第三章 春季下越地区大会 十三 新戦力
山並バスケット部のメンバーを乗せたマイクロバスはほぼ予定時刻に現地へ到着した。
三日目ともなれば、要領も心得たものだ。メンバーは控室で着替えると、ランニングコースを走り始めた。
AブロックとCブロックから勝ち上がってきた二チームがこの体育館を使用するのは今日が初めてである。それに対して山並は三日間同じ体育館での試合である。体育館の雰囲気、コートに立った時の周囲やバスケットボードの見え具合、コートの感触など、既に経験済みである。そう言う意味では、山並に地の利はある。実力のほどが僅差であれば、尚のことである。
その点は、藤本も同様の考えのようだ。関係者室に届いた別会場の情報によると、昨日行われたAブロック代表である立志北翔とCブロック代表である松上藤ヶ丘の対戦成績は85対60で立志北翔の圧勝だった。立志北翔と互角に戦っている山並であれば、松上藤ヶ丘には間違いなく勝てる。
となれば、問題はやはり立志北翔だ。それも噂に聞く一年生のことだ。洋がこの事を正昭に話したとき、スカウトされたのかもしれないと言ったが、どうやらそれは正しいようだ。スカウトされたのは、ポジションがシューティングガードの選手らしい。と言うのも、立志北翔の先発メンバーは去年の先発メンバーが四人残っている。言い換えれば、去年の立志北翔の主力に三年生は一人だったと言うことだ。この三年生のポジションがシューティングガードだった。85点中26点を取ったと言う事実を聞けば、即戦力になっているのは確実だ。
もう少し早くこの情報が手に入っていたら、立志北翔の偵察もしていたのにと藤本は悔やんだが、それは向こう側も同じ気持ちではないだろうか。
軽いウォーミングアップを済ませると、山並のメンバーは休憩がてら女子の準決勝を見るために二階席へと向かった。
「あっ、俺、トイレに行ってきます」
洋がそう言うと、
「あっ、俺も」
と言って、鷹取も連れ立った。
用を済ませると、二人は壁に貼られてあるトーナメント表の前で立ち止まった。そこにはABCDそれぞれのブロックに赤い線で勝ち上がったチームが記されている。
「残るは決勝リーグ二試合だな」
「あっという間の三日間だったな」
「矢島」
「んっ?」
「ピカピカのコートを走るのは、やっぱり気持ちがいいか?」
「そりゃあ、もう……まさか、高校に入ってもバスケが出来るなんて夢にも思ってなかったからな」
「俺も早くコートに立ちてえ」
「鷹取は絶対立つよ。来年の今頃は立派なレギュラーになってるよ」
「そうかな?」
「俺と違って、鷹取は意外と飲み込みがいいと思う」
「意外と?それは余計だろ」
と、鷹取が冗談交じりに言ったところへ、ジャージの集団が入って来た。
洋と鷹取は何となく彼等を見た。
「どっちだろう?」
鷹取が言うと、
「あっ」
「どうした、矢島?」
「あいつは」
「何だ、知ってる奴がいたのか?」
しかし、洋は何も言わず、彼等が二階に上がるのをじっと見ていた。彼等の着ているジャージ、その背中には立志北翔という名前が刻まれていた。
「おい、矢島、どうなんだよ」
「先生はどこにいるんだろう?」
「多分、関係者室だろ」
「それ、どこだ?」
「どこって……」
「いいよ。そこで聞いてみよう」
と言うと、洋は受付へと向かった。
「野上!?」
洋から呼び出されて、事のいきさつを聞いた藤本の第一声がそれだった。
体育館の外に出た入口の脇で、洋と鷹取、そして藤本の三人は尚も話を続けた。
「そいつのポジションは?」
「シューティングガードです」
「シュート力は?早田レベルか?」
「はい。ビシバシ決めてました」
「で、お前はそいつと戦ったんだな」
「はい。準決勝で敗れました」
「そいつは?優勝したのか?」
「全国制覇しました」
「なるほど。立志はそこで目を付けたってことか……」
「先生はそいつを知ってるんですか?」
藤本の当惑した表情を見て、鷹取がそう尋ねると、
「話でしか聞いてないが、奴のプレーはもう立志の顔となっているみたいだ」
「そんなすげえ奴なんですか」
「まあ、今更騒いだところで、どうにかなるものではない。だが、少しでも野上の情報が得られたのはラッキーだと言うべきだ。矢島、鷹取」
「はい」
「この事はまだ伏せていろ。みんなにはこの後の第二試合終了後、俺から話す」
「はい」
「そろそろ、第二クォーターが終わる頃だ。鷹取、受付でボールをもらって、準備をしておけ」
「はい」
「矢島、お前は野上についてもう少し話を聞かせろ」
藤本が洋と鷹取にそう言うと、鷹取は受付へと向かった。
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作品のお知らせ
カクヨムでは『サブマリン』を連載中ですが、kindle、iBooksでは有料で作品(長編二作、中編一作、短編多数)を公開しています。ただ、有料と言いましても、それほど高いものではないので、是非手にして頂けたらと思います。
作品はこれから順次紹介したいと思っています。
本日の紹介作品
タイトル:阪神ファンを増員せよ
400字詰め原稿用紙換算枚数35枚(縦書き)
所要読書時間30分~60分。
前書き
この小説は、短編小説を書いては出版社に送っていた時の作品のひとつです。
時期は二〇〇四年二月頃だったと思います。
書くきっかけとなったのは、新聞の投稿欄に掲載されてあった、短い記事でした。
読んだ時は思わず笑みがこぼれました。
これをネタに短編が書けないだろうか。
そう思った瞬間『阪神ファンを増員せよ』というタイトルがパッと閃(ひらめ)いたのです。
なぜ、このタイトルが浮かんだのか、今でも本当に不思議です。記事の内容とタイトルとは何の関連性もないのですから。
お話の時期は二〇〇四年、プロ野球春のキャンプです。
今から九年前の作品ではありますが、阪神ファンのみならず野球が好きな方でしたら、楽しんで頂けると思っています。
あらすじ
姑の鈴子は阪神ファン、息子の嫁の慶子は巨人ファンである。
孫の太子は現在一歳半。
鈴子は太子を何とか阪神ファンにしようと、ある企みを実行する。
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