第一章 高校バスケット部、入部 三 キーマン

「あっ、もう、やだ。矢島、何聞いてるのよ」


 洋は返事に窮(きゅう)してしまった。自分で勝手にベラベラ喋ったくせに、どうして俺のせいになるんだ?


 洋はこの場を取り繕(つくろ)うために、鷹取に話し掛けようとした。しかし、鷹取は羽田が好みのタイプなのか、脇目も振らず喋っている。まったく以て図体(ずうたい)に似合わない饒舌(じょうぜつ)ぶりだ。顔は見ようによってはモテる感じではあるが、鷹取が女子とこれほど気さくに話せるのは、洋にとって大きな意外だった。父親の入院中、実家の中華料理屋を手伝っているうちに身につけた、これは処世術なのだろうか。


 とにかく、洋はそれで話し掛けるタイミングを失った。


 すると、夏帆が、


「ねえねえ、由美ちょっと聞いてよ」


 と、強引に話し掛けた。


 しまった、先を越された。洋はそう思った。


「何、どうしたの?」


「矢島ってさあ……」


「おい、ちょっと待てよ」


「えっ、私に聞かれたらまずいことでもあるの?」


 こういう時の女同士と言うのは、意思疎通(いしそつう)が実に上手く行く。由美はすぐに夏帆のいたずら心に乗っかった。


「まずいも何も、俺何にも言ってないよ」


「言ってないけど、あれは誘導尋問だと思うなあ」


「矢島って、一年二組のマドンナをそんなふうに扱えるんだあ」


「えっ、マドンナ?矢島、私マドンナだって」


 と言うと、夏帆はポーズを取った。


 さあ、こうなるともう手が付けられない。女子トークの竜巻は止められない。


 余計なことを言うと火に油を注ぎかねない。洋は出来るだけ話さないようにした。しかし、有り難いことに鷹取が女子トークに参加して、矛先(ほこさき)は矢島から目(さっか)へと変わった。


 洋はただ聞いているだけであった。


 新潟駅に着くまで三人の会話は目という珍しい苗字から彼のずば抜けたプレーに到るまで、まさに目尽くしで終わった。

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