第三章 春季下越地区大会 三 大会前夜

「……あっ、これは」


「ササミの中に梅肉を入れてみたの。洋さん、さっぱりした方が好みのようだから」


「これ、美味しいです」


「そう、よかったわ。じゃあ、明日のお弁当にも入れておくわね」


「あっ、それは……」


「どうかしたの?」


「明日は三時からの一試合のみなので、お弁当は大丈夫です。すみません、試合の日程は先生から今日聞いたばかりなので」


「じゃあ、明後日(あさって)は?」


「午前と午後に一試合ずつありますが、お弁当はおにぎり二個とたくあんがあれば……」


「えっ、それだけでいいの?」


 洋はお味噌汁を飲むと、ご飯を一口食べてから、


「苦い経験があるんですよ」


 と言って、梅肉のフライをまた一囓(ひとかじ)りした。


「中学の時、練習試合で遠征したんですよ。予定は午前二試合、午後二試合。午前の二試合は両方とも勝って、それで気分良かったんですよね。うっかり全部食べちゃって」


「うっかりって?」


「食べ盛りだし、しかも体が弱いから、しっかり食べないとって言って、おばあちゃん、いつもお弁当箱いっぱいのご飯とおかずを作るんですよ。本当はちょっとだけでいいんだけど、おばあちゃんの気持ちを考えるといらないって言えなくて……試合中はちょっとだけ食べて、残りは試合が終わった後に食べてたんですよ。それが……」


「どうなったの?」


「しまったと思った時は、全部食べちゃって。試合はそれから四十分くらい後だったかな。思った通り、全然体が動かなくて、試合中、先生から何度も怒鳴られましたよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る