第二章 新しいユニフォーム 九 切り札

 そして、更に静かで孤独な世界で試合を見ていたのが夏帆だった。矢島が肩で息をしている。とっても苦しそう。ハアハア言っているのがここまで聞こえて来そうなくらい。なのに、なのに、私は……


 夏帆には、もう洋しか見えていなかった。いや、夏帆の心の中で純粋に昇華した洋に捕らわれてしまったと言うのが正しいのかもしれない。


 ズームインでも起きたかのように、夏帆の瞳に洋が大きく映った。


 後一点コールが夏帆の回りで渦巻く。しかし、夏帆だけはただ一人あらん限りの声で、


「矢島、頑張れ」


 と叫んだ。


 時間が30秒を切った。


 青チームの当たりが更に激しくなった。


 日下部の意地とプライドの籠もったボールが、洋と笛吹のディフェンスを躱す。


 日下部は24秒バイオレーションを取られても良い覚悟があるのか?


「日下部さん」


 奥原が叫んだ。


 日下部は奥原を見た。


 迂闊(うかつ)にパスを出してカットされたらおしまいだ。しかし……


 日下部の目に一瞬早田が映った。


 その瞬間、奥原が回り込んで後ろからパスをもらおうとした。


 日下部は一旦奥原にパスをした。


 しかし、笛吹がそれに反応、奥原の手にしたボールを上から叩(はた)いた。が、時間を気にするあまり、余計な力が入り、ボールはバウンドしてコートの外へと消えつつあった。


 ここで流れが途切れたらおしまいだ。


 洋は突進した。その瞬時、右の目尻で目(さっか)と目(め)が合ったことを確認して……


 真っ赤なバスケットシューズがサイドライン手前のコートを踏み切った。

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