第四章 インターハイ予選 二十一 山並VS上越東 第三クォーター ―出揃った―

 山並、上越東のメンバーがそれぞれのベンチに戻って行くかたわらで、無人となったコートでは、スタッフが早くもモップを掛け始めていた。


 山並サイドでは、ベンチに座っている二年生と一年生が全員立ち上がり席を空けた。


 戻って来たメンバーは各自持参したドリンクを手に取ると、滝瀬が座っている隣に加賀美が座り、そこから順番に山添、笛吹、目、洋と座った。


 全員がドリンクを飲み始め、試合前半の雰囲気が一段落いちだんらくしたところで、藤本は彼等の前に立った。


「後半、笛吹は早田と交替。オフェンスのポジションは3アウト2インのまま。それぞれプレーをするときは、なぜそうするのかと言うことを意識しながらプレーをするように。早田、アップは入念にやっておけ。以上だ」


 と言うと、藤本は自分の席に戻って、由美からスコアブックをもらい受けた。


「あっ、そうだ。羽田」


「はい」


「今日は良かったのか?」


「何がですか」


「奥原、いるぞ」


「あっ、大丈夫です。日下部さんが教えてくれるので」


「そうか。ならいい」


 と言うと、藤本はスコアブックに目を通し始めた。


 そんな会話が隣で行われていたとき、早田は洋と目を呼んで何やら話し始めると、立っていた奥原と菅谷はそれぞれ目と洋が座っていた席に着いた。


「残念だったな」


 隣にいる笛吹に奥原が話し掛けると、


「何が?」


「後半戦」


「妥当なところだよ。フリースローすら決められなかったんだから」


「でも、矢島との連携は良かったよ」


「それは俺も上手く行ったと思う」


「でも、お前はやっぱりシューターだからな」


 菅谷が珍しく苦言をていした。


「分かってるよ」


 無人のコートに、上越東のメンバーが向かい始めた。


 山並サイドも、日下部が逸早いちはやくボールを持ってコートへと向かった。


 前半は前半、後半は後半と意識の切り替えをきびきびと行う率先行動は地味で目立たないものではあるが、それこそが主将としての取るべき行動であり、またそれを意識出来るからこそ、日下部は主将なのである。試合に出る出ないは関係ない。


 藤本が座ったまま腕組みをしてアップの様子を見ている。


《矢島のスタミナは今のところ問題はない。目は爆発的な動きをまだ見せてはいないが……まあ、こいつも問題はない。早田は二人を捕まえて何やら話をしていたが……いずれにせよ、これで出揃った》


 そうして、ハーフタイム終了1分30秒前のブザーが鳴った。


 両チーム共に監督の最終指示を聞くと、コートに立つ者とベンチに座る者に別れた。


「滝瀬」


 加賀美は座ろうとしている滝瀬の名前を呼ぶと、


「ノーファウルだ」


 とだけ言った。


 すると滝瀬は、


「それは試合が終わってからの台詞だ」


 と言い返した。


 その様子を遠巻きに見ていた鷹取は、


「バチバチやってんな」


 と小声で清水に言った。


 清水もその通りだと思ったが、ただ、清水にはそれが妙に嬉しく思えてならなかった。


 片や上越東では、ベンチにいるメンバーの一人が、


「おい」


 と隣にいる者に話し掛けた。


「んっ?」


ついに出て来たぞ、山並のエース」


「あっ、ほんとだ」


 昨年の晩秋、上越東は山並、中越平安、ほか一校と共に合同練習試合を行った。中越平安はウインターカップに向けての調整、他三校は年明け一月に行われる新人戦に向けての調整であった。


 上越東はこの時初めて山並と対戦、中越平安や立志北翔以外のチームにもこんな凄い奴がいるんだということを知って、改めて新潟県はバスケット大国であることを彼等は思い知った。


 下越地区大会以降、山並のエースと言えば、さっかということに落ち着いてはいるが、それまでは間違いなく早田がエースであった。早田の代名詞となっているスリーポイントのみならず、ドリブルの突破力、跳躍力を生かしたリバウンドなど、その総合力は高校レベルのトップにいると言っても過言ではない。


 上越東の控えが早田を山並のエースと言ったのは、その時の印象が強く残っているからであり、それはそれで間違いではない。


 だがこの試合、地方紙の紙面を賑わせたような目のプレーを垣間見ることはあっても、まだ全貌を見てはいない。上越東がそれをの当たりにすることは恐らくないであろう。


 第二クォーター終了間際、ルーズボールを洋と杉野が同時にキープ、ヘルドボールになったことから、オルタネイティングポゼッションルールによりサイドが変わる後半は上越東のスローインで試合が始まることになる。


 上越東にメンバーの変更はない。


 対する山並は最強の五人。


 杉野がオフィシャルとは反対側のサイドに立った。センターラインをまたいで立つと、審判からワンバウンドのボールが跳ねて来た。


 第三クォーターの開始である。


 センターライン近くに立っていた藤井がバックコートに下がった。


 杉野が藤井にスローインをした。


 早田がすかさずマーク。


 藤井は杉野にボールを戻さずドリブルでフロントコートのトップに向かった。


 柴田がペイントエリアに入った。


 藤井はパスを出そうと思ったのか、足を止めると一瞬棒立ちになり、ドリブルの動きが緩慢かんまんになった。


 パーン!


 早田の出した左手がボールを押しはじいた。


 ボールが転がった……


 と、誰もが思った時には、洋が早くもルーズボールを取りに向かっていた。


 が、対する杉野も負けじとダッシュ。


 またもヘルドボールになるのか!?


 と思われたが、先にボールをキープしたのは洋。


 杉野は自分に背を向ける洋に対して手を上げてのディフェンス。


 目は既に右サイドを走っている。


「早田さん」


 洋がそう言うと……


《はっ?》


 と、上越東の監督である前川は一瞬我が目を疑った。


「出た、必殺股からパス」


 菅谷が思わず声を上げた。


 洋が見せたのは、フルコートプレスの練習の初日に見せた、つまり、腰を落としてディフェンスをする杉野の開いた股に自分の開いた股を上手く合わせて股のトンネルを作り、前屈姿勢でそこからパスを出す、菅谷がまさに今言ったとおりのパスを放ったのだ。コート擦れ擦れから発射された超低空の高速パスはまるでカタパルトから射出された艦載機のようであった。


 早田はそれをがっちりつかむと、右斜め前方にいる目にそのままパス。 


 目をマークしている三浦は完全に出遅れている。


 ダイレクトに受け取った目はステップを踏んでランニングシュート。


 ボールはザッと音を立ててコートに落ちて行った。


えなあ」


 洋、早田、目の連係の速さに、鷹取は半ば呆れ気味にそう言った。


 電光表示器の得点が51から53に変わった。


「抜け目ないよな」


 と、笛吹がボソッとつぶやいた。


 その声は端に座っている立花の耳にも届いた。


 もし、自分が順調に成長してレギュラーを取れるとしたら、そのポジションはシューティングガードしかない。しかし、後輩に自分以上の実力を持った者が入部すればレギュラーの道は完全に閉ざされる。


 立花が早田ではなく笛吹にシュートの教えをうたのは、早田は三年生で近寄りがたいと言うこともあったが、何と言っても早田はレベルが高過ぎる。そんな人から教わっても、上達するとはとても思えなかった。しかし、笛吹なら追いつき追い越せる可能性がある。笛吹には大変失礼な言い方になるが、笛吹が手の届く存在であるからこそ、立花にはそう思えた。


 ただ、今し方言った笛吹の言葉は立花に今後の道筋を示すヒントともなった。


《漆間って人も、あんなプレーをするのだろうか》


 杉野がドリブルをしながらセンターラインを越えてくる。


 スリーポイントラインの辺りで、洋は視線を落として杉野の足元を見ている。


 藤井が杉野寄りに、そして三浦がフリースローサークルへと同時に動いた。


 杉野は三浦にパスを出した。


 三浦は振り向きざま、ペイントエリアに寄ってきた豊田にアンダーハンドパス。


 豊田、シュートを打つと見せ掛けてドリブルイン。


 山添、両手を上げてディフェンス。


 豊田、強引にジャンプシュート。


 山添もジャンプしてシュートカット、と言うよりはバレーのアタックのようにボールを叩き落とした。


 上越東ベンチからどよめきが起こった。 


 コートに弾かれてバウンドしたボールが宙に浮いた。


 目、リバウンド。


 三浦、すかざすディフェンス。


 と、ここに柴田も加わりダブルチームで抑え込みに掛かる。


 後方にはフリーの加賀美と山添。


 左前方では早田がパスをもらおうと動き出した。


 しかし、目が選択したのは……


 ドリブル突破。


 目、右サイドラインを駆け上がる。


 三浦、追走。


 目、右から左へフロントチェンジ。そのままコート中央を駆け上がり、三浦を右背中に追いやった。


 しかし、さっかの背を追う三浦もどうにか前に出てドリブルコースを潰そうと食い下がる。


 強引に突き進むさっか


 目と三浦、ほぼ併走。


 目が左右ひだりみぎとステップを踏んだ。


 三浦もタイミングを合わせてジャンプ。左手をボールに向けて伸ばした。


 左手に握られたボールが天井を見据えた。


 ボールがリングに叩き込まれた。


「……すげえな」


「あの5番だけで、こっちはお手上げだったのに……」


 第三クォーター開始直前早田の噂をしていた二人がそんな会話をしていた頃、


「あいつ、ちょっと切れたよな」


「それが目の持ち味だよね」


 と、山並サイドでは、鷹取のつぶやいた一言に、清水がなすように答えていた。


 藤本が無表情でコートを見ている。


 三浦がエンドラインの外に出て杉野にスローインをした。


 杉野がドリブルをしながらセンターラインへと近づいてくる。


 今度もまたスリーポイントラインの辺りで、洋は視線を落として白いシューズを見つつ、黒いシューズも見ている。


 三浦がペイントエリアはハイポストに入ってきた。


 杉野が三浦を見た。が、目の圧力を感じたのか、パスを出しそびれた。


 三浦はそのままペイントエリアを抜けて、藤井と豊田の間に入った。


 杉野から見て、今は右サイドに三人、左サイトに一人。


 洋の左目尻から黒いシューズが消えた。


 ドリブルする杉野の手が止まった。


 洋はすかさず視線を左後方に移した。


 杉野がオーバーヘッドパスをした。


 と同時に、洋は左足を下げて体も振り向かせた。


 洋の視線の先には、早田を背にして藤井がまさに左手でドリブルインをしようとしているところだった。


《スティール》


 一瞬、洋はそう思ったが、タイミングが合わないと判断。その場にとどまった。


 一方、藤井はドリブルを続けてそのままシュートに向かおうとしたが、早田の圧力あるディフェンスにリングから遠ざけられた。が、それでも、シュートをしようと、藤井はジャンプした。


 しかし、跳躍力は早田の方が上。見上げる視線の先には、早田の左腕ひだりうでおおかぶさってくる。


 このままでは……


 藤井は苦し紛れのパスを三浦に出した。


 が、そこに姿を現したのは……


 パスカットされたボールは早くも洋の左手の中で踊っていた。


 左サイドには既に目が走っている。しかし、目と洋の間には三浦が立ちはだかっている。


「矢島」


 右側から早田の声が聞こえた。


 洋はスピードを落として右後方を見た。


 早田が視界に入った。藤井は早田のすぐ後ろにいる。


 洋は誰もいないペイントエリアに向けてふわっとしたパスを放った。


 ボールがコートに落ちてワンバウンドした。


 そのボールがちょうど早田の胸当たりに来た瞬間、早田はボールに追いつき手にしてワンツーステップ。


 ザッ。


 早田は難なくランニングシュートを決めた。


「矢島のやつ、早田さんとのコンビも板についてきたな」


 鷹取は自分と洋の実力差がどんどん開いていくのを実感したのか、もどかしい雰囲気をかもし出しながらそう言うと、


「笛吹、あれがお前の仕事だよ」


 と、菅谷が真っ当な見解を示した。


 が、笛吹は反論することなく、押し黙って試合を見ていた。


 洋が早田に近寄った。


「今ので良かったですか」


「文句なし」


 第三クォーターが始まる前、二人を呼んで掛けた早田の言葉。


『試合の流れに早く乗りたいからボールを回せ』


 洋はそれを意識して第三クォーターにのぞんだわけが、洋がお膳立てをするまでもなく、早田は試合開始早々みずからドリブルカットをして試合の流れに乗ってきた。


 早田が加わったことで攻撃に厚みが増し、更にはディフェンスのリズムも良くなった。


 第三クォーター終了時点の得点は、山並82点、上越東40点。


 残すはラストクォーターの10分のみ。


 山並は果たしてどのような形で試合をくくるのであろうか。

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