第三章 春季下越地区大会 十四 決勝
センターサークルにジャンパーが入った。山並は加賀美、立志は松山。
野上がチラッと目を見た。
《背番号12。こいつが新戦力の一人か》
12番と17番が山並の新戦力だと聞かされていた野上は、自分をマークする目にただならぬ雰囲気を感じた。一言で言えば、威圧感がある。野上は直感でそう思うと、同じ一年として油断は出来ないと気が引き締まった。しかし、もう一人の戦力と言われた17番には、
《こんなチビが新戦力?》
と、訝(いぶか)しくも滑稽(こっけい)に思えた。
《こいつがレギュラーなら、山並の実力も先生や先輩が言っていたほどではない》
野上はそう高を括った……
と、その時だった。
野上は洋と目(め)が合った。
見上げる洋の目は、まさに鷹の目という形容がピッタリ合っている眼光であった。
《何だこいつ……いや、待てよ。こいつどっかで見たような……》
と、思ったとき、主審がボールを上げた。
ジャンプボールを制したのは加賀美、そして、ボールを取ったのは……
「矢島」
そう叫んで走り出したのは、早田だった。
洋がボールを取るか取らないかのタイミングで早田が走り出したのは、暴走でも賭けでもない。過去の試合で似たような状況になったとき、洋は高い確率でボールを奪取する。その経験値が早田を走らせたのだ。
まさかこんなにも早く走り出すとは思ってもいなかったのだろう、多々良のマークが出遅れた。
洋がロングパスを出した。
早田はワンバウンドしたボールを手にすると、難なくレイアップを決めた。
山並VS立志北翔の口火が遂に切られた。
『必勝!立志北翔!』と書かれた横断幕が二階席から吊り下げられている。その後ろに立っているベンチ入り出来ない一人の部員が、
「立志!北翔!」
と言うと、残りの部員全員が同じように、
「立志!北翔!」
と、大声で校名をコール、それを繰り返し始めた。
それを見た鷹取は、
「すげえな」
と一言、そして隣にいた立花は、ただ唖然としていた。
野上からのスローインを受けた福田はドリブルしながら、ゆっくりとフロントコートへと向かい始めた。
洋はバックステップしながら一定の距離を保っている。
《状況判断が速い。しかし、日下部を引っ込めた理由はそれだけではないはずだ》
福田がフロントコートに入った。
《何だ、こいつ?》
福田がそう思ったのも無理はない。大抵の場合、ディフェンスをするときは、少なくとも肩の位置まで腕を上げ、相手の顔または胸より上を見る。しかし、洋は違った。グッと腰を落とし、両手を垂らしている。視線もマークする相手の腰よりも低い位置に落としていた。そのような体勢で尚且つ身長差が約12センチもあると、福田から見る洋のディフェンスはコートに這いつくばっているように見えた。
そして、洋に対し違う意味で《おやっ》と思ったのが野上だった。あの姿、どこかで見たような……
と思った瞬間、トップポジションから福田がドリブルインの態勢に入った。
洋もすかさず対応。
福田は足を止めると、そのままジャンプシュート……
洋もジャンプしてシュートカットに向かった。
しかし、福田のジャンプシュートはフェイク、洋のディフェンスを躱(かわ)して野上にパス。
野上はパスをもらうとすぐ右手でドリブルイン……
インサイドで仕事はさせない。そんな意気込みで目(さっか)は体を入れてドリブルコースを潰そうとした……
と、その時だった。
野上はステップバックするとそのままシュート、足はスリーポイントラインの外に出ていた。
目はシュートブロックにすら行けなかった。
「ザッ」
ボールは軽快にネットを揺らした。
二階席から、
「野上!野上!野上!野上!」
と、野上コールが四回続いた。
立志北翔のメンバーはその声援を聞きながら、バックコートへ戻って行った。
山並は、洋のスローインを受けた早田が洋にボールを戻した。洋はゆっくりとフロントコートへと向かい始めた。
目はきっとやり返しに来るに違いない。負けず嫌いであることを既に山並のメンバーから聞いていた野上はそのことを考えつつ目をマーク、左手でドリブルをする洋の動向を窺(うかが)っていた。
と、その時だった。何かが野上の脳裏にちらついた。
《左手でドリブルしながら近づいて来るこの姿……》
そう思った時、野上の頭の中で、目(め)の前の洋と中学時代の洋が、全く同じ写真を重ね合わせたかのようにピタッと一致した。
《あいつは!》
そう胸の内で呟いた瞬間、洋がインサイドに切り込み、一気にランニングシュートの態勢に入った。
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作品のお知らせ
カクヨムでは『サブマリン』を連載中ですが、kindle、iBooksでは有料で作品(長編二作、中編一作、短編多数)を公開しています。ただ、有料と言いましても、それほど高いものではないので、是非手にして頂けたらと思います。
作品はこれから順次紹介したいと思っています。
本日の紹介作品
タイトル:弁当の手紙
400字詰め原稿用紙換算枚数 32枚(縦書き)
所要読書時間30分~60分。
前書き
この小説は、短編小説を書いては出版社に送っていた時の作品のひとつで、私にとっては本格的に短編を書き始めた記念すべき最初の作品です。
時期は二〇〇四年二月です。
書くきっかけもなぜこれを最初に書こうと思ったのかも、もう記憶にはありませんが、前者に関してはおそらく新聞に寄せられた投稿ではないかと思います。この頃は、小説の題材を求めて、投稿のスクラップブックをせっせと作っていましたから。
お話は、もうすぐ定年退職を迎える夫とその妻の物語です。
夫には佐野周二さん、妻には八千草薫さん、田畑さんには野村昭子さんに演じて頂きました。
もちろん、私の頭の中の話ですけどね。
今の若い人達はご存じないでしょうが、知っている人が読まれたら、この配役になるほどなあと思われるかもしれませんね。
あらすじ
信夫は後数年で定年退職を迎える会社員だった。
ある日、いつものように帰宅すると、出迎えたのはお隣の奥さんだった。
話を聞くと、妻の秋子が救急車で運ばれたとのことだった。
驚いた信夫は急いで病院に向かうが…
これは、いわゆる団塊の世代にスポットを当てたある夫婦の物語です。
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