第四章 インターハイ予選 二十三 三つ巴

 一試合目を終えた山並メンバーはユニフォームから統一Tシャツに着替えると、そのまま昼休みに入った。


 各人、持参の弁当を手にして観客席に向かうと、空いている席に座って食べ始めた。


 由美が洋の隣に座った。


「何か、悪いわね」


「大丈夫だと思うよ。一つ作るのも二つ作るのも変わらないって、おばさん言ってたから……」


 と、洋は由美に弁当を渡しながら言うと、


「そっちじゃなくて、夏帆の方」


「ああ」


「だから、このことは黙っておくね」


「いいよ、別に。悪いことしたわけじゃないし……それに」


「何?」


「いや、何も」


 と言うと、洋は弁当のふたを開けた。


 由美は洋が何を言おうとしたのか気になったが、追求するのはかえって話をこじらせると思ったので差し控えた。


 由美も弁当の蓋を開けた。


「あれっ?」


「どうしたの?」


「私の方が豪華だよね。お弁当箱も矢島の方が小さいし……」


「食べ過ぎると動けなくなるからね。少しでいいってお願いしてるんだ」


「そうなんだ」


 と言うと、由美はじっと自分の弁当箱を見つめた。


「気にしなくていいよ。おばさん、楽しそうにお弁当作ってたから」


 洋はそう言うと、ちょっと笑った。


 由美はなぜか妙に真面目な顔になったが、


「じゃあ、遠慮なく」


 と言うと、弁当箱に向かってぺこりと頭を下げてから、ご飯に箸を付けた。


 次の対戦は第四試合。開始時刻は15時。


 13時30分までは休憩時間となった。


 休憩が終わると、二階のランニングコースに集まり、日下部の指示のもと、ウォーミングアップが開始された。


 第四試合の対戦校は県立燕商業高等学校けんりつつばめしょうぎょうこうとうがっこう。過去に対戦したことは一度もないが、強い噂は耳にしてはいなかったので恐らく問題はないだろうと思われた。そして、実際そうであった。


 大会二日目の今日、初めから最強の五人で臨んだこの日の二試合目は、圧倒的な実力差を見せつけ、点差の余裕が出来ても交替は無く、第一クォーターから第四クォーターまで、先発の五人で戦い抜いた。


 最終得点は山並が140点、燕商業が39点。


 藤本が指揮を執るようになってからの公式戦で山並が初めて100点ゲームをしたのは、今年下越地区大会で対戦した村上商業戦である。このときは、山添のさっかに対するライバル心が芽生えたと同時に先輩に対する遠慮めいた何かが吹っ切れ、それが勢いを付ける恰好かっこうとなって山並を100点ゲームに導いた感があった。そもそも紅白戦で行われた時のチームで臨んだ試合であったので、メンバー自体が最強の五人ではなかった。


 だが、この日の100点ゲームは最強の五人としての高い練度が見られた。それも二試合連続となれば、藤本もこの実力は本物だと強い自信を持てた。


 試合後、控え室として使用されているミーティングルームでは、菅谷の口がこの上なくなめらかで、にぎやかな会話が飛び交っていた。


 今、山並メンバーは隣接する駐車場から体育館の正面口にバスが来るのを待っている。


 遠巻きに昨日きのう見かけた制服の女子高生達がこちらを見ている。今日もまたお目当めあてさっかのようであるが、当の目は全く眼中にないようである。


 バスが体育館正面口に入って来た。


 と同時に、藤本が正面玄関から出て来た。


 藤本は歩きながらバスが停止したのを見ると、先にドアの所まで行って、


「すみません、ちょっとミーティングをしますので」


 と運転手に告げてから、メンバーのもとに歩み寄った。


「今日の試合だが、言うことは特に何もない。練習の成果が出ていたと思うし、チームの歯車がしっかりと噛み合っていた。その結果が100点に繋がったと思う。だが、決して浮かれてはならない。中越平安、立志北翔もまた二試合共100点ゲームで今日の試合を終わらせた」


「えっ?」


「どうした、菅谷」


 すると、日下部がちょっと笑って、


「控え室で着替えているとき、さすがに二試合続けての100点ゲームはないですよと豪語していたので」


 と、菅谷の代わりにそう言うと、


「でも、みんなもそうだそうだと言ったじゃないですか」


手綱たづなを引き締めるつもりで言ったはずが、菅谷の気まずそうな顔を見ていると、


「言い訳はバスに乗ってからにしろ」


 と、藤本もつい茶化したくなった。


 菅谷は決まりが悪そうな顔をした。


 藤本はそんな菅谷の顔を見て含み笑いをすると、


「ちなみに……」


 と言ってから、手にしていたメモに視線を移した。


「中越平安は一試合目が189対38、二試合目が162対53。立志北翔は一試合目が145対55。二試合目が136対64」


 と読み上げて、


「何か聞きたいことはあるか」


 と誰に問うということもなく尋ねた。


 さっきまでの和やかな雰囲気が一瞬にして硬直した。少しの沈黙が降りた。


「189点の内訳って分かりますか」


 そう尋ねたのは、意外にも清水だった。


「そこまでは分かっていないが、あの二人が大きくかかわっているのは確かだろう」


「189点って、凄いんですよね」


 今度は由美が尋ねた。


「実力差があれば100点ゲームは十分あり得る。だが、今年の予選会で二試合連続でやってのけたのは山並を含めて三校。その中でも189点と言うのはやはりずば抜けている。高校の試合でこれほどの得点はちょっと聞いたことがない」


「大丈夫ですよ」


 その声が一同の視線を集めた。


「根拠は」


 藤本が問うと、


「イメージプレーでは、どうやっても山並が勝ちますから」


 と、目は平然とそう答えた。


 すると、それを聞いた洋が、


「お前のイメージプレーは自分に都合良過ぎるんだよ」


 と突っ込みを入れた。


 息の合ったコンビプレーを何度も見せた二人の会話だからこそ、藤本は妙に安心した苦笑いを見せた。


「いずれにせよ、まずは明日の準決勝だ。対戦相手は直江津総合。未知の相手だが不断通りに戦えば勝てる相手だ。気を引き締めて明日の試合に臨むように」


 と言ってミーティングを締めくくると、藤本は日下部に視線を向けた。


「じゃあ、バスに乗るぞ」


 日下部は主将としてそう言うと、先頭を切って歩き始めた。

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