第三章 春季下越地区大会 十二 マネージャー
大会三日目。今日も下越地方は晴天に恵まれた。三日連続で晴天に恵まれたことなど久しくなかったように思われるが、実際はどうであろうか。
ともかくも、青空が広がるのはやはり気持ちがいいものだ。
今日の日程は女子決勝リーグが第一試合と第三試合、男子決勝リーグが第二試合と第四試合で行われる。
山並と立志北翔の試合は第四試合。まさに本日のメインイベントである。
初日、由美も一緒に行ったことから、正昭と信子は二日目の朝も由美を迎えに行くものだと思っていた。だから、出掛けしな、由美が一足早く駅に向かったと洋から聞いた時は、
「どうして教えてくれなかったの。それなら、私達も早く出れば良いだけのことだったんだから。由美ちゃん、駅までバスで行ったんでしょ。お金だって掛かるんだから」
と、洋は信子から小言をもらった。
昨日、清水から立花に連絡があったとき、洋はスマホを通してそのことを由美に伝えた。今日は再び学校の正門前で由美と待ち合わせである。
車をゆっくり走らせると、左手に藤棚が見えた。たわわに実ったぶどうのように、藤の花が藤棚いっぱいに満開である。
「田畑さんのお宅、藤の花が咲いているわよ」
「今年も綺麗に咲いているな」
「あれ、いつだったかしら。藤棚の下でお花見をしてたら、大きなハチが飛んで来て、大騒ぎして……」
「ああっ、あったな。でも、あれはスズメバチじゃなかったら、大丈夫だと俺は思ったが……」
「でも、大きかったわよ。刺されたら絶対救急車を呼んでたわよ」
「でも、すぐに逃げたじゃないか」
「そうだけど……」
後部座席に座っている洋は、まだまだ続く二人の何気ない会話を聞きながら、漠然とではあるが当たり前の夫婦とはこんなものなのだろうかと思っていた。
学校の正門前には、由美が一人立って待っていた。
車を横に着けると、由美はドアを開けて、
「おはようございます」
と元気良く言った。
正昭と信子もおはようと返事をすると、由美は車に乗って、
「すみません。今日もお世話になります」
「いいのよ、気にしなくて」
信子と由美の会話を聞きながら、正昭は車を発進させると、
「昨日はライバル校の偵察に行ってたんだって」
と尋ねた。
「はい、中越平安の試合を見てきました」
「山並は勝てそうか?」
正昭の質問を聞いて、由美はチラッと洋を見た。
「それは分かりません。でも接戦になるのは間違いないと思います」
「由美ちゃんは今日も偵察に行くんでしょ」
「はい」
「だったら、そこまで送って行くわよ」
「いや、いいですよ。申し訳ないです」
「実は私達も見てみたいんだよ。昨年、全国ベスト4になった実力を」
「でも、遠いですよ」
「昨日調べたら、車で一時間くらいだから。一時に出れば、洋の試合にも間に合う」
「そうそう。だから、遠慮しなくていいのよ」
「おじさんもおばさんもバスケットに興味を持ち始めたみたいだから、気にしなくていいよ」
《おじさんとおばさん》
由美はこの言葉にどうしても引っ掛かりを感じた。しかし、だからと言って個人的な話に首を突っ込むのは、やはり失礼なことでもある。洋も話したくない様子だったのを思い返すと、由美はこれ以上考えるべきではないと思った。
「じゃあ、清水も一緒になるけど、いいんだよね」
「もちろんよ。清水さんの話も聞いてるから」
洋が返事をする前に、信子が返事をした。どうやら信子は由美と話すのが楽しいようだ。娘と話している気分になれるからだろうか。
話も纏(まと)まり、車内は信子と由美の会話で賑やかになった。
そうして駅前に着くと、洋だけでなく、由美も一旦降りた。線路の反対側にいる清水を連れて来ると言う名目であった。
二人揃って陸橋の階段を上り始め踊場まで来ると、
「矢島、これ」
と言って、バッグから封筒を取り出した。
「何?」
「夏帆からの伝言。明日、話があるんだって」
「明日?」
「駄目なの?」
「駄目ってわけじゃないけど、急な話だなあって……」
「急でも何でも、明日絶対に会って。凄い大切なことなんだから」
由美の真剣な物言いに、洋はちょっとたじろぎながらも、
「分かったよ。試合が終わったら、読んでみるよ」
「絶対よ。夏帆の一生が掛かってるんだからね」
《一生って……》
洋は胸の内で大袈裟だなあと思いつつも、一体何があったんだろうと首を傾(かし)げた。
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作品のお知らせ
カクヨムでは『サブマリン』を連載中ですが、kindle、iBooksでは有料で作品(長編二作、中編一作、短編多数)を公開しています。ただ、有料と言いましても、それほど高いものではないので、是非手にして頂けたらと思います。
作品はこれから順次紹介したいと思っています。
本日の紹介作品
タイトル:Kill The Japanese
長編小説:400字詰め原稿用紙換算枚数約800枚
お値段 :1500円程度(出版社が販売すれば上下巻併せて3000円程度)
*電子書籍化して販売している中で一番お値段の高い小説です。
小説の構成
第1章 東京の思い出
第2章 パール・ハーバー
第3章 東京大虐殺
第4章 生き残りし者の義務
あらすじ
時は西暦1935年。
アメリカはニューヨークから、一人の白人青年が東京の下町である三筋に降り立った。
彼の名前はフランクリン・スチュワート。
幼少の頃に母親と死別。その後は、日本人の乳母である加藤ハツに育てられ、彼女を実の母親のように慕うようになった。
しかし、ハツもまたガンで亡くなった。
三筋を訪れたのは、ハツが育ったと言われる東京の下町を見たかったからである。
三筋には、父の仕事仲間であるマケインの友人、村上源次郎・君子夫婦が住んでいた。
彼は村上夫婦に東京の下町を案内してもらった。
ところが、村上夫婦と接しているうち、彼は次第次第にこの夫婦に理想の父母を見るようになり、ついには、お父さん・お母さんと呼ぶまでになった。
しかし、温かい気持ちになれたのも束の間、時代はいつしか戦争に突入。
フランクが再び東京の地に足を踏み入れる事が出来たのは、焼夷弾で瓦礫の地となった終戦直後の事であった。
これは、日本人に愛情を注いでもらった一人のアメリカ人が、戦争によって得た経験から『戦争に正義はない』と考えるに至った、数奇な運命の物語です。
これからもよろしくお願いします。
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