第三章 春季下越地区大会 十四 決勝
開始30秒前のブザーが鳴った。
立志のメンバーは円陣を組んで、
「必勝、オー!」
と声を上げ、それに呼応して観客席にいる部員達もこれまで以上の声援を送った。
一方、山並はと言うと、メンバーは円陣を組むことはなく、また控え組の声援も無かった。ただ静かに、誰もが藤本の言った最後の言葉を思い返し、胸に刻み込んでいた。
立志のメンバーがコートに向かった。顔ぶれが第三クォーターまでの時と変わっていた。センターの松山と交替でコートに入ったのは背番号10番の池内。松山と比べて、身長は180センチと低いが運動量が豊富な上、守備においては味方との連携を取るのが非常に上手い。ゾーンディフェンスに打って付けの選手ではある。しかし、このタイミングで交替させるのは、これまで保持してきたベストメンバーの緊張感を自ら破ることでもある。交替のタイミング且つメンバーをひとつ間違えたら、命取りになりかねない。だが、塚原はそれでも敢えて交替を図った。それはやはり山並の攻撃を脅威と塚原は考えているからであろう。
山並はこのまま逃げ切れるのであろうか。
「笛吹さん」
「何だ?」
「あの10番、上手いんですか」
「守備は松山さんよりも上だ」
笛吹の返事に、鷹取は何とも言えないモヤモヤした不安に襲われた。もし万が一にも、ここで逆転されることがあったら、インターハイ優勝どころか、予選突破すら夢のまた夢で終わってしまう。
「菅谷さんが真顔になってる」
不意に立花がそう言った。
鷹取は驚いて菅谷を見た。
口から先に生まれたような菅谷が押し黙ってコートを見ている。
《これが立志の底力なんだ!》
鷹取は初めて立志に対する脅威を感じた。
「矢島」
鷹取は不安に煽られて、思わず洋に声を掛けた。
洋が振り向いた。
「気合い入れて行けよ」
思い掛けない鷹取の檄(げき)に、洋はちょっと面食らった。しかし、それが第三クォーターから続いていた洋の胸の引っ掛かりを吹き飛ばしたかのように、洋は鷹取に笑って見せると、両手で顔をパパンと叩(はた)いて、
「今を信じろ」
と、自ら発破を掛けた。
両チームがコートに立った。
福田がサイドラインの外に出た。
審判がボールを渡した。
福田のスローインが多々良に渡った。
第四クォーター、この試合のファイナルが今始まった。
多々良はトップからドリブルイン、早田はインサイドに入れさせないようにマーク、ドリブルを止めると、多々良はアウトサイドにいる池内にパス。
池内はボールを手にすると、すぐシュート体勢に入った。
滝瀬がジャンプ。
しかし、池内はトップの位置に向かった野上にパス。
目は逸早くディフェンスの反応を見せたが、多々良のスクリーンがそれを許さない。
野上はスリーポイントラインの外。
「ザッ」
ボールはリングに手招きをされているかのように綺麗な放物線を描き、ネットを揺らした。
これで3点差。しかも、野上がいきなり決めたのが立志の追い上げムードを更に加速させた。
立志のベンチも観客席にいる部員も、既に勝利を摑んだかのような応援だ。
しかも、立志の本領はここからだ。
コートの5人は野上のシュートを見届けると、直ぐさま自陣に戻り、陣形を取った。
立志北翔の切り札であるマッチアップゾーンが遂にベールを脱いだ。
当然、山並は過去の対戦において、マッチアップゾーンの経験はある。何れの試合も、それは1―2―2であった。しかし、この試合で見せたそれは、過去のフォーメーションとは全く違っていた。
1―3―1。
しかもトップには福田ではなく野上がそのポジションに付いた。
二列目は真ん中に池内、右に多々良、左に福田、そして三列目が島崎という布陣だ。
立志のベンチでは、塚原が腕組みをして仁王立ちしている。
山並のベンチでは、藤本が座ったまま眉をひそめた。
「ここからが本当の勝負だ」
塚原がそう言い放った。
キャプテンの多々良が、
「行くぞ」
と、声を上げた。
残りのメンバーが、
「おおっ」
と、気合いを入れた。
だが……
「目つきが変わったな」
日下部がボソッと呟いた。
「そうですね」
山添が相づちを打った。
「ようやく本気を出す気になったか」
「あれだけのプレーをしていながら、本気じゃなかったんですか」
「全力を出してはいたが本気じゃない。全開じゃないと言った方がいいかもしれない」
「どう言う意味ですか」
「俺にも上手く説明出来ないが、そう感じるんだよ。あいつの、あの目つきを見ていると……」
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作品のお知らせ
カクヨムでは『サブマリン』を連載中ですが、kindle、iBooksでは有料で作品(長編二作、中編一作、短編多数)を公開しています。ただ、有料と言いましても、それほど高いものではないので、是非手にして頂けたらと思います。
本日の紹介作品
タイトル:ようこそ、守谷家へ
400字詰め原稿用紙換算枚数 267枚(縦書き)
前書き
2001年9月1日、それまで派遣社員として働いていた契約が終了して、この日から、わたしはある小説を書くために、一日中、机に向かうことになりました。
小説のタイトルは『Kill The Japanese』。東京大空襲にスポットを当てて《戦争に正義はない》というテーマのもとに、わたしはこの小説を書き進めてまいりました。
時折しも、この月11日にアメリカで同時多発テロが起きたのを目の当たりにした時には、この小説を書くのは天命ではないのかとも思われました。
しかし、小説は書き上げたものの、ある大手の出版社で読んで頂いた批評は賛否両論で、結果取り上げて頂けることはありませんでした。
わたしとしては、半年間全く働かず、一日中小説を書くことに没頭し、まさしく精魂込めて書いたものですから、出版されない現実を突きつけられて、正直この先どうすればいいのか、途方に暮れました。
この『ようこそ、守谷(もりや)家へ』は、そんな五里霧中にあったわたしに、一つの光明を差してくれた作品です。
事実、これ以降、わたしは働きながら短編小説を23本書き上げましたが『ようこそ、守谷家へ』を書かなかったら、二年の間で23本の短編は書けなかったと思います。
お話は、1980年代前半から始まります。
読み終わった後で、古くさい印象を受けられる方もいるとは思いますが、それがこの小説の良いところだと思っています。
懐かしい匂いがあなたの胸に香れば、作者冥利(みょうり)に尽きます。
あらすじ
時代は1980年代前半から2000年前半。
春の土砂降りの日、守谷家に一匹の犬が迷い込んで来る。
一家の主である一郎は、この子犬を飼いたいと思うが、犬恐怖症の民代は猛反対する。
しかし、我が子と接する子犬の姿を見て、民代もこのままではいけないと犬恐怖症を克服しようと思うようになる。
しかし、急激な努力は民代の心に過度の負担を与えてしまい、子犬に触れた途端、民代は嘔吐してしまう。
一郎は、その姿に諦めを覚えて里親を探そうと思うが、意外にも、民代はそれによって飼いたいと言い出した……
これは、守谷家と愛犬ララの触れ合いを、日常の生活を通して描いた家族の物語です。
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