第三章 春季下越地区大会 十一 矢島が好き

「マネージャーとして……」


 由美の声に、夏帆は敏感に反応した。


「私の考えを言うね。もし、話をするんだったら、出来るだけ早い方がいい。て言うか、早くして欲しい。五月の終わりにはインターハイ予選が始まる。矢島には山並のレギュラーとして、試合に集中してもらいたいから」


「えっ、今なんて言った?」


「何が?」


「矢島、レギュラーなの?」


「あっ、そうか……矢島と目は山並のレギュラーになったの。今の山並の最強メンバーだって、藤本先生がそう言ったって……」


「そうなんだ……」


「夏帆の気持ちも分かるよ。伊藤先生が本物の恋って言ったくらいだから、今の夏帆には矢島しか見えないんだと思う。でも、夏帆の思いを矢島に押しつけるのは止めて……」


 その言葉を聞いて、夏帆はハッと驚いた。


「あっ、変な意味じゃないのよ。私はただ矢島が必要だと言ってるだけ。山並が全国制覇をするために……だから、矢島の気持ちを乱すようなことは止めて欲しい。バスケットに集中させて欲しい……」


「……試合は明日で最後だったよね」


「うん」


「次の日は休み?」


「どうだろう?」


「明日連絡くれない?」


「それはいいけど、それより矢島の携帯に電話すればいいんじゃないの」


「あいつ、持ってないの」


「えっ、そうなの?」


「私も、何でって尋ねたら、言葉を濁して……」


「分かった。矢島には明日私から伝えておく。どうすればいい?」


「じゃあ、明後日(あさって)、話があるからって。練習があったら、時間は私の方で合わせるから」


 夏帆はそう言うと、立ち上がった。


「由美」


「んっ?」


「ありがとう」


 少しは胸の痞(つか)えが取れたのか、夏帆の表情からほんの少し笑みがこぼれた。


「私も……からかって、ごめん」


「私は……私は矢島が好き。だから、からかわれても、もう平気」


 夏帆はそう言うと、今度は自らの意志で笑顔を見せた。


「じゃあ、お願いね」


 そう言うと、夏帆は部屋を出て行った。


 由美は、閉まったドアを、その後(あと)しばらく見つめていた。そうして、ハァと気の重い溜め息をつくと、


「強いなあ」


 そう、ぽつりと呟いた。

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