第二章 新しいユニフォーム 九 切り札
日下部はハッとした。そうだ、この目だ。1ON1の時に見せた、俺の背筋をゾクッとさせたこいつの目。怯(ひる)まない、退(しりぞ)かない、鋼鉄の意志を持った冷徹(れいてつ)な目。だからこそ、俺は矢島に勝たなければならない。
日下部はドリブルコースを作るためにバックステップで一旦後退。そして、右に行くと見せかけてロールターン、しかし、その行く手には笛吹が待ち構えている。しかし、それは百も承知。日下部はフロントチェンジで右から左にボールを持ち替え、左に行くと見せ掛けて、再度フロントチェンジをして右にボールを移し変えた。ダブルチームであっても、抜く相手は飽くまで矢島。
しかし……
日下部が左から右にフロントチェンジをして抜きに掛かろうとした瞬間、洋は左足を軸にロールターン、日下部に対して背中を見せた……
「パーン」
と音がしたと思ったら、ボールは既に笛吹の方に転がっていた。
笛吹はそれを拾うと、直ぐさま目にパス。
目が豪快且(か)つ確実にダンクを決めた。
「後、3点」
目が珍しく吠えた。
一・二年の女子は全員総立ちで興奮に沸き立った。
あの日以来、日下部は対神代ダブルチームに備えて、徹底的にドリブルの技術を鍛えた。今見せた技術は、まさにその成果のひとつだった。自信があった。入学式の時の1ON1とは違い、絶対的な気構えを持ってこの試合に臨んだ。
矢島もまた努力をしている。それは確かだ。しかし、自分の努力が矢島に優っていることはあっても劣っているとは思えない。それだけの努力を俺はしてきた。
だが、同じ質と量の努力をしても、その先に見えるものが同じであるとは限らない。日下部には見えなくても、洋にしか見えない何かがあるのかもしれない。それが、右手の甲でボールを叩き弾くと言う力の差となって、現れたのかもしれない。
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