第三章 春季下越地区大会 七 先発メンバー

 この五月の連休は快晴に恵まれるようで、昨日と同様、今日もほのぼのとした春の陽気である。


 大会二日目は午前中に試合があるので、昨日よりも早い現地到着となった。


 体育館入口前の中庭には、ツツジが白やピンクの花を咲かせている。


 コートでは第一試合である女子のブロック決勝が行われている。現在第一クォーターの真っ最中だから、ウォームアップの時間を考慮しても、可愛い女の子を探す暇はあるにはあるが、そこまでリラックスして試合に臨めるのかと言えば、果たしてどうだろうか。


 バスから降りたメンバーは試合に備えるべく、更衣室である多目的ルームへ真っ直ぐ向かった。


 多目的ルームは各チームに割り当てるためにパーテーションで区切られている。


 話し声は聞こえず、人の気配も感じられないので、今の所多目的ルームにいるのは、山並のメンバーだけのようである。


 今日の藤本は関係者室には向かわず、メンバーと共に多目的ルームへと来た。


 メンバーはそれぞれ荷物を置くと、藤本を前にして立った。


「対戦相手に対する心構えは昨日(きのう)言ったので、ここではもう言うことはない。着替えたら、すぐにアップを開始。試合に備えろ。ユニフォームはブルーを着用すること。では、今日の先発メンバーを伝える。早田」


「はい」


「加賀美」


「はい」


「山添」


「はい」


「目」


「はい」


「矢島」


「えっ?」


「何を驚いている」


「あっ、でも……」


「お前だ、矢島」


「あっ、はい」


「このメンバーで試合に臨むのは今日が初めてだ。しかし、何も迷うことはない。今の山並にとって、これが最強のメンバーだ。見事、初陣(ういじん)を飾って来い。じゃあ、俺は関係者室に行って来る。カベ、後は頼んだぞ」


「はい」


 藤本はそう言うと、多目的ルームを後にした。


 藤本のいなくなったルームに、ほんの一瞬だが静寂が降りた。しかし、すぐに、


「早く着替えろ。アップの時間が無くなるぞ」


 と、日下部が言うと、何も話すこと無く皆(みんな)淡々と着替え始めた。


 日下部が率先して出て行くと、一人また一人と後に続いた。


 最後に残ったのは、洋と目だった。


「矢島」


「いいよ、先に行って」


「お前にひとつだけ言っておきたいことがある」


「何だよ?」


「お前が日下部さんを蹴落としたように、俺も滝瀬さんを蹴落とした。申し訳ないと思う暇があるのなら、先輩が納得するプレーをしろよ」


「そんな言い方はないだろ」


「お前とバスケの話をしていると、時々思うことがある。お前も中学の時、遣り残した事があるんだろ」


 洋は目を見た。反論しようにも、その余地は無かった。


「それを取り戻したい気持ちがあるのなら、俺もお前もこのまま突っ走るしかないんだよ」


 目はそう言うと、一人出て行った。


 最後まで残った洋は、結び掛けの赤い紐を少しの間ぼうっと見つめていたが、我に返ったかのようにパンパンと自分の顔を叩くと、


「うるせいよ」


 と言って、赤い紐を固く結んだ。

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