第三章 春季下越地区大会 十五 サブマリン
目覚まし時計の針は7時を指していた。
カーテンの隙間から漏れてくる日差しが強い。今日も天気はよさそうだ。
洋は布団を畳んで押し入れに入れると、一階へと降りて行った。
居間では、信子が朝食の支度をしていた。
「あらっ、おはよう」
「おはようございます」
「まだ7時よ。もう少し寝ててもよかったのに」
「……今日は、またちょっと用事があって」
「練習じゃないわよね。藤本先生は、明日は休みにするから、中間テストの勉強をしっかりするようにって言ってたけど」
「そうなんですけど、約束なので……」
「あっ、ひょっとして、夏帆ちゃんと会うの?」
「えっ?」
「あらっ、図星?」
「いや……ええっ?」
「そんなに驚くことないじゃない。洋さんの彼女なんでしょ?」
「誰がそんなこと言ったんですか」
「由美ちゃん」
「あっ」
洋は一昨日(おととい)のことを思い出した。
「すごく可愛い子なんだって」
「まさか、昨日も何か……」
と問われると、信子は少しだけ笑って、
「ちょっとだけよ」
と言った。
「今日は、わたしもこれからパートがあるから無理だけど……機会があれば、一度は会ってみたいわね」
「考えておきます……それより、おじさんは?」
「釣り」
「えっ?おじさん、釣りするんですか」
「法人客のお偉いさんが釣り好きでね。それで時々誘われるの。早い話が接待ね」
「大変ですね」
「ほんと。でも、まあ、それも仕事だから……洋さん、朝ご飯食べるでしょ」
「はい」
「ちょっと待ってね。今お味噌汁温めるから」
と言うと、信子は台所に向かった。
そう言えば、以前も似たような話をした気がする。洋はそう思うと、大人の世界は大変なんだなあとしみじみ思った。
夏帆との待ち合わせ時刻は、午後一時である。場所は学校の正門前。何を話したいのかは書いていなかった。
洋が夏帆の手紙を見たのは、昨日の就寝前である。
由美の口振りが、それこそ人生の一大事というような感じだったので、一体何だろうとドキドキしながら封を開けたが、中身は全く以て素っ気ない伝言であった。
どうせ大した事でもないのに、女というのは、どうしてこんなにも大袈裟に物事を言うのであろうか。
読んだ直後はそう思ったが、時間が経つにつれて、その素っ気なさが逆にあれやこれやと洋に考えさせた。
しかし、一晩が過ぎると、巡らせた考えはほとんど頭から消えていた。
朝食を食べて、その後(ご)信子がパートに出掛けると、洋は自室に戻って勉強を始めた。
バスケットを続けられるのも、おじさんとおばさんのお陰だ。シューズやジャージを買うお金を惜しまずくれて……いや、何よりバスケットを続けることを後押ししてくれた。その二人に迷惑は掛けられない。
書棚から参考書を取り出すと、洋は机に向かった。午前中は何はさておき苦手な数学を頑張ることにした。
気がつくと、もう十二時前だった。
洋は一階に降りると、鍋に残っていた味噌汁を温めた。
テレビを付けることもなく、信子が作り置きしていたおにぎりを食べて昼食を終えると、出掛ける準備をした。
正門前には、夏帆が一人立っていた。白のブラウスに赤いカーディガンを羽織り、下はスキニージーンズという出で立ちだった。
表情はやはりパッとしない。洋を取るのかチアを取るのか?心の整理は出来ていない。そもそも、チアを志してこの学校に来たはずなのに、まさか入学早々恋が芽生えるなんて想像すらしていなかった。
と、そこへ、自転車を漕ぐ洋の姿が見えた。
一体どんな顔をして矢島と会えばいいんだろう?
そう思っていた夏帆は、自分に近づいて来る洋を見てハッとした。
《笑ってる》
洋が夏帆の前まで来た。
「水家、早いな。まだ15分前だぞ」
「……そうだね」
洋は自転車から降りると、
「話って何?」
と尋ねた。
「……今日の恰好(かっこう)、どうかな?」
「どうかなって?」
「似合ってる?」
洋は夏帆をじっと見た。
「うん、似合ってる。特にジーンズが」
「ほんと?ありがとう」
「……なあ、水家」
「何?」
「身長いくつ?」
「私?」
「そうだよ」
「155センチだけど、何で?」
「あっ、そうなんだ。俺、自分と同じくらいだと思ってた」
「矢島って何センチ?」
「163・5」
「私、そんなに大きく見えてた?」
「うん」
「何でだろうね」
「チアをしてるときの水家って、凄く大きく見えるんだよ。そのせいじゃないかな」
「……そんなふうに見えてたんだ」
「今日は練習ないの?」
「あっ、うん……よかったら、歩きながら話さない?」
「いいけど、どこ行くの?」
「矢島が来た道。その方が帰りは楽でしょ」
「俺はそうだけど、水家は大変だろ」
「私は大丈夫。行こう」
と言うと、夏帆は歩き出した。
洋も自転車を押しながら歩き出した。
「あっ、そうだ。優勝、おめでとう」
「えっ、何で知ってるの?」
「由美から聞いたの」
「えっ?羽田は昨日偵察に行って、いなかったはずだけど……」
「鷹取に電話したの」
「あっ、そうなんだ」
「矢島、凄かったんだって?」
「どうだろう?」
「謙遜(けんそん)しなくてもいいんじゃないの?」
「そう言うことじゃない」
「じゃあ、どういうこと?」
「まだ自分のプレーに納得出来ていない。もっと、もっとまだ何か出来ることがあったはずだ。そう思える限りは、納得出来ないんだよ」
「……すごいね、矢島って」
「何が?」
「そうやって常に上を向いて努力をしていることが……」
「……昔、言われた事がある。あいつは頑張り屋さんだって」
「誰が言ったの?」
「ひとつ上の先輩。でも、本人からじゃなくて、又聞きだけどね」
「それって、矢島を認めているってことだよね」
「そうかな?俺は自分に足りないものがあり過ぎて、それを何とか埋め合わせるために、俺なりに頑張ってきたとは思うけど……ところでさ」
「何?」
「話って……羽田は水家の一生が掛かっているって、すげえ脅してきてさあ。そんなに大切なことなの。ひょっとして、ホームシック?」
「……何て言えばいいのかな?面と向かって言うのは……電話だと言いやすいのかも……あっ、矢島ってスマホは持たないの?」
「スマホ?」
「ほら、新潟にシューズ買いに行ったとき、持ってないって言ってたから」
「今度の日曜日、一緒にお店に行くんだ」
「お父さんと?」
「おじさんとおばさん」
「矢島って、御両親と一緒に住んでるんじゃないの?」
「俺、養子なんだ」
「えっ?」
「実際はまだ養子縁組はしていないけど、いずれは……」
「お父さんとお母さんは……ひょっとして交通事故?」
「違うよ。まだ生きている。でも、俺はもう関係ないけどね」
「矢島にも色々とあるとは思うけど、そんな言い方は……」
「父親はひどいアル中でね。入退院の繰り返し。こいつのせいで、学校で何度も恥ずかしい思いをしたよ。母親は自分が一番正しいと思っている愚か者。その上、いつも世間体を気にして……一度、近所のおばさんに、お父さん最近見ないけどって聞かれたから、入院してますよ、アル中だからって言ったら、何であんたはそんな事言ったのって、えらい剣幕で怒って……そんな家庭環境だったから、母方(ははかた)の祖父母が見るに見かねて俺を引き取って……中学三年間はおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らしていた」
「中学の時は楽しかった?」
「そうだね。二人とも優しかったよ」
「でも、じゃあどうして、養子なんかに?」
「両親が協議離婚をして、母親が祖父母のもとに戻ることになって……俺はそれが絶対に嫌だった。あの女とは二度と拘わりたくないってはっきりと言った。おじいちゃんとおばあちゃんは、俺があの女と言ったのを聞いて、もう駄目だって思ったみたいだった。それで、親族会議が開かれて、新潟にいるおばあちゃんの親戚筋が引き取ってもいいって……」
「それが今の……」
「そう。おばさんは子供が出来にくい体質みたいで、だからもう諦めていたそうだ。そんな時、この話が来たので、前向きに考えたみたいなんだ」
「だから、スマホ無かったんだね」
「お店に問い合わせたら、同居していれば家族割は使えることが分かって、それで予約して、今度行くんだよ」
「おじいちゃんとおばあちゃんは、今どうしているの」
「先日、電話があって……久しぶりに声を聞くことが出来て、嬉しかったよ。そうそう、俺がバスケットを続けていることを知ったら、とても喜んでくれてね。前にも言ったことがあるけど、俺、体が弱かったから、スポーツをすることには凄く賛成してくれて。特に、おじいちゃんは質実剛健な人だったから、良いことだ、良いことだと何度も言ってた」
「中学時代の矢島は、やっぱり凄いプレーヤーだったの?」
「まさか……入学したときの俺の身長は144センチ。最初からバスケのレギュラーになろうなんて思ってないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。ほら、バスケットって背の高い人がするスポーツだから、やってるうちに背が伸びればいいなあとは思ったけど……」
「練習はきつかった?」
「そりゃあ、もう。入部当初は三十人以上もいたのに、夏休みに入る頃には十人くらいになって……最後まで残ったのは八人だった。
バスケットの顧問をしていた先生は全国制覇をするのが夢で、放課後の練習は三時間、土日ともなれば五~六時間は練習してたなあ。
最初は体を丈夫にするのが目的だったから、練習に付いて行くのが精一杯で……でもさ、やっていくうちに、やっぱり負けたくないって思うんだよね。だから、必死に食らいついて行った」
「でも、レギュラーになれたんでしょ?」
「それはそうだけど、今でも不思議に思うよ」
「何が?」
「だってさあ、俺が初めて先発で出た試合、秋の新人戦なんだけど、それまでは完全二軍だったんだから」
「えっ、嘘?」
「ほんとだよ。ひとつ上の先輩に、石川さんって人なんだけど、やっぱりマネージャーをしている人がいて、俺はその人の後を継ぐ気持ちでいたんだよ。だから、新人戦初戦のとき、俺は交換したメンバー表を見ながら、スコアブックに対戦相手の名前を書いてた。そうしたら、先生が先発メンバーを言い始めて、最後に『矢島』って聞こえたんだよ。俺、聞き間違えたと思って、びっくりして先生の顔を見たら、俺の方を見ていて『矢島』ってもう一度言ったんだよ。俺、慌ててジャージ脱いで……試合に出ても、何をどうすれば良いのか全然分からなくて……パスを出そうにも、どこにパスをしていいのか分からなくて、それで苦し紛れににシュート打って、でも入らなくて、怒られると思って先生を見たら、行け行けって感じで大きく手を振って……もう訳分かんなかったよ」
「試合には勝ったの?」
「勝ったよ。だから、ホッとした。俺のせいで負けたらどうしようって。実際、そんな事があったから」
「そうなの?」
「あれは練習試合だった。隣の県の中学に遠征に行って……ひとつ上の先輩達がまだ主役の時だった。俺達のチームはまだそんなに強くはなかったけど、強くなり掛けてはいた。その試合は良い勝負で、俺達がリードしていた。段々点差も開いて来たから、先生にも余裕が出たんだろうな。俺を出したんだよ。そうしたら、風向きが変わって、逆転負けでその試合は終わった。勝利で帰れるはずが、俺のせいで帰りの雰囲気は暗かった。先生からも色々と説教されたと思うけど、ほとんど覚えていないんだよ。ただ一言『お前は二軍なんだぞ』と言われたことだけは今でもはっきり覚えている」
洋はここで言葉を切った。何を見るでも無く、ただ前を見て歩いていた。
夏帆はそんな洋の横顔を見つめた。あの練習試合で見せた洋の勇姿からは、とても想像出来ない洋の過去だった。
「辛いよね」
「辛かったなあ……俺、辞めようと思ったもん」
夏帆はハッとした。歩く足が止まった。
洋は夏帆が来ていないのに気がつくと、後ろを見た。
「どうした、水家?」
「あっ、何でもない」
そう言って、夏帆は小走りして来た。
「それで……」
「それでって言われても……そうだなあ、いざ辞めることを言おうとすると、凄く怖くてさ。辞めると言ったら、みんなはどんな顔をするんだろう?先生は一体どんな顔をするんだろう?どんな顔をして自分を見るのか、それが怖くて怖くて『辞めます』という一言が言えず、ずるずると練習に参加していた。
あの頃は毎晩悩んでいた。辞めようか辞めまいか、悩んで悩んで悩み抜いて、精神的に落ち込んで、周囲が全く見えなくなってしまった。
そんな時だったなあ、いつものように布団に入って、また同じ事を考えて、頭も心も真っ暗になって、とうとうどん底に来てしまった気持ちになったんだよ。そうしたら、余計なことが全く無くなって、ただ一点、バスケットだけを見つめることが出来たんだ。その時、俺は自分自身に問い掛けた。
『あなたはバスケットが好きですか?』
俺は『好きです』って答えた。
じゃあ、続けよう。
それが俺の答えだった。
するとさ、不思議なもので、その次の日からの練習が凄く楽しくなって、あんなに悩んでいたのは何だったんだろうって……
気の持ちようってよく言うけど、こう言うことなんだなあって思ったよ」
「ひょっとしたら、矢島が先発で出られたのは、矢島の雰囲気が変わったことに先生も気づいたからじゃないかな」
「……ああっ、そうかもしれないな。あの時は、くじけず頑張ってきた俺に、御褒美をくれたと勝手に思ってたけど……」
「新人戦は優勝したんだよね」
「もちろん。でも、練習はもっともっと厳しくなった。挫折した後の俺は、バスケットを楽しむことを第一に考えていたから、まさかレギュラーとして自分がチームを引っ張っていく一人になるなんて考えてもいなかった」
「でも、凄いよね。レギュラーになれるんだから、矢島にはバスケットの才能があるんだよ」
「……俺に才能があるとは思えない」
「どうして?私は直接聞いてないけど、鷹取は矢島は本当に凄いって、由美が……」
「バスケットの醍醐味(だいごみ)はやっぱり空中戦だよ。スリーポイントやダンクを決めたり、リバウンドを取ったり……まさにジェット戦闘機の戦いだよ。でも、俺にそんなことは出来ない……先生は俺にこう言ったことがある。『お前は背が低いんだから、低いところで勝負しろ』って。理屈は分かるけどさ、空中戦が主体であるバスケットで低いところで勝負するというのは、やっぱり受け入れがたいものがあった。低いところで勝負することを考えれば考えるほど、現実のバスケットから遠ざかっていくような気がして……自分のやろうと思っていることがバスケットじゃないような気がした。でも、俺は今、それを後悔している」
二人の歩いて来た道が県道と出会った。
毎日同じ道で通っている洋は、意識することなく右に曲がった。
夏帆は洋の動きに沿った。
「矢島は、取り戻そうとしてるんだよね?」
「何を?」
「後悔」
「……そうだな。今の俺を突き動かしているのは後悔だ。低いところで勝負しろ。それは言い換えれば、自分のフィールドで勝負しろってことなんだよ。俺はその感覚を試合中に摑んだ。自分がこう動けば相手はこう動き、そうしたらここにパスを出せる。一連の動きが何となくだけど、見えるようになった。でも、遅過ぎた。それを理解出来るようになったのは、公式戦最後の試合だった。
引退後、俺は一人でドリブルとパスの練習をした。レッグスルーやビハインド・ザ・バック、それらを駆使しながらイメージ通りの動きやパスが出来るように、何度も何度も……でも、練習をすればするほど虚(むな)しくなっていった。こんなことしてどうする?何のためにこんなことをしている?俺はもうバスケットは出来ないんだ……惨めだったなあ。でも、何て言うんだろう、体が求めるって言うのかな、練習しないと落ち着かないんだよ。練習しないと心の中にぽっかりと大きな穴が空いたみたいで……矛盾してるよな……
そんなある日のことだった。いつものように練習しようと、誰もいないことを確認するために辺りを見回していたら、一瞬バスケットコートでプレーしている自分が見えたような気がしたんだ。そのときの俺は、相手からボールを奪っていた……
だから、もし、もしもう一度バスケットが出来るのなら……」
洋は立ち止まった。そして夏帆を見た。
夏帆も洋を見つめた。自分の鼓動が激しく打つのを感じながら。
「俺はサブマリンになる。そう誓った」
一台の車が洋の背後を通り過ぎた。
「……なれたんだよね、昨日の試合、サブマリンに」
「少しだけど……」
洋がはにかんだ。
夏帆が微笑んだ。
「でも、正直言うと、怖かった。どんなに自分のバスケットを目指しても、チームが受け入れてくれなければ、何にもならない。自分の股からパスを出したり、背中から自分の頭越しにパスを出したり、それって見ようによってはただの曲芸だもん。俺のバスケットは邪道だって絶対言われると思ってた……
山並は凄いよ。目も、早田さんも、加賀美さんも……このチームが一丸になったら、全国制覇も夢じゃない。俺は出来ると思っている。だから……」
夏帆の笑顔が一際大きくなった。
「あっ!」
「どうしたの?」
「……俺、何でこんなこと話してるんだろ」
「えっ?」
洋が驚いた顔をしたまま、夏帆を見ている。
夏帆の口元に笑みが浮かんだ。
「それは……それは私だからだよ」
洋はまだポカーンとしている。
「今話したこと、矢島の大切な想いなんだよね。大丈夫、私は誰にも言わない。だって、これは私だけの宝物だから」
「……宝物って」
「矢島」
「んっ?」
「今日はありがとう」
「ありがとうって、俺だけが喋って、水家はまだ何も話してないだろ」
「もういいの」
「もういいって……」
「私、チアを続ける。矢島を、矢島だけを応援するために……」
「えっ、俺だけって……」
「じゃあ、帰るね」
「えっ、帰るの?」
「ほんとは、矢島の家に遊びに行きたいけど、報告しないといけないから」
「報告?」
「ううん、何でもない……矢島」
と言うと、夏帆は手を差し出した。
「握手して」
いきなりのことに、洋は何も言えず、出された夏帆の手をただじっと見つめるだけだった。
「早く」
「ああっ」
洋は生返事をすると、夏帆の手を握った。
「日本一になろうね」
「うん」
「じゃあ、送って」
「いいよ。後ろ乗りなよ」
「ええっ」
「駄目なの?」
「そんなことしたら、すぐに着いちゃうじゃない。まだ時間あるんだからさ、歩こう」
「何だよ、それ」
「いいじゃない。また何か話しながら……あっ、昨日の試合、話してよ。矢島の活躍を聞かせて」
「大した活躍なんてしてないよ」
「サブマリンになれたんでしょ。だから話して」
「……分かったよ」
洋はそう言うと、車が来ていないのを確かめてから、自転車の向きを変えて、歩き始めた。
夏帆は少し前を歩く洋の後ろ姿を見ながら、ほんの少し笑みを覗かせると、早歩きして洋の隣まで来て、
「じゃあ、何から聞こうかなあ」
と言った。
並んだ二人は、そうして、来た道をゆっくりと戻り始めた。
第三章 終わり
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