陣に戻っている。


 野上も攻守の切り替えを素早く行いバックランをしていた。


 多々良がスッと近づいて来た。


「野上」


 その口調は少しきつかった。


 野上は横目に多々良を見遣ると、


「分かってます」


 と、だけ言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る