第三章 春季下越地区大会 五 山並VS村上商業

 山添は迷うことなく、もう一度スリーポイントを放った。ボールは綺麗な弧を描き、ネットに吸い込まれて行った。


 山添は左に握り拳を作り、控え目のガッツポーズを取った。


 目ほどではなくても闘志を少しずつ見せるようになった山添は、今、確かに変わりつつある。


 第二クォーターが終了した。


 得点経過、72対15。


 山並が獲得した32点は全て山添が叩きだした。


「信子、どうする?」


「何がですか?」


「後半、洋は多分試合に出ないから、帰った方がいいんじゃないかって」


「えっ、どうして?」


「ベンチを見てみろよ。先発メンバーがジャージを着始めて、ベンチにいた選手が脱ぎ始めているだろ」


「あら、ほんと」


「今日は早めに帰って、ご飯の支度(したく)をした方がいいだろ」


「そうですね。爪の調子も良かったみたいだし……」


「爪?」


「昨日、寝る前に洋さんが爪切りを探していて。渡したら、切るんじゃなくて爪やすりで爪の先を磨き始めたんですよ。女の子みたいな事をするのねって言ったら、ボールの感触を自分のものにするためだって。何でも深爪をする癖があったらしくて、中学の時それで指先を切って練習を休んだことがあるんですって。それを知った顧問の先生が、一流の選手は指先の感触をとても大切にするから、爪の手入れは怠(おこた)らないって言ったらしくって。外に出てドリブルの感触を確かめて、これなら大丈夫って言って……あの子は本当に頑張り屋さんですよね」


「……じゃあ、そろそろ帰るか」


「そうですね」


 正昭と信子は立ち上がると、今一度洋を見てから歩き出した。


 洋は鷹取と何やら話をしていた。が、鷹取が帰る二人に気がつくと、


「おい、帰るみたいだぞ」


 と言って、指差した。


 見た時は、二人はもう出入口に向かっていた。


 洋は正昭と信子の背中に向かって、小さく頭を下げると、再び鷹取と話し始めた。


 試合後半は、藤本の言った通り、練習試合の白チームで試合に臨んだ。


 試合展開は前半同様、一方的な試合であった。勝敗はもう気にすることはない。


 それでも、藤本が難しい顔をしているのは、明日(あした)のことを考えていたからであった。


 明日はブロックの決勝と決勝リーグ第一回戦の二試合が行われる。日程では、もうひとつの優勝候補である立志北翔とは三日目の第二試合で対戦する。


 村上商業との試合では、今一度チーム全体の力と個の力を計るのが第一目的であり、立志北翔と対戦する時のベストメンバーを選出するのが、藤本の第二の目的であった。


 はっきり言って、メンバーは藤本の頭の中で既に固まっていたが、ここに来て少し計算が狂ってきた。それが第二クォーターで見せた山添の攻撃力であった。攻撃は最大の防御とよく言うが、全国制覇をするためには、やはりそれでは脆(もろ)さも生まれる。ディフェンス力、特にリバウンドに優れたチームと対戦した時を考えると、インサイドに加賀美しかいないのは心許(こころもと)ない。どうしても、山添の力が必要になる。しかし、そのためにせっかく芽生え始めたあの攻撃力を摘むのは、今後の山添のためにも良くない。


 一体、どうすれば良い?


 試合後半は、藤本がそんな事を考えているうちに、終わってしまった。


 対戦結果、132対34。


 宣言通り、100点ゲームで、この試合の幕を閉じた。


 お互い、試合後の礼をすると、日下部は村上商業の監督のところに行き、挨拶をした。


 村上商業のキャプテンは藤本のもとには行かなかった。


 だが、代わりに……


「矢島君でよかったのかな?」


「あっ、はい」


「今日は本当に悪いことをした。この通り、年寄りに免じて許して欲しい」


「あっ、いや……僕はこう言うのに慣れてますから、気にしないで下さい」


「……そうか」


 村上商業の監督はそう言うと、藤本に向かって頭を下げ、そして戻って行った。


「何か、後味の悪い試合だったな」


 清水の独り言に、


「監督はすごく感じがよかったのにね」


 と、由美は少し同情したようであった。



 *更新は毎週土曜日の14:00です。

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