第四章 インターハイ予選 三十七 準決勝 中越平安VS立志北翔 第四クォーター ―突き放す立志―
スローインを出した漆間はコートに戻ると、ドリブルをしている杵鞭を小走りで追い抜きながら、チラッとその横顔を見た。
杵鞭は急ぐことなく慌てることなく、しかしその目には鋭さを
漆間は電光表示器に目を向けた。
時間は5分10秒になったところだった。
漆間はその口元に不敵な笑みを浮かべた。
杵鞭がダッシュした。
トップにいる野上が杵鞭を待ち受ける。
杵鞭、野上に向かって突っ込んで行く。
野上、手を挙げてディフェンス体勢。
杵鞭、進路を右に取った……
が、それはフェイント、ビハインドザバックで左に向かった。
しまった、裏を掻かれた……
しかし……
第二の防波堤である池内と多々良がダブルチームで杵鞭をマーク。
杵鞭、ここでボールをホールドしてジャンプシュートの体勢。しかし、杵鞭が
と、その時だった。
杵鞭はボールを左前方にパス。
そこには、走って来る漆間が……
漆間、ワンツーステップを踏んでジャンプ……
蓮と淳に意識が傾いていた島崎はブロックショットに向かう判断が遅れた。
漆間のレイアップが決まった。
これで2点縮まった。しかし、それでも得点差はまだ二桁の11点。
残り時間は後4分43秒。
「王者、中越、王者、中越」
メガホン軍団が声を振り絞って大声援を送っている。
《そうだ、王者は俺だ。中越平安だ》
最早気力だけでコートに立っている蓮も、必死に自分を奮い立たせようとしている。
「戸沢」
杵鞭が声を掛けた。親指と人差し指を立てて手首を
戸沢はそれを見ると、トップから右サイドに移り、入れ替わりに杵鞭がトップに立った。
3―2のゾーンディフェンスに切り替わってからここまでの杵鞭は右サイドのポジションに就いていた。
リバウンドを制したプレーヤーから、中越平安の場合で言えば、蓮か淳の
ただ、杵鞭にはポジションチェンジの権限を十川は与えている。それは第三者が考えて指示を出すよりも杵鞭自身の肌感覚を優先させた方が良い場合があるからだ。
それを、杵鞭は今ここで使った。
十川は最早何も言わない。ただ、杵鞭を信じるのみである。
一方、対する福田はと言うと……
つい先ほどまでは点の取り合いに持ち込んでのワンサイド攻撃を展開していたのに、なぜか急に走る足を緩めた。
それは紛うことなく杵鞭のポジションチェンジに警戒したからに他ならない。
しかし、杵鞭にはワンプレーで試合の流れを変える力がある。その杵鞭が意図してポジジョンチェンジを行った以上、早い段階でその思惑を摘み取らなければ取り返しのつかないことになる。
杵鞭を封じ込めることを優先するべきなのか、それとも優位な試合展開を続けるべきなのか。
福田にその難しい判断を瞬時にさせたのが、現状の圧倒的優位、つまり11点差という得点上での優位とそれによる立志の精神的優位である。それが福田の心に
試合のペースを変えたのは決して杵鞭の行動に左右されたからではない。主導権を握っている俺達立志が自らの意志で決定したことだ。
だから、指揮官である塚原もまた福田の状況判断に口を挟まなかった。
そうだ。それで良い。
福田がセンターラインを越えた。
杵鞭が向かった。
福田、野上にパス。
野上、ドリブルの構えを見せる。
多々良がペイントエリアはミドルポストに入ってきた。
野上、多々良にパス。
淳が物凄い形相で多々良に体を寄せてきた。
多々良は淳の圧力を背中に感じると、左足を軸に180度回転、淳と向かい合うと、シュートの体勢を見せた……
淳は両手を挙げてのディフェンス。
が……
多々良のそれはフェイント、池内にパスを出した。
ボールを手にした池内はフリーでシュート。
ボールが弧を描いて飛んでいく。
が、シュートコースがずれたと判断するやいなや、池内は、
「戻れ」
と叫んだ。
立志のメンバーが一斉に戻り始めた。
蓮がボールを取った。
「蓮」
杵鞭が叫んだ。
蓮が杵鞭にボールを出した。
杵鞭、ボールを手にしたと同時にドリブル。
立志は1―3―1の陣形を取りに掛かる。
杵鞭、構わず正面突破。
野上、再び杵鞭と1ON1。
杵鞭、抜きに掛かる。
野上、追走。
福田がディフェンスに加わり、ダブルチームで抑えに掛かる。
が、杵鞭は尚も野上に左肩を当てて体を押し込み、前へ進もうとした……
その瞬間、フリースローサークルに入ってきた淳にビハインドパス。
ボールを手にした淳がリングに顔を向けた。
池内と多々良が当たりに来る。
淳はそれを見定めると、漆間にパス。
漆間はボールを手にした瞬間、リングに向けてチェストパス。
バーン。
蓮が渾身のアリウープ。
ウオオオオオオッ。
中越ベンチから、メガホン軍団から、地鳴りのような雄叫びが上がった。
保護者席はもう総立ちだ。
58対67。これで9点差。
電光表示器は4分を切った。
塚原がテーブルオフィシャルズに向かった。
野上がボールを拾ってエンドラインの外に出た。
中越のメンバーが自陣に戻りつつある。
福田はスローインを受け取ると、振り向いてフロントコートを見た……
その
《杵鞭》
杵鞭がセンターライン上で待ち構えている。
野上はいつでもパスがもらえるよう、福田から一定の距離を保っている。
福田がドリブルを始めた。
杵鞭がスルスルッと近づいてくる。
福田の足がコートを蹴った。
杵鞭の足もコートを蹴った。
福田、右サイド沿いにフロントコートへと向かう。
迎え撃つ杵鞭、ドリブルコースを
福田、そのまま杵鞭を抜きに掛かる。
センターラインが見えた。
しかし、もう後一歩というところで、杵鞭の左足が福田のドリブルコースに入った。
福田が一旦止まった。
「福田さん」
野上が叫んだ。
しかし、野上の声が聞こえているのかいないのか、福田はフロントチェンジをして進路を中央に切り替えた。
蓮がそんな二人の1ON1を見ている。
《あれだけマッチアップしたのに、まだあんなに動けるのか……すげえ、やっぱりすげえよ、杵鞭さんは……》
福田がセンターラインを越えた……
「福田」
多々良が叫んだ。
野上は福田と入れ替わって右サイドに向かい始めた。
福田が多々良の声を頼りにパスを出した。
が……
戸沢、ここでパスカットANDダッシュ。フロントコートに向かってバウンドするボールを手にすると、そのままドリブルをしてレイアップ、シュートを決めた。
静まり返る立志ベンチ。
行け行けの中越ベンチ。
と、ここで審判がホイッスルを吹いて、T字のジェスチャーを示した。
この試合、塚原が三度目のタイムアウトを取った。
メンバーが塚原のもとに集まった。
「福田、向きになるな」
塚原は努めて冷静に言った。
「野上、今日のお前は調子が良い。タイミングが良ければ積極的にスリーポイントを狙え。これまで積み重ねてきたことを出せば、何も問題は無い」
「はい」
メンバー
塚原が電光表示器を見た。
60対67。得点は7点差。
電光表示器は3分47秒で止まっている。
リードしているとは言え、試合の流れが、運の流れが微妙に変わりつつある。
塚原は周囲に悟られないよう、小さくゆっくりと口から息を吐いた。
野上がエンドラインの外に出た。
審判がボールをワンバウンドさせてそれを野上に渡した。
福田が野上に近寄った。
杵鞭が福田に体を寄せた。
福田がスローインを受け取った。
杵鞭は両手を上げて激しくディフェンス。
福田、コートに戻ってきた野上にパス。
野上はフロントコートに向かって一気に駆け上がると、そのままトップの位置に就いた。
右45度に福田が就いた。
野上はそれを確認してから多々良にパス。
多々良は島崎と野上をチラッと見てから、池内にパス。
池内がボールを手にした。
そのタイミングで島崎がカットイン。
池内、左手でバウンドパス。
疲れが足に来ている淳は、ボールに手を出すのがやっと……
リング下に入った島崎にボールが通った。
島崎、そのままバックシュート。
が……
島崎の後ろから戸沢が意地のブロックショット。
審判のホイッスルは鳴らない。
戸沢、宙に浮いたボールをリバウンド、そのままドリブルをして右サイドを駆け上がる。
多々良が戸沢を追い掛ける。
《足を引っ張るな》
言うことを聞かない重い足を引き
戸沢が杵鞭を見た。
中央を走る杵鞭には、野上がマーク、左横を併走している。
その向こう、左サイドには漆間と福田が……
後方からは蓮と淳が必死に走って来ている。
戸沢、それでも敢えて杵鞭にパス。
杵鞭がボールを摑んだ。
その先には……
漆間がボールをキャッチ。
ボールはリングを越えてネットを揺らした。
中越サイドからまた大歓声が上がった。
が……
「島崎」
ボールをすかさず拾った福田はエンドラインの外に出るや、そう声を上げてボールを投げ入れた。
飛んできたボールを受け取った島崎は既ににセンターライン近く……余裕のドリブルで、島崎はレイアップを決めた。
今度は立志サイドから大歓声が沸き起こった。
これで得点は62対69。間髪を入れず7点差に逆戻りした。
残り時間は3分14秒を切った。
島崎を除いた四人は早くも1―3―1の体勢。
足早に戻って来た島崎が三列目の位置に就いたのを見ると、
「作戦を忘れるな」
と、多々良が全員に声を掛けた。
立志のペースは飽くまで1―3―1のハーフゾーンプレスを仕掛けての速攻。
が、そんな立志の思惑と作戦を真正面から蹴散らすかのように、杵鞭が迫ってくる。
野上が杵鞭に向かった。
杵鞭、漆間にパス。
淳がカットイン。しかし、足取りはどうにも重い。これでは動いていないのと同じだ。
多々良は、漆間が右手でドリブルインし易いように体を開いてのディフェンス。
漆間が誘われた。
多々良が寄った。
池内の反応も早い。
漆間はあっという間に多々良と池内のダブルチームに挟まれた。
このままではボールを取られる。
漆間はドリブルを
戸沢と目が合った。
漆間、池内の左脇からアンダーハンドパス。
が……
パスを遮(さえぎ)る一本の右腕がボールを
《福田》
杵鞭がそう思った時には、早くも野上がボールを拾っていた。
フロントコートを駆け上がる野上の前には誰もいない。
しかし、背後には
スリーポイントラインがくっきりと浮かんで見えた。
追いつかれる前に決める!
野上が跳んだ。
一瞬、館内が無音になった。
ボールが無人のペイントエリアを見下ろしてリングに向かう。
ザッ。
ウオオオオオオッ。
ウアアアアアアッ。
立志ベンチが、メガホン軍団が、保護者席が、歓喜の渦に乱れ入り組んだ。
電光表示器の示す得点が62対69から62対72に変わった。
時間は2分56秒を切ったところであった。
サブマリン 垣坂弘紫(かきさか ひろし) @kakisakasan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。サブマリンの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます