第一章 高校バスケット部、入部 二 監督の誘い

「引退してからはバスケットはもうやっていないと言ってたが、少なくともドリブルの練習はしていたんだろ」


「あれは練習じゃありません。ただ……」


「ただ、何だね?」


「良い思い出なんです」


「そうか……じゃあ、続けるべきだよ」


「いえ、それは……」


「洋さんが気にしているのは、お金のことでしょ。わがまま言って、私達にお金を使わせるのが申し訳ないって思ってるんでしょ」


「うちは裕福ではないが、一浪までなら面倒は見られる」


「おじさん」


「新潟大学を目指しているようだが、場合によっては東京の私立でも構わない」


「そんな事を急に言われても……」


「遠慮なんてしなくていいのよ。もし迷惑だと思っているのなら、これくらいの迷惑は掛けて欲しい。あなたの親として」


「おばさん」


「もう一度聞く。洋君、君はバスケットが好きかい?」


 洋は目を瞑(つむ)り、沈黙した。


 そんな洋を、正昭と信子がじっと見守っている。


《あのときと一緒だ》


 洋は心の奥底に眠っていたあの出来事を思い出していた。


 洋が目を開けた。


「僕はバスケットが好きです」


 気むずかしい顔をしていた正昭の顔から笑みがこぼれた。


 信子はなぜか涙をこぼし出した。

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