第三章 春季下越地区大会 十四 決勝

 山添をマークしている松山がブロックに跳んだ。身長差が洋に覆い被さって来る。


 しかし……


 洋は松山の体に自分の体をピタっと合わせると、その脇の下から左腕を伸ばし、手首のスナップを利かせて彼の背後から山添にパスを出した。


 山添はその場でセットシュート、ネットを軽やかに揺らした。


「今、洋さん何をしたのかしら?」


「早くてよく分からなかったな」


 そう、早くてよく分からなかった。だから、立志北翔の監督である塚原はパイプ椅子から立ち上がった。


 塚原繁雄、五十三歳。五年前に成し遂げた全国制覇の立役者であり、現指導者である。今は中越平安に後れを取っているが、このレベルの高さが、新潟県がバスケット大国であると言われる所以(ゆえん)でもある。


 塚原は試合に緊張感が走ると立ち上がって静観する癖がある。しかし、それが起きるのは大体試合の後半戦であり、シーソーゲームが繰り広げられている場合に限っての事と言える。しかし、第一クォーター開始後僅か二分足らずで塚原が早くも立ち上がった。塚原にそれをさせたのは、間違いなく洋が出したたったひとつのパスだった。


 腕組みをして仁王立ちする塚原に、福田は驚いた。が、語らずも伝わって来る塚原の真意は理解出来た。それを可能にするだけの練習を立志北翔もまた積んで来ている。


「野上、任せるぞ」


 福田はドリブルしながらそう言うと、野上もまた手を挙げて応えた。


 福田がフロントコートに入った。


 洋はやはり一定の間隔を保ってディフェンスをしている。


 福田が野上にパスを出した。


 目が身構えた。


 いきなり、野上がロールターンでドリブルイン、フリースローサークル内に入って来た。


 目はサイドステップで移動、インサイドに入れさせない体勢を取った。


 すると、左サイドにいた多々良が右サイドに移動、早田も追随……


 ここで、野上は自ら早田に体を寄せると、ドリブルを止(や)め、スクリーンで早田を止めた。


 フリーになったら多々良は野上からパスを受け取ると、リズム良くスリーポイントを放った。


「ザッ」


 二階席から、立志の歓声が沸き上がった。


 正昭と信子は固唾(かたず)を呑(の)んで見守っている。


 立志のメンバーが速やかに自陣に戻り、ディフェンスに付いた。


 試合開始後から約三分が経過した。


 試合展開は比較的スローテンポで進んでいる。お互い、力量と出方を計っているようだ。


 洋がドリブルしながらフロントコートへと向かい始めた。


 福田が一人バックコートに残り、洋を凝視している。


 洋が駆け出した。


 福田もダッシュ、洋のドリブルコースを潰した。


 洋はフロントチェンジで右手にボールを移動、ドリブル突破を狙った。


 が、福田の追尾も早く、またしてもドリブルコースを潰されてしまった。


 すると今度は福田を背にして体を反転させ、再度左手にボールを移動、尚もドリブル突破を狙った。


 が、これもまた福田に阻(はば)まれた……いや、それどころか……


「パーン」


 洋がスティールされた!


 福田は転々と転がるボールを拾い上げると、すぐにドリブル、リングへと向かい、ランニングシュートを決めた。


 洋はボールを拾うと、エンドラインの外に出た。


 スローインをもらうために、早田は洋のもとに来ると、


「らしくないぞ」


 と言った。


 これまで、洋がスティールすることはあっても、洋がスティールされたことは練習試合を含め、一度も無かった。さすがは福田と言ったところなのだろうが、それでも早田は腑(ふ)に落ちなかった。


 山並最強メンバーで試合に臨むのはこれで四試合目。新発田国際との対戦では、チームとしてそこそこ機能していた山並であったが、決勝リーグの一試合目はぎくしゃくした展開が何度か見られた。洋の描くパスのイメージが先走り、また洋の気負いもあったのだろう、連携がかみ合わず、パスミスが続いたのだ。


 藤本がいくらこのメンバーが山並最強だと言っても、ミスが続けばこれでいいのだろうかと疑問が生じる。パスミスを連発した当事者の洋は尚のことである。いかにセンスと技術が卓越していても、チームが機能しなければ意味がない。


 洋の脳裏には交替の二文字が過(よ)ぎり、数度にわたり藤本をチラッと見た。


 しかし、藤本は洋を交替させるどころか、「矢島、何よそ見してる」


 と、一喝(いっかつ)された。


 藤本の一喝は洋にのみ向けられたものだが、それを耳にした山並のメンバーはそれぞれ自分が一喝されたように思えた。


 それ以降、ベンチにいる控え選手も含め全メンバーが試合に集中、先発メンバーの連携も次第にかみ合うようになり始めた。


 ただ、それでも早田は未だこのチーム構成に抵抗感があった。



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