第三章 春季下越地区大会 十四 決勝

 西の空が茜色に染まりつつある。


 日中の暑さが嘘のように、風は少しひんやりとしている。


 着替えを終えた山並のメンバーが正面玄関から出て来た。


 玄関前には、マイクロバスが既に待機している。


 少しして、藤本が来た。


「全員、揃ってるか?」


 藤本が言うと、


「矢島と奥原がトイレに行ってます」


 と、笛吹が言った。


 その頃、洋と奥原は既に用を足して、トイレの出入口で何やら話をしていた。


「あっ」


「どうしたんですか」


「あれ」


 と奥原が言ったので、洋が振り向くと、福田と波原が二人並んでこちらに来ていた。


 洋と奥原が姿勢を正した。


「そんなに改まるなよ」


「いや、そう言われましても……」


 と洋が言うと、


「さっきは済まなかった」


 と言って、福田が頭を下げた。


「いや、僕は気にしてませんから」


「あれは謝るべきことだ。三年生が一年生に反則行為をするなんて、全く情けない話だ。だが、次は必ず勝つ。正々堂々と戦って……」


「はい」


「それから、波原に尋ねてくれって言われたんだが、お前、試合中チラチラ見てたんだって?」


「えっ、まあ……」


「可愛いと思ったからか?」


 と言うと、波原の顔が少し赤くなった。


「いえ、違います……あっ、可愛くないって意味ではないです。あれは戦術です」


「戦術?」


「はい」


「無駄だとは思うが、やはり尋ねたい。どんな戦術なんだ」


「それは言えません。でも、使うつもりはありませんでした。あれを使ったのは、やっぱり福田さんの守備に追い詰められていたからです」


「全く、お前は何を考えているのか分からんな……そうだ、まだ名前を聞いてなかったな。何て言うんだ?」


「矢島洋(やしまひろし)です」


「矢島か。その名前、覚えておくぞ」


 と言うと、二人は正面玄関ではなく、トイレのすぐ脇にある出入口から出て行った。


 矢島と奥原が戻って来ると、藤本と中村夫妻が立ち話をしていた。車で来ているので、洋も一緒に連れて帰りたいとの意向であった。


 洋はここでみんなと別れると、正昭の運転する車で自宅に帰った。


 帰宅の車内では、信子が洋の活躍を楽しそうに話していた。それを聞きながら、時たま正昭が笑っていた。


「洋さん、今日の晩ご飯はどうする?」


「何でもいいです」


「そうはいかないだろ。優勝したんだ。今日は豪華な外食でもしようじゃないか。さっき信子がスマホでめぼしいお店をいくつか見つけておいたから」


 と、正昭が言った。


 洋は今まで外食なんてほとんどしたことがなかった。だから、何が食べたいと言われても、頭に浮かんで来なかった。


 結局、落ち着いた先は焼肉だった。


 早速、信子が電話で予約を入れた。


「信子、帰りの運転、頼むな」


 店に着いたら、正昭は間違いなくビールを飲むだろう。祝杯を挙げずにはいられないだろう。


「あらっ、わたしも今日は一口くらい飲みたかったのに」


 と言うと、


「じゃあ、信子のためにコンビニで缶ビールを一本、買って帰るか」


 と楽しそうに言った。


 洋は、そんな二人の会話を聞きながら、夏帆の話って何だろうとぼんやり考えていた。



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 来週は「第三章 春季下越地区大会 十五 サブマリン」をアップします。


 サブマリンはこの小説のタイトルであり「第四章 インターハイ予選」に入る前に読者の皆さんに知って欲しい、矢島洋の決意をここで描いています。


 それで、先日ちょっとご意見を頂きまして…


 その内容とお返事につきましては、後日「御礼とご意見の返事」というタイトルで書くことにして、「第三章 春季下越地区大会 十五 サブマリン」に関する連載は今までのように短めではなく、全文をアップしようと思いますので、よろしくお願いします。

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