第三章 春季下越地区大会 十四 決勝

 第三試合である女子決勝リーグがもう間もなく終わろうとしている。


 コート脇には、山並、立志北翔共にその姿を現していた。


 山並と立志北翔は公式戦だけでなくこれまで何度か練習試合もしている。交流があれば多少はお互いの顔は知っている。さきほど早田が見に行こうぜと言ったが、あれは覗き見という意味ではなく、試合前の挨拶がてら見てみようという意味である。あの後、笛吹達は合流したが、洋と目は行かなかった。


 試合終了のブザーが鳴った。


 山並サイドのチームからキャーと悲鳴が上がった。コート上の選手の中には泣いている者もいた。ベンチにいる選手は椅子から立ち上がり飛び跳ねて喜んでいた。


 優勝の歓喜と余韻に浸っている選手を追い出すわけにはいかない。


 彼女達自らの意志でコートの外に出るのを待ち、ようやく誰もいなくなると、山並のメンバーがコートに立った。


「矢島、野上ってどいつだ?」


 目の問いに、洋は立志のメンバーを見渡すと、


「右45度から打ってる奴」


 と言った。


 目は野上を見た。ちょうどジャンプシュートを決めたところだった。


 シュートを念入りに行っている野上を、目は何も言わず見ている。


「矢島、目、何ぼーっとしてる」


 日下部が怒鳴った。


「すんません」


 洋は声を出して謝り、目は頭だけを下げて謝った。試合直前のアップはランニングシュートであった。


 ブザーが鳴った。


 コートにいる選手はそれぞれのベンチに戻った。


 と、ちょうどそこへ、正昭と信子が二階席に姿を現した。


「間に合ったな」


「あそこ、空いてるわよ」


 信子がそう言うと、二人は空席に向かった。


 ベンチでは、藤本を囲んでメンバー全員が立っていた。早田が、加賀美がジャージを脱ぎ始めた。どうやら藤本が先発メンバーを言い始めたようだ。


「洋は……やっぱり出るようだぞ」


 山添、目に続き、洋もジャージを脱いだ。ロイヤルブルーのユニフォームを着た先発五人が今ここに揃った。


「いいか、これから戦う立志北翔のチーム状況、特に堅固(けんご)な守備は昨年と変わることはない。しかし、その攻撃力は新戦力である野上の力量を考えれば、かなりアップしたと思われる。未知数の力にはこちらも未知数の力をぶつける。目、野上のマークにはお前が付け」


「はい」


「矢島」


「はい」


「福田と野上のコンビネーションがどの程度まで仕上がっているのかは分からない。だが、立志のゲームメイクは二人で一人であるのに変わりはない。お前はその連携を断て」


「はい」


 二階席からは、正昭と信子が洋の様子をじっと見守っている。


「こうして見ると、洋さん、一際背が低いのが目立つわね」


「さっきの試合、まだ気になるのか?」


「だって、あれはもう反則ですよ。見なければ良かった」


「でも、あの子が言ってたじゃないか。洋がもしバレーをしていたら、名セッターになっていたと思うって。洋がレギュラーになれたのは、藤本先生もそう思ったからじゃないかな」


「私、何だか息苦しくなってきた」


「お前が苦しくなってどうする?あっ、いよいよ始まるみたいだぞ」


 信子もコートに目を向けた。背の低いことが逆に洋を際立たせているようだ。センターラインに向かって歩いて来る洋がすぐ信子の目に飛び込んで来た。


 だが、どうも様子が変だ。


「洋さん、何してるのかしら?」


「誰かを探しているみたいだが……」


 洋は二階の観覧席を見回していた。正昭と信子に気づいた様子は見受けられなかったが、どうやら探し物は見つかったようだ。


  両チームがセンターラインを挟んで並んだ。


 立志の福田はそこに日下部がいないことに気づくと、山並のベンチを見た。


 日下部は藤本の隣に座っていた。


《うちにもすげえ奴が入ったって言ってたが、まさかこのチビも?》


 福田は見れば分かると言った日下部の言葉を思い返した。確かに、背番号12は見ただけで実力者である印象を受けた。しかし……


《この17番が日下部を上回るのか?》


 過去何度も対戦した相手である日下部。その実力を肌で感じているからこそ、どう見ても福田の目には洋もまたそうであるとは思えなかった。


 立志北翔の先発は次の五人。


 ポイントガード     福田  背番号5 175センチ。


 シューティングガード  野上  背番号7 186センチ。


 スモールフォワード   多々良 背番号4 188センチ。キャプテン。


 パワーフォワード    島崎  背番号6 192センチ。


 センター        松山  背番号8 190センチ。


 洋は福田に、目は野上に、早田は多々良に、山添は仮で島崎のマークに付いた。



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作品のお知らせ


カクヨムでは『サブマリン』を連載中ですが、kindle、iBooksでは有料で作品(長編二作、中編一作、短編多数)を公開しています。ただ、有料と言いましても、それほど高いものではないので、是非手にして頂けたらと思います。

作品はこれから順次紹介したいと思っています。


本日の紹介作品

タイトル:奇跡の一拭

400字詰め原稿用紙換算枚数 49枚(縦書き)

 所要読書時間40分~70分。


 前書き


 この小説は、短編小説を書いては出版社に送っていた時の作品のひとつです。

時期は二〇〇四年五月頃だったと思います。

 この小説を書くきっかけとなったのは、あるテレビ番組でした。

 番組名はもう忘れてしまいましたが、東野幸治さんと吉岡美穂さんが出演されていましたバラエティ番組です。その中で、病を扱うコーナーがあって、東野さんはお医者さんの役をされていたと思います。

 その時は、胃腸のお話で、それでお通じの話になったんですよね。

 で、その時に、東野さんが「一回目に拭いた時に何にも付いてないことがありますよね。あれって、奇跡の一拭ですよね」と言われたんです。

 わたしはそれを聞いて「面白いことを言うなあ」と思い、これで小説が書けないものだろうかと想像を膨らませて書いたのが、この『奇跡の一拭』なんです。

 だから、登場人物の名前は西野幸二と富岡美穂なんです。

 お話はちょっとした恋愛物語です。

 最後まで読まれて、ほのぼのとした気持ちになって頂けたら、幸いです。


 あらすじ


 西野幸二には、自分で名付けた『奇跡の一拭』という縁起担ぎがある。

 それが起きた時は、必ず何か良いことがある…と信じている。

 大阪から東京に転勤をして初めて出社したその日、幸二は富岡美穂と出会い一目ぼれする。

 この幸運は『奇跡の一拭』のお陰と信じ、幸二は美穂をデートに誘いたいと思うのだが…


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