第三章 春季下越地区大会 六 帰路
服を着替えて外に出ると、西の空がもう赤く染まっていた。
マイクロバスは体育館入口の前で既に待機している。
メンバーはさっさとバスに乗りたいところだが、引率者である藤本がまだ来ない。各々、立ち話で時間を潰していたら、
「あれっ、そう言えば、日下部さんと滝瀬さんがいないな?」
と、洋が呟いた。
それを耳に留めた由美は、
「後で話があるからって、先生に言われてたよ」
と答えた。
「いつ?」
「試合が終わった直後。ほらっ、村上商業の先生が挨拶に来たじゃない。あの後だったと思う」
「ふーん……あっ、ボールは?」
「先生がお願いして、明日も来るからって、事務室で預かってもらった。あっ、先生来たよ」
見ると、日下部と滝瀬も一緒だった。
「みんな、揃ってるか?」
「はい、ちゃんと確認しました。大丈夫です」
由美が元気良く言うと、
「よし、じゃあ帰るぞ」
と言って、藤本はバスに乗るよう促した。
三年生から乗り込んで、二年、一年と続き、清水と由美が最後に乗るのを確かめると、今一度周囲を確認してから藤本が乗車した。
バスが発車すると、程なくして藤本が立ち上がり、明日の試合について話し始めた。
「明日のDブロック決勝の相手である新発田国際高校は、今日ほど楽な相手ではない。しかし、日頃の練習成果を出せば、確実に勝てる相手でもある。油断することなく、気負い過ぎることなく、平常心で闘うように。清水と羽田は情報収集をしっかりして来るように。いいな」
「はい」
そうして、今日一日の締めを言うと、藤本も椅子に座り、背もたれに寄り掛かった。
下道を走っている時にはまだ起きていた者も、高速に入る頃には寝入っていた。ただ、藤本の後ろに座っている由美だけは、興奮冷めやらぬようであった。
「先生」
「何だ」
「今日の試合の感想なんですけど、言ってもいいですか?」
「遠慮することじゃないだろ。気がついたことがあれば、どんどん言ってこい」
「……山添さんなんですけど、今日は生き生きしてましたよね」
「羽田もそう思ったか」
「練習試合を含めて、私はまだ二試合しか見てないんですけど、別人のように見えました」
「比較対照した場合、山添と目、山添と加賀美、どっちの方が比較しやすい?」
「……分かりやすいのはやっぱり、山添さんと目かな。二人とも攻撃するときに力を発揮するタイプかなって思います……でも、ポジション名で比較するのなら、やっぱり加賀美さんかなって……」
「それはどう言う意味だ?」
「まだ勉強中なので、分からない事があったら、いつも清水に質問しているんですけど、目はスモールフォワード、山添さんはセンター、加賀美さんはパワーフォワードだって聞いたんです」
「まあ、その通りだな」
「ポジションの役割も教わって、それを当てはめていくと、目と加賀美さんはなるほどなあって思うんですが、山添さんは違いますよね」
「羽田、お前は結構観察力があるな」
「先生もそう思ってたんですか?」
「山添がこんなにも鮮明に自己主張したのは、この試合が初めてだ。正直、俺も驚いた」
「センターはやっぱり山添さんでないと駄目なんでしょうか」
「代わりがいない」
「……でも、もったいないですよね。素人目にも攻撃力は目と変わらないと思うんですが……」
そう言った後(あと)で、由美は山添をある言葉で表現した。
「山添さんのプレーを見てて、そう思ったんです。目や加賀美さんはプレーにパワフルな感じがあるんですが、山添さんは違うんですよ。ふわっとした感じがあるんです。たんぽぽの綿毛みたいにふわっとした感じが……」
それを聞くと、藤本はちょっと笑って、
「お前は面白い表現を使うな……だが、確かに、山添には俺もその表現が一番合っていると思う。ありがとう、羽田。これで問題が解決しそうだ」
「本当ですか」
「女子の視点は、男にないものがあるな。羽田、俺はお前を頼りにするぞ。この調子で明日の偵察も頼むぞ」
「はい」
頼りにすると言われたのが余程嬉しかったのか、由美の笑顔は藤本の一生涯に残るほどのそれであった。
バスはいつしか夜のレールを走っていた。
目的の駅に着くまで、もうそれほど時間は掛からないであろう。
藤本は闇に流れる光の点を見ながら、残り二日のことを考えていた。
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